mission13-44 アイラの代償
("神格化"を、私が避けていた……?)
ストールでできた人形を相手にしながら、アイラは神石セトに聞き返す。
そんなつもりはなかった。自分には"神格化"の資格がないものとばかり思っていた。
"思い出してみろ。お前は一度、私にその身の自由を預けたことがある"
(え……?)
記憶をたぐり寄せてみる。最近のことではなかった。あれはそう、キッシュの街でアランのホログラムと戦った時のこと。神経毒で自由が効かなくなった身体を動かすために、セトの意識に身を任せた。スウェント坑道で眠っていたルカがジーンに乗っ取られた時のことを見様見真似でやってみたのだ。
(もしかして、あれが)
"そう、神格化の兆候だ。だがお前はあれ以来、その力の先に踏み込もうとはしなかった"
セトと話をしている間、敵は待ってはくれない。ストール人形が殴りかかってくる。アイラが人形の腕の付け根を狙い撃ちすると、だらんと支えを失った腕を垂らしながらも勢いを失わずにそのまま突進してきた。
「っ!」
「アイラ!!」
ソニアと斬り合うルカが振り向く。
「いい! 私のことは気にしないで!」
案の定、その隙を見逃さなかったソニアがルカに一撃を与える。また一つ、黒瘴に侵された傷ができた。
「この……!」
アイラはアイラでストール人形にのしかかられ、身動きが取れない。中は空洞でとても重量のあるボディとは思えないが、ストールの切れ端がテントロープのように地面にぴんと根を張りアイラを締め付けているのだ。
"アイラ。お前は恐れている"
こんな時でも神石セトは淡々とした口調で言った。
"共鳴者の共鳴者たるゆえん、それを代償として失うことを恐れているのだ"
(うるさい……今は静かにしてて……!)
ハイヒールでストールを勢いよく突き破る。だがそれは逆効果だった。切れたストールが伸びてアイラの足に絡みついたのだ。片脚の自由を失い、押しのけようとしても力が上手く入らない。
ストール人形が無事な方の腕を振り上げるのが視界に入る。
(しまっ——)
鈍い音が響いた。
頭の中が、視界が、衝撃でぐらぐらと揺れているような感覚。殴られた場所が、割れるように痛い。
ユナの声が、遠くに聞こえる。
彼女も同じようにストール人形を相手にしながら、アイラを回復させようと歌を口ずさむ。
ルカやドーハの叫び声が、もっと遠くに聞こえる。
剣戟の音が激しく響き、その度に頭の傷が疼くように痛んだ。
そんな中、敵は容赦なくアイラに向かって再び拳を振り上げる。避けられない。身動きが取れない。身体に力が入らない。
無意識のうちにソニアの方に視線を向けようとしていた自分に気づく。
乾いた笑いがこみ上げてきた。
(未だに期待しているだなんて……
一度は決別しようとしたくせに。結局断ち切れてなどいなかった。
アイラの、アイラたるゆえん。
それは、ソニアの姉であるということ。
姉として、弟を見つけ出すために。
姉として、弟への罪滅ぼしをするために。
姉として、弟を正しき道へ連れ戻すために。
姉として、聞き分けの悪い弟を
ずっと自分に言い聞かせ、奮い立たせてきた。
だが、今この期に及んでようやくわかった。
(ぜんぶ——私のエゴだったのね)
きっとソニアは、アイラのことを見てはいない。
彼にとってアイラは過去の人でしかなかった。彼がずっと見ていたのは、ライアンを救う未来だけだったのだから。
“アイラ、それ以上考えるな。
珍しくセトが心配しているようなことを言う。
だが、逆だ。
「……平気よ。血が抜けて、少し冷静になってきたところ」
アイラは笑う。
ちょうどユナの歌の力で傷が塞がり、力が湧いてくるのを感じる。ルカがクロノスの力でソニアの動きを奪い、その一瞬にドーハがアマテラスの炎でアイラを組み敷くストール人形の背に火をつける。
「どうして、気づかなかったんでしょうね」
燃え上がったストール人形は不可思議な踊りを舞い悶える。アイラは敵から距離を取ると、額から流れ出ていた血を拭った。まだ痛みは残っている。だが、頭の中は澄み渡った空のようにすっきりしていた。
「私はもう、ソニアの姉じゃなきゃ生きられない女じゃない」
ストール人形に二つの銃の銃口を向ける。側面にはめられた黄色の石が煌々と輝き始めた。
「私にはちゃんと、今の居場所がある。名前がある。だから——」
双子の銃は溶け合い、一つの長筒のバズーカへと形を変えていく。それも、以前彼女が”神格化”しかけたときよりも巨大で、装飾も豪勢なものへと変わっていた。
灰色の双眸が、黄色の光を帯びていく。
「ずっと私を支えてくれた思い出を、あなたにあげるわ。セト」
無愛想な神は返事をしない。だが、代わりに彼女の瞳は神石と同じ黄色へと完全に染まった。
アイラはバズーカを肩に担ぐと、上空に向けて撃ち放つ。砲弾はやがてパンと音を立てて弾けると、小さな砂弾となり戦場を円で囲むようにして地面に降り注いだ。
「ソニア……覚悟しなさい!」
アイラがパチンと指を鳴らすと、砂弾が落ちた場所から続々と人の背丈ほどの立像が飛び出した。すべてツチブタの頭が象られていて、その口の部分には銃口。つまり、全方位を取り囲む砲台である。
「これは……!」
さすがのソニアも無視できなくなった。
砲台がパカリと口を開け、そこには黄色の光が灯る。
漆黒の翼に身を隠し避けようとするが、それは叶わなかった。足元にも砂でできた小さなツチブタたちが密集していて、身動きを取れなかったのだ。
アイラは優雅に踊るかのように右腕をすっと上げる。その動きに連動して、ソニアを取り囲む砲台の光が強さを増した。
「餓えて渇きし者に、慈悲なき裁きを——"
アイラが踊る。彼女のステップに合わせ、黄色の光を帯びた弾が三百六十度から一斉に浴びせられた。
「ぐぁぁぁぁぁっ!」
円の中心からソニアの呻き声が響く。効いている証拠だ。
「ルカ、ドーハ、ユナ! 今のうちに追撃の準備を!」
そう叫ぶと同時、先ほど殴られたダメージによる後遺症か、あるいは力を使ったことによる反動か、アイラは自らの視界がぐらつくのを感じた。
(意識が途切れたとき、代償が支払われる)
幼い頃のソニアの記憶を、もう一度だけ反芻する。思い出せるのはこれで最後だ。
(さようなら、あの頃のあなた……そして私)
アイラはもう一度腕を振り、大きくステップを踏んだ。コートが風にたなびき、えんじ色の髪がふわりと揺れる。宙に散った涙の粒がきらきらと光る。
全力を、出し切る。
バズーカは再び双銃に戻り、アイラの両手に収まった。
「ラストよ」
引き金を引くと、それぞれから灼熱と極寒を帯びた砂嵐が吹き出て、砲台の円の中にいるソニアに襲いかかる。
アイラはそれを見届けたのを最後に、その場で意識を失った……。
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