mission13-45 決着



「はぁ、はぁ……はぁ……」


 砲撃が止み、砂煙の向こうからソニアの姿が現れる。先ほどまでの余裕の表情からは一変、アイラの技により全身ぼろぼろになっていた。砂にまみれて服は汚れ、穴が開き、長い黒髪は乱れている。


 神となった彼の身体からは血が流れることはない。だが、代わりに傷を受けたところから黒瘴こくしょうのようなものがこぼれ落ちていた。神も不滅ではない。彼自身がハデスに対してそうしたように、存在が消え去ることはある。


 人と神との戦いに、希望が差してきた。


「……アイラ」


 倒れたアイラをユナは抱きかかえる。かすかに息は聞こえるが、深い眠りに落ちたようにぐったりとしていて、揺すっても目を覚ます気配はない。


「あとは、私たちに任せて」


 アイラにカリオペの歌の力で守りのヴェールを張ると、ユナは自らの目の端に浮かんだ涙を拭って立ちあがった。


 確かに希望は差した。だが、まだ戦いは終わらない。


 ソニアは肩で息をしながらも、ゆっくりと再び長刀を構え直す。


「まさか、姉さんが”神格化”の力を使うとはな」


 彼の言葉には何の感情も込められてはいない。


 ルカはギリと奥歯を噛みしめる。


「お前にはもう、アイラのことをそう呼ぶ資格はない……!」


 ルカの耳には聞こえていた。


 いや、神格ならばソニアにも届いていたはずだ。


 アイラが”神格化”のために何を犠牲にしたか。


 彼女は、大切な思い出を代償として捧げた。幼いころ、身寄りのない者同士で家族のように温かい時間を過ごした記憶を。


「アイラにとってはそれが生きる理由になってたんだ。あんたにとってのライアンと同じように……!」


 次に目を覚ました時、アイラの目に映るソニアはもう「大切な弟」ではない。元ヴァルトロ四神将の敵対する男。ただそれだけの存在になる。


 ソニアは一瞬表情を歪めたように見えた。だが、首を横に振りまた元の無表情に戻る。


「……それでも、過去を棄てることを選んだのはあの人だ。俺はそうするわけにはいかない。現人神あらひとがみとなったライアン様を救えるのは俺だけなのだから」


「〜〜〜〜ッ!! この分からず屋!!」


 ルカが踏み込む。相手の間合いに入り素早く大鎌を振るう。ソニアはそれを捉え、漆黒の翼で身を隠すが、ルカもまた瞬間移動でそれを追う。


 ガキィン!!


「ドーハ!」


「ああ!」


 ドーハが八咫やたの鏡を高く掲げた。そこからポイニクス霊山のマグマが噴き出し、ルカとソニアの二人に襲いかかる。自然界の磁場を強く帯びたそれは、神の力に反発する力を秘めている。避けようとするソニアだが、ルカの大鎌が彼の武器を絡めとって妨げた。


「何を……! お前も火傷するぞ」


「構わない。おれには助けてくれる仲間がいる!」


 ルカはユナの方にちらと視線を向ける。ユナは小さく頷き、歌を口ずさみ始めた。


「ッ!」


 ソニアは力いっぱいにルカを払いのけると、噴き出したマグマに向かい合う。


「冥府の深淵よ、喰らい尽くせ!」


 ソニアの赤い長刀が宙を切り裂く。そこに現れたのは漆黒の裂け目。


「オオオオオオオオオオ……!」


 風の音にも亡者たちの嘆き声にも似た音が轟き、マグマを吸い込んでいく。


「負けるか……! お前は勘違いしているんだ! 兄さんを助けたいのは、お前だけじゃないってことを……!」


 ドーハの瞳に朱色の光が灯り、裾の長い白の衣が彼の身を包んでいく。


「"神格化"か……!」


 警戒するソニア。長刀をゆらりと構え、回避するか、あるいは空間を裂いて闇にドーハの技を吸収させるか、そのどちらかを取ろうとしたのだろう。


 だが、身動きが取れなかった。


 ルカの技——“無時空結界カレント・クローズ"。対象を特定の時間軸から切り離す技。ソニアとそれ以外のメンバーの時間を分断させ、ソニアの時間は一時的に停止する。


 それでも神格相手にはそこまで長くは保たない。ルーフェイ王城での戦いでは、破壊神に短時間で破られてしまった。


「ドーハ、急げ!」


「ああ!」


 ドーハは剣先を地に向けて唱える。


「太陽神に仕えし鳥の唄を聴け——“不死鳥の囀りポイニクス・オーデ”!」


 剣先が地に触れると、そこから朱色の光が流れ込んで波紋を描く。


「アマテラスの力でも、冥界に根付いた死者たちを蘇らせることはできない。……ただ、少し元気づけることくらいはできる」


 その瞬間、ソニアの時間が再び戻った。


 背に生えた漆黒の翼の先端が灼熱を帯びた鉄のように朱色に染まり、ぼろぼろと溶けだす。


「何だ……何をした……!」


「お前のその翼は冥界のカラスたち、つまり死者たちの魂でできているんだろう。だから、自由にしてやったんだ。逆らいたければ逆らってもいいって」


「余計なことを……!」


 ソニアがドーハに斬りかかる。翼が機能を失い始めているぶん、先ほどよりは動きが鈍いがそれでも彼自身の鍛え上げられたスピードは常人のものではない。ドーハの剣はぎりぎりのところで攻撃を受け止めた。”神格化”していなければこうして捉えることも、持ちこたえることもできなかっただろう。すぐ目の前にせまった禍々しい黒瘴をまとう刃に、額から冷や汗が流れる。


「ソニア。お前は確かに強いよ。父上に認められて、兄さんに信頼されて……同い年なのに俺にはないものをたくさん持ってて、正直ずっと妬ましかった。……けど」


 ドーハはぐっと歯をくいしばる。そろそろ”神格化”の状態を維持する限界に近づいていた。


「最近気づいた。俺は一つだけ、お前に負けないものを持ってる」


 刃ごしに伝わってくるソニアの力が一層強くなる。


「それがどうした。今さらもう遅い」


「遅くない! そうやってお前はすぐに決めつける! だけど俺は……かっこつかなくても、自分の弱さや間違いを認めて、何度だって立ち上がるって決めたんだ……!」


 ドーハの足が、ソニアを蹴り飛ばした。黒瘴がドーハの足にまとわりつく代わりに、ソニアの腹にも朱色の炎が灯る。生を司る神と死を司る神。相反する性質を持つ者同士、互いの力は毒となる。


 ソニアはむせ返りながらもゆらりと立ちあがった。


「黙れ……! 俺は間違ってなどいない……! ライアン様の願いを叶えるために進んできただけだ……!」


 強い踏み込み。あっという間に間合いを詰められ、不気味な赤い刃が目の前で光る。


「くそっ、まだ動けるのかよ!」


 ドーハは避けようとしたが、もう”神格化”の衣は形を失い四つの翼も動かない。


 ズシャッ!!


 黒瘴をまとう斬撃が、ドーハの胴を横断。


「うぐっ……」


 血しぶきを上げ、ドーハはその場に崩れ落ちた。


「はぁ、はぁ…………あと、二人…………」


 肩で息をするソニア。翼はアマテラスの炎で焼け落ち、腹には大きな穴。そしてアイラの攻撃による銃創からも黒瘴が絶えずこぼれ落ちている。


 ルカはユナにドーハの傷を回復させてやるように伝えると、勢いよく踏み込んだ。


「はぁぁぁぁあああああっ!!」


 大鎌と長刀が激しくぶつかり合う。


 翼が失われた分、速度ではルカの方が優位になっていた。


 ブンッ!


 風を切る音とともに、瞬間移動でソニアの背後に回る。


「舐めるな!」


 伸びたストールがルカの足を絡め取ろうとする。ルカはそれを大鎌で切り裂きながら、高く跳躍。間髪入れずソニアは長刀をなぎ払い、黒瘴まとう衝撃波が襲う。


「ぐっ!」


 空中で身をよじり、なんとか致命傷を避ける。黒瘴の傷がまた一つ増える。もう後に退く余裕などない。


「”光速時限”!」


 紫色の光がほとばしり、ルカの姿がその場から消える。それでもソニアは動揺することはない。じっとその場に待ち構え、ルカが攻撃を仕掛けてくるのを待つ。


「! そこか——」




 カンッ!!




 小気味良い音が響き渡る。


 折れた刃が飛んでいく。


 ルカの大鎌、そしてソニアの長刀、両者が全力でぶつかり合った結果、そのどちらも二つに折れていた。


 拮抗する戦い。


 ただ、空に浮かび上がった青白い羅針盤の模様が戦況を変える。


 ウラノスだ。


 羅針盤から仲間たちが続々と現れる。リュウ、グレン、ノワール、シアン、クレイジー、ターニャ、ミハエル。皆これまでの戦いで傷を負ったり体力を消費していたりはしたが、戦意を失ってはいなかった。むしろその逆だ。全員、いつでもソニアに攻撃を仕掛ける準備はできている。


「もうお前の負けだ、ソニア・グラシール」


 ノワールが告げる。


 それでもソニアは折れた長刀を構えたまま、漆黒の瞳で相対するルカをじっと睨み続けていた。


 ルカもまた折れた大鎌を構えたまま、ソニアに視線を返す。


「……ひとつ、聞いても良いか」


 ソニアは無言のまま、眼差しを動かさず肩で呼吸をする。


 ルカもまた自らを落ち着けるかのように息を深く吸い込むと、言葉を続けた。




「あんたの知ってるライアンは、本当にあんな命令を下すようなやつだったのか?」




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