mission13-43 黒瘴



 命の気配の無い空間で、命を削る者たちの闘いの音が響く。


「はぁぁッ!」


 もう、何度目だろうか。


 ——ガキィンッ!


 黒の大鎌と、赤い長刀がぶつかり合う。


 ソニアは確かに強い。パワーも、スピードも、それに一つ一つの技の洗練度合いも、若くしてヴァルトロ四神将に肩を並べるのに十分すぎるくらいのものだと分かる。


 ただ、ルカもまた幾度とない戦いの中で己の技を磨き上げてきた。それに、一人じゃない。仲間たちと連携を考えれば、むしろ優勢に持ち込めるくらいに両者の実力は拮抗しているはずだ。


 ただ一つだけ、圧倒的に差をつけられているものがある。


 の違いだ。


 以前ミハエルが解読した創世神話の原典にはこう書かれている。神となった存在には、神石と共鳴するだけでは対抗できない。"神格化"して己の格を引き上げることでようやく対等になる。


 それを証明するかのように、"神格化"していない状態での攻撃はソニアに一切効いていなかった。傷ひとつつかず、怯むこともない。唯一常に"神格化"に近い状態であるルカの攻撃なら可能性はあるものの、こうして斬りかかっても全て受け止められてしまう。


「……なぁ、そんなものなのか」


 刃越しにソニアが語りかけてくる。


「俺の邪魔をしてまでライアン様を救いたいというお前たちの実力は、そんなものなのか?」


 ソニアが力を強めてくる。ルカは歯を食いしばり、圧されないよう踏ん張った。


「くそ、反則なんだよ、こんなの……!」


「人のことわりから外れたという意味ではお前も同じだと思うが。そうなんだろう、時の神クロノス」


「! どうしてそれを……!」


「ハデスの持っていた神格が俺の物になった。だからあいつの記憶もすべて継承されている」


 額から汗が伝うのを感じながら、なるほど、とルカは笑った。


「だからか。どうりで普段よりもよく喋ると思ったら。それもハデスの影響か?」


「……っ! 黙れ!」


 赤い刀身にソニアの右眼から噴き出ているのと同じ、黒い靄のようなものが現れた。悪寒が走る。近くにいるのはまずい。咄嗟に瞬間移動で距離を取ろうとするルカだったが、一歩遅かった。


 移動した先に現れる漆黒の影。ソニアもまた、漆黒の翼によって即座に移動する力を得たらしい。


 ザシュッ!!


 長刀がルカの左の上腕をかすめる。


「うっ!」


 傷は浅い。ただ、何か妙な感覚があった。傷口を見てその理由わけを悟る。斬られた場所がじんわりと黒ずんでいた。それはぞわぞわと黒い虫の集合のように蠢き、ゆっくりとルカの皮膚の上に染み出していく。冷たい。どくどくと熱い血が流れ出ているはずが、傷口がひんやりと冷えていくのを感じた。


「なんだこれ……」


黒瘴こくしょう。冥府より湧き出た瘴気は生きている者の命を削る」


 はっとした時にはもう、ソニアが次の攻撃を放った後だった。急所を庇うのに精一杯で、右腿に黒瘴をまとった斬撃を食らう。


「ルカ!」


 後方に控えていたユナはすぐさまウーラニアの歌を歌おうとした。ウーラニアの歌は、神通力によってもたらされた身体の異常を解く力がある。黒瘴にも効くだろうと思ったのだ。


 だが、頭の中の声に止められる。


"ユナ、いけません"


(カリオペ? お願い、ウーラニアを出して! 早く歌わないと……!)


"ウーラニアの力では敵いません。あれは神通力じゃない……神そのものによってもたらされた力。人の力で取り除けるものではないのです"


(そん、な……!)


「ユナ、おれのことは気にしなくていい! それよりみんなの援護を頼む!」


 ルカにそう言われ、気を取り直したユナは腕輪を三つの円月輪の姿に変え、同時に放った。


「カリオペ、タレイア、テルプシコラ! 三柱の女神よ、我らに御歌おんうたの加護を!」


 体力消費は大きいが、一気に味方の防御・攻撃・回避力を高める技だ。


 ただ、現時点で"神格化"できるメンバーはルカとドーハの二人だけ。ドーハは力を身につけたばかりで長時間維持はできないし、それもルカの黒瘴が全身に回り切る前にソニアを倒す必要があるとなると戦力は心許ない。


 アイラは銃口をソニアに向け警戒しながらウラノスに小声で言った。


「ウラノス、あなたは他の仲間たちを探して」


 破壊神の干渉がなくなって、ソニアがこの戦いに集中している今なら、ウラノスの力で空間移動しやすくなっているはずだ。


 ウラノスはこくりと頷き、青白い羅針盤の模様の中に姿を消した。


(頼んだわよ……!)


 ウラノスが他の仲間を連れて戻るまで、四人で持ち堪えなければいけない。攻撃が効かないユナとアイラにできることは、味方の補助と敵の足止めだ。


 アイラは引鉄ひきがねに手をかけ、ソニアに砂弾を打ち込もうとした。"永久神格化"の力を手に入れたとはいえ、基本の戦闘スタイルは近接タイプの彼自身のものと変わらない。これだけ距離を取っていれば瞬時に間合いを詰められることはないだろうと思っていた。


 だが——


「見えているぞ」


 ソニアの白いストールの両端が地面に潜り込んだかと思うと、アイラの足元から勢いよく飛び出した。


「っ!?」


 どこまでも伸びるそれは、くるくると素早く渦を巻き人のような形を作ると、ぶんと拳を振り上げてきた。


 とっさに避けて正解だった。


 ストールで形成されたその人形の拳は重く、つい先ほどまでアイラがいた場所の墓標を粉砕したのだ。墓標の跡には黒瘴が漂う。


「厄介ね……!」


 ソニア本体と違って砂弾は効く。だが人形の身体に穴が開くだけであって動きは止められなかった。


 人形は二体。後衛のユナとアイラを狙ってくる。


 一方、ソニアに対してはルカとドーハの二人がかりで相手をするが、本来ならスピード勝負で負けないはずのルカの動きが黒瘴のせいで徐々に鈍っていて、形勢は悪い方へと傾き始めている。


("神格化"……私にもその力があれば……!)


 唇を噛むアイラの頭の中に、珍しく神石セトの声が響いた。


"本当に望むのか? お前自身が避けていた力を"



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