mission1-8 質問攻め


 ユナに案内された浜辺の小屋は、質素な作りではあったが生活に困らないだけの設備や物が整っていた。一部屋の中に台所、ベッド、テーブルがあり、普段から使われているような形跡がある。彼女はここに住んでいるのだろう。


 台所や照明器具をよく見てみると、触媒の薄桃色の石がそれぞれに設置されていた。


 街ではゆっくり見ることができなかったが、改めて見ると不思議な作りをしていた。スイッチや操作パネルは一切なく、触媒の石から直接エネルギーを送って動作する仕組みのようだ。


 どのように使うのか知りたかったが、ユナが魔法機器を使うことはなかった。飲み物が入っている瓶を食器棚から出してくると、ルカに手渡す。


「キーノがこの浜辺からお父さんと旅に出て、もう八年にもなるんだね。今までどうしてたの?」


「ええと……色々あってすぐには帰ってこれなかったんだ。連絡もしようと思ったけど、おれのことを覚えているか分からなかったし。手紙を出そうか迷ってるうちに時間が経っていたというか」


 それらしい話でつないでみる。ユナはうんうんと頷いて話を聞いている。彼女はまだ、キーノという人物が目の前にいるのだと信じているようだった。


「それにしても……八年も経っているんだよね? おれのことよく覚えてたね」


「忘れるわけないじゃん! キーノは私の幼馴染で、お兄ちゃんみたいな人で、憧れのヒーローだったんだもん」


「ヒーロー?」


 自分のことでないのに、そう言われると気恥ずかしい。ルカは自分の顔に熱が上るのを感じた。しかし当のユナは茶化したつもりなど毛頭ないのか、まじめな表情で頷く。


「うん。キーノとキーノのお父さんはこの国のヒーローだったんだよ。アウフェン一家といえば、コーラントいちの冒険家だった。外の世界を怖がる人ばかりの中で、唯一積極的に外国に出て、そこで見聞きしたことを私たちに話してくれた。国中の人みんなが尊敬してたんだよ」


「そっか、そんな風に思われてたんだな」


 この閉鎖的な国で冒険家として生きる人がいるという話は意外だった。もし本物のキーノという人物に会えたのなら、きっと意気投合できるかもしれない。


 波の音が聞こえて、ルカは小屋の窓から外の景色を眺めた。そこには人の手が入っていない美しい砂浜と、穏やかな海が広がっている。海岸線の先には小さな城が見える。港からも見えていた城だ。


 ふと、ルカの頭の中で眉を吊り上げるアイラの顔が浮かんだ。そもそもここに来ることになった理由は何だったか……ヴァルトロの兵士を追跡してこの辺りまで来たのだった。


「そういやさっき林道でこの国の人じゃない奴らを見かけたけど、この辺に何かあるんだっけ」


 ユナは不思議そうに首を傾げた。


「忘れちゃったの? 昔よく二人で遊んだじゃん。桜水晶の採掘場になっている入り江の洞窟が近くにあるよ。観光には向いてないけど、見る分には綺麗な場所だからね。たまに外国から来た人が寄ることもあるみたい」


(あの石の採掘場か……。ヴァルトロの奴ら、変なこと考えてないといいけど)


「ねぇ、それよりさ! さっきの話の続きを聞かせてよ。聖地ナスカ=エラには行ってみた? あそこの大聖堂は生きているうちに一度は見てみたいって言ってたじゃん。それに……」


 ユナは次から次へとルカに質問を浴びせかけた。


 幸い、キーノに関する話よりもどこの国に行ったのかとか、外国にはどんな人が住んでいるのかとかそんな話ばかりだったので、ルカ自身が知っている範囲で答えることができた。それに、話を聞いている間ユナは目を輝かせながら楽しそうにしているので、質問攻めされるのもそう悪い気はしなかったのだ。


「へぇ、鬼人族の人にも会ったことあるんだ! 噂通り、やっぱり赤い肌をしてるの?」


「うん、血みたいに真っ赤な色だよ。彼ら元々火山地帯に住んでるから、熱耐性がすごいんだ。マグマほどの熱じゃなきゃ火傷すらしないんだってよ」


「いいなぁ、私もいつか会ってみたい。コーラントにはなかなか外国の人が来ないもんね」


「だったらユナも旅に出てみればいいじゃん。いつかって言ってたって、今は『終焉の時代ラグナロク』の真っ只中だ。もし大巫女マグダラ様の予言通りなら、世界はあと三年しかもたない。待ってるうちに世界は終わってしまうかもしれないよ」


 ルカがそう言うと、ユナは黙って俯いた。何か気にしていることを言ってしまっただろうか。ルカは慌てて取り繕った。


「あ、いや、今のは冗談だよ。誰かがこの『終焉の時代』をなんとかする可能性だってあるんだし、諦めるのは早いよな。ユナはここを出られない理由でもあるんだっけ」


 ユナは静かに首を横に振り、ふっと微笑む。


「……ううん、そうじゃないの。なんで私、今までそのことに気づかなかったんだろう、って思って。もっと早くに気づいていればよかった」


 その時、壁に掛けられた時計からベルが鳴った。針はちょうどてっぺんを指している。昼を回ったことを知らせる合図のようだ。ユナはハッとして時計を見て、がっくりと肩を落として嘆いた。


「もうこんな時間だったの……やばい、ミントに叱られる」


「ん? どうした——」


 理由を聞くよりも小屋の扉が開く方が早かった。バタンという音が部屋じゅうに響く。小屋の入り口にはきっちりと髪を後ろにまとめた、ユナの母親くらいの年頃の女性がものすごい剣幕で立っていた。



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