mission1-4 コーラント人の嫌いなもの



——バンッ!!


 果物屋の主人は二つのことに同時に目を見張ることになった。


 一つは、平穏な市場で突如爆発が起きたこと。そしてもう一つは、さっきまで目の前で話していたはずの青年が、爆発が起きたワゴンの主人のところにすでにいて、彼を救出していたことだった。


 ワゴンからは灰色の煙が出ており、焦げた匂いも漂ってきた。果物屋の店主は慌ててそのワゴンの方に駆け寄って行く。


 爆発したワゴンはひどい有様だった。商売道具の肉は丸焦げで大きな炭と化しているし、肉を焼いていた魔法機器はすっかり壊れてしまって、街灯と同じ薄桃色の石がはめ込まれている場所から火花を散らしている。


「おい、大丈夫か!? 怪我はないか」


「ああ……この人がとっさにワゴンから引き離してくれたみたいで、軽い火傷ですんだよ」


 ルカに礼を言いながらワゴンの店主はよろよろと立ち上がる。店主の手は石と同じ桃色の染みがついて少し腫れてしまっていた。だが本来その程度の火傷で済むような爆発ではなかった。


 果物屋はちらりとルカの首元に視線を送る。


「ん、なに?」


 ルカが視線に気づいて尋ねると、果物屋の店主は首を横に振った。


「いや……さっき何かが光ったように見えて。しかもあんた、いつの間にここまで移動した?」


「さぁ? おれはただ、嫌な予感がしてここまで走っただけだよ」


 ルカはそう言ってコートの前ボタンを外してみせた。彼の首元にあるのは、手のひらほどの大きさの黒い十字のネックレスだ。中央に先ほどの光と同じような色をした紫の石がはまっている。


 果物屋の主人は納得がいかない様子であったが、ワゴンの店主の深いため息の音を聞いて関心がそれた。彼はすっかり肩を落とし、黒こげになった商品を見つめている。


「ちくしょう。まただよ、また魔法機器がイカれやがった。これじゃ安心して商売なんかできやしねえ。この際、俺もあんたんとこみたいに生物なまものを売る方向に切り替えることも考えなきゃな……」


「まぁそう言うなって。今じゃどこの家でも魔法機器のトラブルはつきものになってる。だからこそ肉を焼いただけでも高く売れてるんだろ」


 ルカは爆発を起こした魔法機器をじっと見る。機械からはまだ火花が散っており、近寄れるような状態ではない。ルカは機械にはめられている石を指差して尋ねる。


「もしかして、魔法機器のトラブルを起こしてるのはこの石のせい?」


「ああ。それは魔法エネルギーを送り込む触媒の役割をしてる石だ。俺たちは桜水晶って呼んでる。昔はこんな頻繁に不調になることはなかったんだが、『終焉の時代ラグナロク』が始まってからどうも安定しないことが多くてな。これも終わりの前兆ってやつなのかねぇ」


 ワゴンの店主も同意するように頷き、沈んだ声で言った。


「先代の女王様がいた頃は、触媒が不調になっても安心だったんだけどな。あのお方が祈りの歌を捧げれば、すぐに触媒が安定したんだよ。だが、今はダメだね。女王様はすでに亡くなってしまったし、あの姫様じゃあな。なんたって姫様は魔法を使うことさえできないのだから」


「魔法が使えない姫様? 一体それはどういう……」


 詳しく話の続きを聞きたかったが、ルカは途中で口をつぐんだ。


 爆発したワゴンの周りにだんだんと人が集まってきていたのだ。ざわざわと話し声が飛び交う。中にはワゴンの店主を案じたり同情する声もあったが、何より異邦人であるルカが何かをやったのではないかといぶかしむような言葉がちらほら聞こえてくる。


 ワゴンの店主も周囲の様子に気づき、頭をかきながら言った。


「……さ、ちゃんと礼ができなくて悪いが、用がないならもう行きな。でないとあんた、変な誤解をされるぜ」


「そうみたいだね。礼は別にいらないよ、あなたたちと話せてよかった」


 ルカがワゴンから離れようとした時、果物屋は思い出したように言った。


「そうだ、さっきの話ついでだが」


「何?」


「コーラント人が嫌いなものは二つある。得体の知れないよそ者と、不幸をもたらす姫様だ。この二つが、俺たち国民が敬愛していた先代の女王様を奪ったんでね。これ以上不愉快な滞在をしたくないんだったら覚えておくといいぞ。特に、姫様に近づいた者はみんな不幸になるって噂だからな」


「はは、忠告どうも。ま、”得体の知れないよそ者”のおれが姫様に近づけるわけないでしょ」


 ルカはにこやかに手を振って市場を後にする。ルカが近づくと周りに集まっていた人々はそそくさと離れていった。果物屋の店主とワゴンの店主は辺りを見て気まずそうに肩を縮めた。


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