mission1-3 コーラント城下町



 コーラントの城下町には、白塗りの壁に経年劣化でくすんだ橙色の瓦の家が立ち並んでいる。規則的に並べられた石畳の隙間からはところどころ草花が顔を出し、町に彩りを添えていた。


 街の中央には噴水広場があった。広場を囲うようにして簡易な屋台が所狭しと並んでいる。きっと市場なのだろう。行き交う人々の活気であふれている。街灯のグラスの中には淡い桃色の石のようなものが置いてあり、街灯同士を金属の線が繋いでいる。独自の動力技術だろうか。他の地域ではあまり見たことがない。


 仕事とはいえ、ルカは旅が好きだった。異なる顔の大地の上で、異なる暮らしをしている人々。同じ人間という種族であっても、ある国で常識となっていることが別の国ではマナー違反になったり、ある地域では目もくれずに捨てられるものが、また別の地域では貴重な食糧とされていたりする。


 そんな風に世界を知ることが、どうしようもなく楽しく、もっと知りたいという衝動に駆られる。なぜかは分からないが、そう思うのだ。知識欲という言葉で片付けられるようなものではない、身体が欲しているような感覚だった。


 そのことを話した時、アイラは呆れたように「そこまで好奇心旺盛なのは仲間内ではあなただけよ」と言った。任務のために行くのだから、土地やそこに住む人間にまで気が回らないのが普通らしい。


 共感を得られず多少がっかりはしたが、だからこそルカは自分自身のこの感覚を大事にしなければと思ったのであった。


「なぁいいか、ちょっと聞きたいんだけど」


 ルカが話しかけると、噴水広場の屋台で店番をしている中年の男はあからさまに顔をしかめた。城下町入り口にあった雑貨屋の娘など、話しかけただけで店の奥にこもってしまったから、それよりは幾分ましかもしれない。


 屋台の店頭には色とりどりの果物が並んでいた。この辺りは年中穏やかな気候で、農作には困らないのだろう。ルカは一番大きくてれている赤い果実を手に取り、店主に尋ねた。


「これいくら?」


「なんだ、客か。三百ソルだよ。言っとくが値引きは」


「要らないよ。それに国外に持ち込む気もない。ここで食べていくからね」


 ルカは店主に向かってにっと笑いかけ、腰のポーチから料金を取り出して店主に手渡す。気前のいい客に店主は戸惑ったのか、しかめ面は崩れ不思議そうな目で見てきた。


 果実からは皮ごしでもすでに甘い香りが漂ってくる。試しに皮ごとかじってみると、店主は「おお」と感嘆の声を出した。


「あんたよく食べ方を知っていたね。そいつは皮と実の間のところが一番甘いのさ。普通、外から来た人間は知らずに皮をむいちまうもんだが」


「そうなの? なんとなく皮も美味そうだったからそのまま食べちゃったよ。ごちそうさま」


 同じ釜の飯を食った仲、という言葉がある。初めて訪れる土地の人と打ち解けるためには、まずその土地の人のことを理解すること。そしてそのために最も簡単な方法はその土地の食材を食べることだとルカは考えていた。


 いくらよそ者嫌いの国とはいえ、根底の部分は同じ人間である。果物屋の店主がやや警戒を解いたのを感じると、ルカは話を振ってみることにした。


「そういえば……コーラントはあまり外交しない国だって聞いたけど、本当?」


「ああそうだよ。見りゃわかると思うが、ここは領土こそ小さいけれど、自然豊かで食うものには困らないし、何より魔法工学がある。大きな軍隊は持っちゃいないが、魔法工学を応用すりゃその辺の小国なんかあっという間に蹴散らせる見込みはあるんだぜ。大国とは距離が離れているし、俺たちが手を出さない限りは侵略される危険はそうそうないんだ。平和なもんだろ? コーラント人は謙虚なのさ。これ以上を望まないし、これ以下になるつもりもない。今のままが一番だよ」


「魔法工学、か。初めて聞いた」


「そりゃそうだろう、この国にしかない技術だからな。コーラントで生まれ育った者は皆、魔法が使えるんだぜ。魔法工学ってのは、その魔法エネルギーを機械に送り込んで動かす仕組みのことさ」


「へぇ、国民全員が使えるのか。それはすごい。この国の人はみんな魔法使いってわけなんだね」


 ルカがそう言うと、果物屋の店主は気を良くしたのか、少し背を反らして話を続ける。


「そうだろう? かのマグダラ様の予言だと、『終焉の時代ラグナロク』が始まったら超人みたいな力を使う奴が現れるって話だが、俺は今までそんな奴に会ったことがねぇ。そんなおとぎ話みたいなもんに比べてよ、コーラントの魔法工学は国民全員が使えるし、『終焉の時代』が始まる前からあった技術なんだぜ」


「もしかして、おじさんも魔法使えるの?」


「もちろん。俺は才能ないから家庭の魔法機器を動かすので精一杯だがな。先代の女王様は相当な力の持ち主で、国中の魔法機器を一度に操ることができたって話さ」


「魔法機器かぁ……それは是非見てみたいな。あ、別にここの魔法工学を盗もうってつもりはないよ、単純な興味で」


「はっはっは、あんた登録商人ギルドのコート着てるくせに変わった兄ちゃんだな。登録商人ギルドっていや、徹底的な合理主義で儲けることしか頭にない奴が多いってのに。安心しな、夜になれば誰でも魔法が見れるぜ。街灯も全部魔法工学で成り立ってるからな」


 その時、ルカの頭に突如耳鳴りのような音が響いた。


 金属に爪を立てたような嫌な音だ。果物屋の店主には聞こえないようで、いきなり耳を塞いだルカのことを不思議そうに見ている。


(おれにしか聞こえてないってことは、もしかして)


 バッと辺りを見渡すと、果物屋から数軒離れた、肉の丸焼きを切り売りしているワゴンから薄桃色の光が見える。


 その先はもう考えるより体が動いていた。


 ルカはコートの内側に手を入れて首元のネックレスを探る。ひやりとした感覚が指先に触れ、それを強く握りしめた。途端、ネックレスは熱を帯び始め、コートの内側から紫色の閃光がほとばしる。


(間に合えよ……!)


 彼がそう念じたのと、爆発音が耳に入ったのは、ほぼ同時のことであった。


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