mission1-5 ヴァルトロの兵士



 街の外れの方まで来ると、不審な人物を二人見かけた。彼らが不審であることは誰の目で見てもわかっただろう。装いこそはこの国の服を着ているようだったが、コーラントの人々は彼らを避けるようにして歩いていたからだ。


 ルカは気づかれないよう息を潜め、彼らに近寄る。二人は歩き疲れたのか一度足を止め、近くの石に腰掛けて話し込んでいた。


「……本当にいいのかな? 護衛のためにここまで王子についてきたというのに、黙って持ち場を離れるなんて」


「仕方ないさ、あの参謀キリ様からの直々の命だぞ。それにこんな平和ボケしてる国で王子が危険に遭うなんてこともそうないだろ。だってほら、気づいてたか? ここは大陸から離れているから、破壊の眷属が一切現れないんだ。安心して外を出歩けるなんてすごく久しぶりだぜ。緊張するのも結構なことだが、今のうちに羽を伸ばしておいた方がいいさ」


 破壊の眷属とは、『終焉の時代ラグナロク』が始まってから世界各地に急に現れ始めた破壊神の使い、つまり魔物たちのことである。破壊衝動や殺意が激しく、生き物を見れば誰彼構わず襲ってくる。普通の武器では歯が立たず、中には破壊の眷属によって一晩にして滅ぼされてしまった町もあるという。


 彼らを見たらまず逃げろ。それがこの時代の常識だった。


「お前は衛兵のくせに呑気だな。危険なのは破壊の眷属だけじゃないぞ。最近はあの”自称”義賊集団も、俺たちのことをしつこく追ってきているじゃないか。もしかしたらこの国にも潜んでるかもしれないんだぜ」


「どうだかな。あいつらが堂々と入国できると思うか? 入国審査は相当厳しくしてるって話だし。お得意の民衆を味方につけることも、よそ者嫌いのこの国じゃうまくいかないだろうよ」


「まぁ確かに。ここの奴ら、俺たちに対しても散々冷たくしてくるもんな。コーラント王の方から招待してきたってのに」


 二人は再び立ち上がって、街の中心地とは反対側の林道へ歩き出した。ルカも距離を置いてそれを追う。


 話の内容からして、彼らはおそらくヴァルトロの兵士だろう。こんな街の外れで何をしているのか。彼らの独断ならまだしも、参謀キリによる命令で動いているのであれば注意する必要がある。


 キリといえばヴァルトロいち頭が切れる人物であり、目的のためならどんな手段も辞さないと聞く。彼の策略によって地図から消えた国も少なくない。


(ヴァルトロ……ついにこの小さな島国まで支配下に置くつもりか……?)


 ヴァルトロという国は今や、『終焉の時代』の世界を支配していると言っても過言ではない。元は国ではなく大国ガルダストリアに雇われていた北国の傭兵集団であったが、先の二国間大戦によってガルダストリアや他の大国はすっかり疲弊し、終戦後に取って代わるようにして勢力を伸ばしてきた。


 かつて雇い主であったガルダストリアはヴァルトロの領土の一部となり、そして最近は二国間大戦でガルダストリアと争っていたルーフェイにまで侵攻しようとしているという噂がある。


(そしてこのコーラント王国は、以前ルーフェイと一時的に同盟を組んでいたこともある国だ。やっぱりヴァルトロの狙いは……)


 ヴァルトロは軍事色が強い国であるがゆえに勢力拡大に強硬手段を取ることも多く、力を持たない国は泣く泣く傘下に入ることもあった。少しでも抵抗姿勢を見せた国の有り様はひどいものだ。国境には常にヴァルトロ兵士が見張りに立ち、物資の流入を徹底的に調査され、必要最低限にまで絞られる。絶え間なく続く緊張感にその土地の民は神経をすり減らし、民同士の争い事や犯罪が頻繁に起きていた。


 ルカはその土地で見たことを思い出し、唇をぎゅっと噛む。


(ああいう地域を、これ以上増やすわけにはいかない……)


 ルカがそんなことを考えている間にも、ヴァルトロの兵士たちは林道を歩き続けていた。


「なぁ、やっぱり戻ろうぜ。こんな街の外れに何かあるようには思えないよ。もし俺たちが勝手に行動していることが王子にばれたらどうなるか」


「そんなこと心配するくらいなら、もっと必死になってキリ様に言われたものを探せよ。俺からしたらあの王子なんかよりキリ様の方がよっぽど怖い。使えない部下は容赦なく切り捨てるお人だからな」


「そりゃそうだろうが、俺はやっぱり王子……というより、王が怖いよ。あの人眼だけで人を殺せそうだし」


「それは同感。だけど王は今はここにはいないんだから、そんな話をしてもしょうがないだろ。だからとっとと目的のものを見つけて戻ろう。キリ様が言うには、この国の魔法のエネルギー源がこの辺りにあるらしいんだ」


「魔法、ねぇ。ここの国の奴らは勝手にそう呼んでるらしいけど、ガルダストリアの技術やルーフェイの呪術とそう変わらないよな?」


「俺には詳しいことは分からないよ。それを確かめるために調査を頼まれたんだろうが」


「……シッ、ちょっと待て、誰かいる」


(やばい、気づかれたか)


 ルカは素早く近くにあった木に登り、葉の陰で息を潜めた。普段から鍛えているおかげで身のこなしは軽い。多少物音はしただろうが、こちらの気配には気づかないだろう。


 二人の兵士はしばらくきょろきょろと辺りを見回していたが、誰も見つからないことが分かると再び歩き始めた。しかし警戒が強まったのか、頻繁に背後を確かめるようになった。


 これ以上追跡は難しいか。諦めて街の方へ引き返そうとした時、ルカの耳に何かがかすかに響く。




(……歌だ。誰かが歌っている)




 その調べは美しく、身体にすっと溶け込んで心を落ち着かせるような、優しい音をしていた。


 初めて聞いたはずだ。なのになぜか懐かしい気がした。音楽のことはよく知らない。だがこの歌はとても綺麗だ。誰が歌っているんだろうか。


 ルカは無意識のまま、二人の兵士が向かった先とは別の、歌が聞こえてくる方へと歩きだしていた。



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