エピローグ

大巫女ミハエル 未来の記録



 『終焉の時代ラグナロク』が終わり、僕たちは新しい時代を生きていく。


 これは神石ヘイムダルの神器『光明の石版』が力を失う直前、"千里眼"に映った未来の記録。


 きっとこの優しい未来が僕たちを待っている——そう信じて、僕は記録を綴った羊皮紙を誰にも見せることなく、そっと自らの書棚の中に差し込んだ。






■ウラノスとアラン


 ウラノスと呼ばれていた少女はユーリヤ=スペリウスと名を変え、アラン=スペリウスの養女となる。クロードの診療所を手伝いながら、サマル遺構群でファシャルの一人として暮らした。晩年、彼女は”永久神格化リインカーネーション”を果たし、新たな天空神として世界を見守り続けることとなる。


 アラン=スペリウスはヴァルトロとアトランティスを行き来する生活を続けながら、義肢の第一人者として戦争で身体の一部を失った多くの人々を救った。やがて彼はファシャルの体内に埋め込むことで人間の食糧を彼らの栄養素に転換する装置を開発し、ファシャルたちの生き方に革新をもたらすこととなる。




■エスカレード一家


 ドーハは、ディノがナスカ=エラの学府を卒業して成長するまでの中継ぎとしてルーフェイの王位を継承する。頼りなさげな新王に国民ははじめ不審がっていたものの、彼の優しさと時折垣間見せる芯の強さに次第に信頼を寄せていった。


 ミトス創世歴一〇〇〇年、苦難の末にヴァルトロとルーフェイの和平条約を締結し国交を再開させたことは、彼の偉大な功績として後世に語り継がれていくことになる。


 一方、ドーハの兄ライアンはヴァルトロにて長く療養生活を続けていたが、身体を動かせるほどに回復してからはどの兵士よりも鍛錬に励み、ついには父マティスを打ち負かすほどとなった。マティスはそれを機にライアンに家督を譲り、神獣となったフロワと共にニヴルヘイム大陸の各地を巡り、国を守り続けるのであった。




■グレン・アイシャ


 『終焉の時代』の後、ヤオ村の村長となる。彼が村人たちと共に開発した滋養強壮薬は国一番の売れ筋商品となり、ヤオ村を大いに賑わせることとなった。中央都への仕入れに多くの行商人たちが詰めかけていたが、その中に罪滅ぼしのために働くハリブルがいたことに生涯気づくことはなかった。




■ターニャ・バレンタイン


 ならず者の街ゼネアにて彼女を出迎えたのは他でもない、ウーズレイであった。


 ルカが別世界へ旅立ったことで彼が仕掛けた”無時空結界カレント・クローズ”の効果が切れ、ソニアが冥界に定着することのない彼の魂を現世に返還したことで蘇生したのだ。


 ウーズレイの帰還はターニャの他にもゼネアの人々を大いに喜ばせた。彼は人々に祝福される中でターニャに結婚を申し込む。普段飄々としているターニャもこの時ばかりは湯気が吹き出るほど顔を真っ赤に染め、人々から長年いじられ続ける羽目になるのであった。


 のちにエドワーズが主導し、ゼネアとガルダストリアとの交易が再開。ゼネアは世界一の自由都市として独自の発展を遂げていくことになる。




■リュウ・ゲンマ


 『終焉の時代』の後もブラック・クロスで任務を続けていたが、父親のフィールドワークを手伝うためにしばらくのあいだ里帰りをする。


 同じく里に戻っていたヨギも連れてスウェント坑道奥の探索を進めた結果、テオはついに文字を残した鬼人族の存在を証明する痕跡を発見する。そのすぐ側にはかつてヴィシュヌ神が祀られていたと思われる祭壇もあり、これまでのルーフェイ史を覆す調査結果に学会は荒れに荒れたという。


 だが、ナスカ=エラから戻った若きディノ王の後押しもあり、ルーフェイ史の再編纂を認められることとなった。鬼人族に対する認識も年月をかけて改められていき、中央都に制約なしに居住できるようになる。リュウは人と鬼人族の両方の血を引く者として先駆けになろうといの一番に中央都に土地を買い、護衛術を生業とする道場を開くのであった。




■ノワール、シアン、クレイジー


 義賊ブラック・クロスの任務の数は平和の訪れと共に減り、常駐するメンバーはわずかとなっていった。


 十年後、ノワールは忽然と姿を消し、その後戻ってくることはなかった。シアンは彼の後を継ぎ、ブラック・クロスのリーダーとして晩年まで過ごす。恋人同然であったノワールがいなくなっても動じなかったシアンは、彼の行き先を本当は知っているのではないかと噂されるが、真相は謎のままだ。


 クレイジーはブラック・クロスでの活動を続けながらも、時折ふらりとルーフェイ中央都に戻ってはラウリーの酒場に顔を出し、妻と子の墓参りにやってきた。エルメとドーハが十二年前の事件の真相を明らかにしたことでイージス家の汚名は払拭されるも、彼は生涯独り身で過ごし、イージス家の跡継ぎが生まれることはなかった。仮面を外して出歩くことが増えたため、言い寄る女性は後を絶たなかったが、そのたびに「血は繋がってなくても魂を継いだ子はいるから」と煙に巻いていたのだという。




■アイラ・ローゼン


 神石が力を失ったことで再び聴力をなくした彼女は、ガザ=スペリウスの協力もあって職人の街キッシュに孤児院を開くことにした。ガザ曰く、子どもたちに囲まれている彼女は今までに見たことのない無垢な笑顔を浮かべていたという。子どもたちのために煙草を吸うのは一切やめ、銃を手に取ることも二度と無くなった。


 会員制クラブ「インビジブル・ハンド」のママ・アダムの熱烈なオファーにより時折ステージに立つこともあったが、孤児院の資金繰りのためではなく、単に踊ることが好きだったためである。


 慈善事業ではあるが、資金について困ることはなかった。毎月匿名で寄付金が送られてきたからだ。それはグラシール家からのものであり、匿名にしていたのはソニアの記憶を失った彼女に対しての配慮であったが、アイラは薄々勘付いており寄付金が届くたびにグラシール家にお礼の手紙を送った。


 彼女の外出中、孤児院は一度だけ火事に見舞われることがあった。だが、隻眼のカラスが彼女の肩にとまって危機を知らせたことで被害は最小限にとどまり、子どもたちも無事であった。その後、カラスは時折孤児院にやってきてはアイラと子どもたちを見守るように屋根の上にとまってじっとしていたのだという。




■ユナ・コーラント


 コーラントに帰国した後、公務のかたわら彼女は旅の記録を一冊の本として書き上げた。その本は瞬く間に国じゅうに広がり、やがて世界中でも飛ぶように売れていく。


 ユナはその資金を元手に、また新たな旅に出かけることを決意する。ノワールにカゴシャチを借り、目指した先は時の島だった。時の島で亡くなった人々を丁重に弔い、美しい星空を見届けて、ユナはその地を後にする。


 その後もコーラントに戻っては旅に出るのを繰り返し、まるでアウフェン親子のようだと父を困らせる。だが、国民たちはそんな彼女に感化され、徐々に外の世界へと飛び出していくようになった。




 そして、ミトス創世暦一〇五六年——







***






「おばあさま、こんな夜ふけにどこへ行かれるのですか」


 金髪に藍色の瞳をした幼い少女が、そっと自室の扉から顔を覗かせてひそひそ声で言った。


 ユナは目尻にしわを寄せて微笑み、手話で返す。幼い少女は合点がいかないように首を横にひねった。


「歌、ですか? わたしには何も聞こえませんけど……」


 だが、確かにユナの耳には聞こえるのだ。かすかな歌が……きっとあの浜辺から。


 ユナは少女の頭を優しく撫でると、もう寝なさいと部屋に戻るよう促す。少女は不満そうに頬を膨らませるも、眠気には勝てないのかふわぁと大きくあくびをした。


「ちゃんと、帰ってきてくださいね。おばあさまのぼうけんのお話、早く続きを読みたいから……」


 そうしてまた一つあくびをすると、少女はふらふらと部屋の中に戻っていく。


 自分の幼い頃にそっくりだ。ああして夜遅くまで創世神話に夢中になって、よく母に続きをねだっては途中で眠ってしまったものだ。


 遠く過ぎ去った日々に想いを馳せ、ユナは寝静まった城を後にした。まっすぐ浜辺へと向かう。波の寄せる音に乗って、歌声がだんだんと大きくなる。ユナは足を早めた。昔ほど速くは歩けない。すぐに息が上がり、胸が苦しくなる。それでも——


「っ!」


 浜辺の砂に足を取られ、がくんと前のめりに姿勢を崩してしまった。地面が視界に迫ってくる……かと思いきや、


 紫色の光がどこからかほとばしる。


 転びかけていたユナの肩を、温かい手が支えている。




「……大丈夫ですか、ユナ姫」




 それは、少しだけ茶化すような声だった。


 まるで、昔の記憶をなぞるように。


 ユナは肩をすくめ、振り返る。


 星の光に照らされてきらきらと輝く、長く伸びた金髪。歳をとらない身体になったとはいえ、どこか大人びて見える顔つき。それでもその優しい表情は、ユナのよく知るものと何一つ変わらない。


(おかえりなさい、ルカ)


 心の中で唱えると、彼は微笑んでユナの頬に触れた。溢れ出た涙がしっとりと指先を濡らす。それにつられるように彼もまた涙ぐみ、ごまかすように鼻をすすって言った。




「……ただいま、ユナ。もうどこにも行かないよ」






This is the end of the story.

However, this is The Never-ending World...




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