mission1-9 ユナの正体



「ユナ様! 時間になってもお城に来られないと思ったら、まだこんなところにいらして……!」


 浜辺の小屋にやってきた女性は使用人らしき制服を着ていて、甲高い声で叫ぶ。ユナは申し訳なさそうに肩を縮めた。


 女性はルカの方にも気づき、悲鳴に近いような声を上げた。


「まぁっ! 一体どういうおつもりです!? この大事な日に、殿方をお部屋に招かれるなんて……おや?」


 女性は途中で言い止め、部屋の中に入ってきてルカの顔をまじまじと見る。あまりの距離の近さにルカはたじろいだ。女性は眉間にしわを寄せながら何かブツブツと呟いた。


「まさか……いや、でもそんなはず……」


「ミント、彼をよく見て。キーノだよ! 約束通り、帰ってきてくれたんだよ!」


 ユナは嬉々として言った。


 しかし、ミントは冷静だった。もう一度ルカの周りをぐるりと回って、じっと顔を見る。そして椅子に座るユナの足元に膝をつくと、彼女の手を握り、首を横に振った。


「ユナ様、お気持ちは分かりますがしっかりなさいませ。キーノはあなた様より五つは年上だったはずです。確かにキーノによく似てはいますが、この方はあなた様と同じくらいの若さに見えますわ」


「で、でも、ただ若く見えるだけかもしれないし」


「いいえ、ユナ様が一番よくご存知のはずです。キーノも、キーノのお父上も、七年前に海難事故に遭って以来連絡が途絶えております。何もなくとも月に一度は連絡を寄越したあの親子から連絡がないということは」


 ユナの笑顔が少しずつ崩れていく。彼女は目をそらすように下を向くと、首を横に振ってミントの手を押し戻した。




「もうやめて。言われなくてもわかってるよ、そんなの……」




 ユナの頬に一筋の涙が伝う。浜辺で泣いていた時とは違う、静かで冷たい涙。彼女は本当にキーノの帰りを待ち望んでいたのだ。それなのに興味本位で彼のふりをしてしまったなんて。ルカの中でだんだんと罪悪感が大きくなっていく。




「なんとなく違うってことは分かっていたの。でもキーノが生きているかもしれないと思ったら抑えられなくて……。やっと諦めがつきそうだったのになぁ。きっと忘れさせてくれないんだね、キーノは」




 ユナは笑って上を向く。涙がまた一筋落ちた。いたたまれなくなったルカは、ユナに向かって頭を下げた。


「ごめん、騙すつもりはなかった。ただあまりに嬉しそうだからつい言いそびれて……。おれはルカって言うんだ。ミントさんが言った通り、年齢もユナとそう変わらないと思う。きっと君が知っているキーノじゃない」


 涙を拭ってユナは立ち上がった。そうして毅然とした表情でルカに向き直る。微笑んではいるが、それはここに来るまでに見せた表情とは別物だと思った。


「謝らないで。それでもルカ、あなたと話せた時間は楽しかった。私はこれから大事な用があるので城に参ります。そしてもう二度と、あなたともキーノとも会わないと思う……。今日は、ヴァルトロの王子とのお見合いの日だから」






 ルカを街まで送るようにと言い残し、ユナはミントが引き連れてきた二人の兵士と共に小屋を出ていった。ユナがいなくなってしまうと、やたら浜辺の波打つ音がよく聞こえる。ミントは慣れた手つきでテーブルの上を片付けながら言った。


「ルカさん、あなたを責めるつもりはありませんわ。ユナ様があれだけ取り乱してしまうのも分かりますもの。あなたは本当にキーノによく似ているんです。ユナ様はキーノを慕っておられましたから、海難事故の話を聞いても最近までキーノは生きていると信じて疑わなかったんですの。だからお父上に勧められた縁談も何度も断っていて……今日やっと決心されたんですよ」


「待って、さっきから気になっていることがあるんだけど、ユナってもしかして……」


「知らずにお話しされていたのですか? ユナ様はコーラント王の一人娘、この国の姫君ですわ」


 ルカは苦い顔をして、ユナと出会った時のことを思い浮かべる。


「そうだったのか……だとしたら、おれ結構失礼なことを」


「ユナ様はお気になさらないと思いますよ。こう言ってはなんですが、この国の人間の方がよほど無礼なので」


 そう言われて、街の人間が言っていた”コーラント人が嫌いなもの”の話を思い出した。あの口振りからして、一国の姫であるのにも関わらずよそ者と同様かそれ以上に嫌われているようだった。


 確かに話通りユナは魔法を使わないようだった。しかし、だからといって彼女が不幸をもたらす人物であるようにはどうしても思えなかった。


(ヴァルトロの王子がコーラントに来た目的は見合いか……本来ならそれがわかった時点でおれたちの任務はもう終わりだけど、まだ気になることはいくつかある)


 ルカは一人頷くと、台所で洗い物をしているミントに向かって声をかけた。


「ミントさん、ひとつ頼みがあるんだけど」



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