mission1-1 二人の旅人


 鮮やかな空色で透き通る海は、今が『終焉の時代ラグナロク』と呼ばれていることを忘れさせるような穏やかさをたたえていた。


 入国審査が行われている港の小さなゲートの向こうには、豊かな緑や色とりどりの花々が見える。耳を澄ませば、鳥のさえずる声に、寄せては返す波の音。日差しは柔らかく、船旅で疲れた身体を温かく包み込む。遠目に見える港の向こうの街からは、この土地に暮らす人々の活気が聞こえてきそうだ。


 入国審査を待つ金髪の青年は、深緑の瞳をきょろきょろと巡らせた。


 この国にはどんな人が住んでいるのだろう。どんな食べ物があるのだろう。どんな花が咲いているのだろう。ここに来た理由が仕事であることはすっかり忘れ、心を躍らせていた。


「なんか、事前に聴いていた話とは印象が違うな。閉鎖的な島国というから、もっと殺伐とした雰囲気なのかと思っていた」


 青年がそう言うと、隣に並ぶ妙齢の女は呆れたようにため息をついた。ゆるくカーブがかったえんじ色の長い髪が、吐息に吹かれて揺れる。


「土地柄と人柄というのは時に反比例することもあるものよ。この国——コーラントは入国者数に対して、審査官や関門が整備されすぎている。要人が来ているタイミングとはいえ大袈裟ね。振る舞いには気をつけなさい」


 彼女は自分たちが並ぶ列の先を指差した。十人にも満たない入国審査待ちの列に対し、審査官が二人。その手元には手荷物検査が行える機械のようなものが置いてある。入国者は一人ずつ荷物と通行パスを確認され、入国目的を問われている。


 あらゆる国々を旅してきた二人の目から見れば、小さな島国にすぎないコーラントにおいて、この厳しさは確かに異常だった。


 コーラントという国は、とにかくたどり着くだけで骨が折れる土地である。他国との交流が薄いため、交通手段が発達していないのだ。コーラント王の認可が下りていない船の停泊は一切不可。一般の旅客が入国するにはここより西側に位置する大陸の港から船に乗り、途中の島国で二回も乗り換えを行わなければならない。おまけに最後に乗る船は数日に一便しか出ていないので、それを逃せばまともな宿設備のない小さな島で待ちぼうけをくらう羽目になる。


 その手間を乗り越えてなお、厳戒な入国審査体制。よほど外部の人間に対して警戒心が強いということなのだろう。


「ほら、前の方に並んでいる人たち、コーラントと交流のある近隣の島国からの商人でしょうけど……さっきからこっちを見てこそこそ喋っているわ。唇の動きからして『よそ者が商売の縄張りを奪いにきた』とか、『ここらでは見ない顔の癖に堂々として』とか、そんなことを話しているみたい」


 青年は自分たちが着ている服を見直す。登録商人ギルド公式のコートだ。登録商人ギルドは世界で一番大規模な行商人組織である。普通このコートを着ていれば、どんな地であっても入国や商売を禁止されることはない。


 にも関わらず、確かに周りから向けられる視線が痛い。青年は試しに前方の商人たちの方を向いてにっこりと微笑みかけてみたが、サッと目をそらされてしまった。


「か、感じ悪いなぁ……」


 青年はがっくりと肩を落とす。彼はあまり他人に気を使う方ではなかったが、さすがに居心地の悪さを感じたのだ。やはり土地柄が穏やかだからといって、そこに住む人々の気質まで穏やかというわけではないのかもしれない。


「なぁ、ここまで来てやっぱり審査に通りませんでした、なんてオチはないよな?」


「それは大丈夫。シアンがちゃんと手配してくれている。あとはあなたが筋書き通りにしていればね、ルカ」


「ちぇ、相変わらず信頼してくれないね、アイラ姐さん」


 ルカが口を尖らせていると、審査官が次の入国者を呼ぶ声が聞こえた。


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