mission1-6 歌声
たゆたう
何度も運べと風に願えども
いつか朽ち果て 消えるのであろうか
それともかすかに海の底
くすぶりくすぶり また湧き出るのであろうか
林道を抜けるために長く伸びた草をかき分けると、ガサッと音が鳴ってしまった。その音に気付いた歌い手は歌うのをやめ、はっとしたように振り向く。
栗色の細く長い髪をたたえた、ルカと同じ年頃の少女であった。少女の着ている白いワンピースが風でなびき、潮風が鼻をかすめる。
彼女はこのあたりの海と同じ色をした大きな瞳を丸く見開いていた。やけにじっと見られているような気がして、ルカはようやく気づく。この土地ではよそ者は嫌われているのだ。突然草むらから現れた異邦人に戸惑わないはずがない。
「あ、驚かせてごめん。綺麗な歌が聞こえたから、気になって……」
彼女に逃げられるくらいなら、自分から立ち去った方がいいだろう。さっき市街地で散々避けられてきたので、なるべく同じような思いはしたくなかった。
そうしてルカが林道に戻ろうとした時、彼女はよく通る声で叫んだ。
「待って……キーノ!」
「へ?」
振り返ると、彼女は何か必死で訴えかけるような表情をしていた。
「キーノだよね? 見違えるはずないもん。帰ってきてくれたんだ……!」
ルカが言葉を返すよりも前に、ふわっと甘い香りがした。そして、服越しに触れる温もり。気づけば見知らぬ少女に強く抱きしめられていた。
「もう、帰ってこないと思っていた……ずっと前に連絡が途切れてから、心配で心配で……。でも無事だったんだね……! 本当に、よかった……っ」
なにがなんだかわからない。少女はルカの胸ですすり泣き始めた。『キーノ』と呼ばれたのは初めてのことだった。きっと人違いだろう。弁明しようと思ったが、彼女がずっと泣き止まず、「良かった、良かった」と繰り返すのでタイミングを失ってしまった。
正直、こんな風に女性に抱きしめられるのは初めてのことで、あまり冷静ではなかったのかもしれない。ルカは彼女を突き放すわけでもなく、とりあえずなだめようと頭を撫でてみる。柔らかい髪が指の間をすり抜けていった。
彼女の歌も、匂いも、温もりも、五感がすっと受け入れていく。不思議と彼女に触れられていることを嫌だとは思わなかった。むしろ、何だか胸の奥が落ち着いていく心地がした。
(アイラに言ったらまた呆れられるだろうな……記憶がないおれに、"懐かしい"なんてあるはずないのに)
その後しばらく、彼女が泣き止むまでルカは彼女の頭をゆっくりと撫で続けた。
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