mission13-42 永久神格化



“神とは、暇を持て余す存在だ”


“大いなる力を持っているくせに、無い物ねだりをする者ばかり”


“ワタシは死神だ。……ゆえに、死に憧れていた”


“そう、お前と同じさ。時に縛られることを選んだ時の神クロノスよ”


“正直、死せる肉体を得たお前のことを羨ましいと思ったよ。だが、肉体と相互に影響しあうにつれ、こう思うのだろうねぇ”


、と”


“……それでいい。それこそが時に縛られるということ”


“ただ、ワタシはごめんだね。自ら死を望んでおきながら死を恐れるなんて、そんな無様な真似はしたくないのだ”


“だから、神であるままに死ぬことを選んだ”


“単純なことさ。ワタシより死神にふさわしい者が現れてくれればいいい。そして、それがソニアだった”



“これは現人神あらひとがみなんて中途半端なモノじゃない。言うなれば、そう——”




永久神格化リインカーネーション





***




「……カ、ルカ!」



 ユナの声が聞こえる。


 ハッと目を覚ますと、倒れているルカの周りを仲間たちが囲っていて心配そうに見つめていた。ユナ、アイラ、ドーハ、そしてウラノス。ハデスとソニア、そして破壊神の姿は近くには見えない。


 背中には固い石畳の感触があった。空は日が暮れる前の濃い橙色に染まっている。あの漆黒の空間ではないどこかへ移動できたということだろう。


「ごめん、心配かけた」


 上体を起こすと、ドーハが手を差し出してきた。


「立てるか?」


「うん、ありがとう」


 一瞬気を失っていただけで、外傷はない。ルカはドーハの手を借りながら立ち上がり、改めて周囲を見回す。あたり一面、極彩色の墓標が立ち並んでいた。マウト旧市街にあったものとよく似ているが、ここまで広くはなかっただろう。地平線のその果てまでずっと、大小さまざま、色もてんでばらばらな墓標が整列した景色が続いている。


 どれだけ目を凝らしてもソニアの記憶を辿る途中で別れた仲間たちの姿は見えなかった。彼らはまだ元の場所に囚われたままなのかもしれない。


「ルカ、どうかしたの?」


 ユナに尋ねられ、ルカはかぶりを振った。


「ああいや、別に何かあったわけじゃないんだ。ただ、ハデスの声が聞こえてきて……気になることを言っていたから、ミハエルに話を聞いてみたかったんだけど」


 “永久神格化”。


 聞き慣れない言葉だ。だが意味はその言葉自体からなんとなくわかる。一時的な神格化ではなく、完全に神格となる……つまり、人が神になるということ。


「神さまになるって、どういうことなんだろう……。ソニア君はもう、今までのソニア君じゃなくなっちゃうのかな」


 ルカの話を聞き、ウラノスは俯く。


「分からない。……けど、破壊神との共鳴が上手くいかなかったことで、あいつが冷静じゃないのは確かだ」


「そうね。今のソニアは道を失っている。ライアンを救いたいのなら彼を殺すことだけが手段じゃない。別の手段を見つけるために私たちは旅をしてきたんだもの。それを、教えてあげなくちゃ」


 アイラがそう言うと、ドーハも力強く頷いた。


「あいつが過去を見せてくれたおかげで、兄さんが破壊神になってしまった理由が分かった。今度こそはちゃんと浄化できる。それが、本当の救いになるはずだ」


 ——バサッ。


 頭上で何かが羽ばたく音が聞こえた。


 見上げると、一羽の黒いカラスがどこかへ向かって飛んでいくのが見えた。


「なんだ……?」


 ——バサッ。バサバサバサッ。


 つむじ風が起こる。


 何羽ものカラスたちが突然現れて、みな一様に同じ方向を目指して飛んでいったからだ。彼らは墓標から生み出されていた。続々と生まれ出て、何かに引き寄せられるように空を翔けていく。


「そういえば……創世神話で読んだことがある気がする。カラスは、死者たちの魂を冥府の神の元へ運ぶって」


 ユナが呟く。


 つまり、カラスたちが目指す先はハデス……あるいは、ソニアのいる場所ということだ。


 ルカたちはカラスたちを追って駆け出した。


 やがて前方にカラスの大群がガァガァと鳴きながら上空に輪をなしてとどまっているのが見えた。その下には石像がある。これもマウト旧市街にあったのと同じ、ハデスの石像だ。


 だが、どこか様子がおかしい。


 石像が震えている。瞳の下には縦にひびが入り、そこから黒い光が漏れ出す。ひびはピシピシと音を立てながら広がっていき、ついには全身に達した。


 一枚、また一枚と、石像の表面が剥がれ落ちていく。カラスたちが我先にと群がり、落ちた石像の一部をついばんでいた。ひびから漏れる黒い光はますます強くなっていき、すべてカラスたちと共に石像を覆い尽くす。


 ——ドクン。


 再び、空間全体が揺れた。それと同時にカラスたちが一斉に飛び上がった。


 そこには、もう石像はなかった。


 その場所に立っていたのは、漆黒の裾の長い長衣を全身にまとう男。神石がはまっていたはずの右眼には今は何もなく、代わりに炎のような靄のような黒い影が吹き出し燃えている。首元には白い長いストールが緩やかに巻かれていて、ゆらゆらと宙にたゆたわせていた。


「ソニア」


 アイラが呼びかける。


 だが、彼は答えない。


 滞空していたカラスたちが、弾丸のような勢いで彼に突進していった。いや、彼らは吸い込まれていたのだ。ソニアの背から、身の丈の二倍はあるであろう巨大な漆黒の翼が生える。




「……ライアン様を殺すのは、俺だ」




 赤い刀身が鞘から姿を現す。


 ルカたちも覚悟を決め、それぞれに武器を構えた。



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