mission1-7 ユナ



 どれくらいの時間が経ったのだろう。少なくとも陽射しの角度が変わるほどではないが、ルカにとっては長いあいだこうしていたような気がした。


 彼女はようやく泣き止み、我に返ったようにルカの胸元から離れて顔を赤らめた。


「ご、ごめん……いきなり取り乱してしまって」


「気にしないで。びっくりはしたけどさ」


 そう言うと彼女の顔はますます赤く染まり、俯いてしまった。


「そうだよね……。久しぶりに会ったのに、いきなりこんなことしたら驚くよね。最後に会ったのは私がまだ九歳の頃だったし」


「あ、いや、そういう意味ではないんだけど」


「私のこと分かる?」


 分かるわけがない。ルカは首を横に振る。


「ユナだよ。……へへ、あの頃よりちょっとは女っぽくなったから分からなかったかな? 昔は髪を短くしてキーノとこの辺りを走り回ってたから、よく男の子みたいだって言われてたもんね」


 ユナと名乗った彼女は涙の跡を拭ってにっこり微笑み、くるっと一回転してみせた。背まである髪と、白のワンピースが風に乗ってふわりと浮き上がる。


 ルカは自分が気の利く人間でないことはよくわかっていた。特に女性の外見に関しては疎い自信がある。そのせいで何度もアイラを怒らせたことがあるからだ。女性というのは何を言ったら喜び、何を言ったら怒るのかいまいち掴めない。


 ルカはとりあえず何も言わずに何度か頷いてみせた。それを見て、ユナは満足そうな表情を浮かべる。


「ねぇ、ここではなんだし、浜の小屋で話を聞かせてくれない? 今までどうしてたとか、どんな国へ行ってきたのかとか、聞きたいことがたくさんあるの。今はミントが留守にしてるから、お茶とかは出してあげられないけれど」


 ルカの返事も待たず、ユナはルカの手を引いた。


 ふと彼女の右腕に視線が留まる。ユナはあまり若い女性がしないようなくすんだ真鍮しんちゅうのバングルを身につけていた。そこには装飾として薄桃色の丸い小さな石が九つはまっている。これも魔法機器のうちの一つなのだろうか。街で見た魔法機器の触媒よりは石の形が整っていて、濃い色をしている気がするが。


 ユナに連れられて浜辺を歩く。港とは反対の方角へしばらく行くと、白木造りの小さな小屋が一軒だけぽつんと建っているのが見えてきた。


 彼女は小屋の扉を開け、ルカを招き入れる。その表情はなんの混じりけもない、純粋な笑顔だった。


「ああ、早く話を聞きたいな。昔からずっと楽しみにしてたんだ。キーノが見てきた世界の話、面白いんだもん。こんなこと言ったらお父さんに怒られるかもしれないけれど」


 思えばこの島国に来てから初めて向けてもらった笑顔だった。


 ユナがあまりに嬉しそうにしているので、つい人違いだと説明しそびれたままここまで来てしまった。この笑顔はあくまでキーノという人物に向けられたものである。そう思うとルカの胸の内には少しだけ罪悪感が湧いたが、自分をよそ者として毛嫌いしない人間にようやく出会えたということもあり、なかなか正体を打ち明ける気にもなれなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る