mission1-2 入国審査


 審査官はその役職しかるべく、厳格な顔つきをした眼光鋭い男だった。


 前の商人とは顔見知りのようで和やかに談笑していたのだが、ルカが正面に立つなり審査官の顔はまるで別人になったかのように引き締まった。なるべく角が立たないようににこやかな表情を心がけてみたが、それがかえって疑いを強めてしまったらしい。


 ルカが通行パスを渡すと、審査官はそれを穴があきそうなほどじっくりと検分し始めた。そして眉間にしわを寄せながら、通行パスと青年の身なりを照らし合わせるように見る。


「あんた……本当に登録商人ギルドの人間かい? 通行パスを見る限り、過去にこの国に来たことはないようだね」


「普段は別ルートで商売してるんだけど、登録商人ギルドも商圏を拡大しようとしててね。新規開拓目的で来たんだ」


「そんな話は聞いていないぞ」


「ああ、だって事前に話を通していたら商品を見てもらう前に拒否されちゃうだろ。コーラントは近隣の島商人を優先するって聞いてたからさ。けど本当にいい商品なんだよ。だからちゃんと目で見て判断してほしくて」


「……ふん、どうだかな。ここでその商品とやらをあらためさせてもらおう」


「どうぞ、思う存分見てちょうだいな」


 ルカは背負っていた皮袋を審査官に手渡す。中にはこのあたりでは採れない鉱石が入っている。加工に優れ、家具から軍用品にまで応用の利く代物だ。事前の下調べで、元々コーラント国内にこの鉱石を流通させていた商人が廃業になっていたことがわかっていた。つまり、コーラント人にとって喉から手が出るほど欲しいもののはず。


「どこの商人よりも安く売るつもりだよ」


 ルカが審査官に向かって囁くと、彼は「うーん」と唸っていたが、やがて渋々皮袋を返して通行パスに押すための入国スタンプを手に取った。


 大丈夫だったか。ほっと安心しかけたのもつかの間、審査官はふと顔を上げてルカを見ると首を横にひねった。


「そういやあんた、どっかで見たような顔だな。なんだったかな、金髪に深緑の眼って言えば……」


 まじまじと顔を見られ、ルカは唾を飲む。もしやもうこの国まで手配書が回っているのだろうか。入国早々に引っかかるとは幸先が悪い。ここで正体がバレるようなら奥の手を使わなければいけない。


 審査官に悟れないよう外套の内側を探っていると、後ろに並ぶアイラが普段の彼女らしからぬ、か弱い声を出した。


「ねぇ審査官さん、私の順番はまだ? 長い船旅で気分が悪いの。これ以上立っていたら倒れてしまいそう……」


 フードを下ろして上目遣いで見るアイラの視線に、審査官は急におどおどとし始めた。


 そう、彼女と過ごす時間が長いルカは忘れかけていた。アイラは、すれ違う男は皆振り返ってしまうほどの美貌の持ち主なのだ。くっきりとした目鼻立ちに、すらっと伸びたしなやかな肢体は、どこの国に訪れようと異性を魅了する武器らしい。


「す、すみません。もしどうしてもお辛いようでしたら、ここにも休憩所がありますから、どうぞご利用ください」


 審査官はアイラに見とれたまま、片手間にルカの通行パスにスタンプを押した。おかげでスタンプは傾いている上に歪んでいる。ムッとはするものの、おかげで無事入国できそうだ。ルカは通行パスを受け取ると、ゲートをくぐった。





 ゲートの先には街道がまっすぐ伸びており、その先に建物が集まっている。街だ。街の奥には城がそびえているようだ。小さな規模の石造りの城ではあるが、この国を治める王が住んでいる場所らしく、悠然としたたたずまいをしている。


 ルカが街道沿いで待っていると、しばらくして再びフードをかぶり直したアイラが出てきた。審査官に見えない所まで来たことを確認すると、彼女はタバコに火をつけて煙を空に吐いた。


「ふう。とりあえず入れたわね」


「助かったよ。審査官が間抜けなやつでよかった」


「それは遠回しに私を侮辱している?」


 鋭い視線がルカを刺す。アイラの灰色の三白眼は、上目遣いよりこうして人を睨むために使われることが多かった。ルカは慌てて首を横に振る。


「いやいや、そういう意味じゃないってば……にしても、この辺ではおれたちのことはあまり知られてないから、顔で身元が割れる可能性はないんじゃなかったっけ」


「そのはずだったわ。一応確認したけど、ゲートには手配書は貼られていなかった。私の顔を見ても何も気づかなかったようだし、審査官の人違いか何かじゃない?」


「そうか。それならいいけど」


「でもこの国で動く間は油断しない方がいいわね。噂通り、よそ者に対しては随分敏感なようだから」


 そう言ってアイラは街道の先を見やる。地元の人間らしき数人が街道を歩いていたが、彼らはアイラの視線に気づき、慌てて目を逸らした。先ほどの審査待ちをしていた男たちと同じような態度だ。


「……おれ、この国の人とちゃんと仲良くできるかな」


「何とぼけたこと言ってるの。お友達を作ることが私たちの任務ではないことくらい分かってるでしょう?」


「もちろんだよ。任務はちゃんとやるさ」


 ルカの言葉にアイラは満足そうに頷くと、周囲に人がいないのを確認して両手を耳のあたりにかざした。


 フードの中に隠れている彼女のピアスが一瞬黄色い閃光を放つ。アイラが手のひらを上にして両手を合わせると、地面から砂が舞い上がり、彼女の手の上に集まってきた。やがてその砂は小さな動物の形を成していく。初めて見たときは何の動物なのかよくわからなかったが、アイラ曰くツチブタなんだそうだ。


 アイラはツチブタに向かって何か囁くと、砂でできたツチブタは頷くような動きを見せた。


「じゃ、いってらっしゃい」


 アイラは小さなツチブタに向かってふっと息を吹きかける。ツチブタだったものは元の砂に戻り、バラバラに散って消えた。


「ヴァルトロの奴らはおそらく空路経由だからすでに到着しているはず。さ、手分けして情報を探るわよ」


「了解。おれは街の人に話を聞いてみる」


「潜入が難しい所に関しては"あの子"に任せて。くれぐれも騒ぎは……」


「本部に許可を取ってから、だろ」


「分かってるならいいわ。じゃあ、日が沈む頃に街の宿で落ち合いましょう」


 城の方へ向かうアイラの後ろ姿を見送る。


 ノワールもアイラもみな心配しすぎだ。もう子供ではない、今年で十九になる。それなのに、五つほどしか歳の差のないアイラをいつまでも教育係としてつけられていることに、ルカはもどかしさを感じていた。


(よし……今回はアイラよりも先に情報を集めて、ちゃんとやれるってこと証明してやるぞ)


 ルカはぐっと手を握りしめ、意気揚々と街道を進んでいった。



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