mission13-26 再来




「ギィヤァァァァァッ!!」


 紫色の閃光とともに現れた大鎌が、女ファシャルの背を切り裂き、青い血飛沫ちしぶきが舞う。


 その背後から現れたのは、ルカだ。


 ファシャルが仰け反り怯んでいる間、彼は手際よくアイラを拘束している手枷を外した。


「ごめん、遅くなった」


 ルカは改めて周囲の様子を見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。彼のことだ、もっと早くに助けにこれなかったことを悔いているのだろう。


(……いつの間にこんなに頼もしくなったのかしら)


 アイラは起き上がりながら瞳の端から溢れそうになる涙を拭い、ルカの隣に立った。両手を開けばピアス型の神器が手になじんだ双銃へと姿を変える。


 そうだ、今は何もできなかったあの頃とは違う。


 力がある。


 仲間がいる。


 もう二度とソニアを失うことがないように、必死の思いで手に入れたものだ。


 たとえ救いようのない男に成り下がってしまっていても、そこに手を差し伸べるのが義賊アイラ・ローゼンの使命のはずだ。


 アイラは自らを奮い立たせ、うずくまっている女ファシャルと、牙を剥きその脇に控える二人の男のファシャルに銃口を構える。


 その横でルカはアイラにだけ聞こえる声で言った。


「気をつけろよ。こいつらたぶんみんな死者だ。攻撃しても死ぬことはないし、自分たちが死者だって気付けば死霊化してヤバい状態になる。ほどよく弱らせてこの場から逃げる、そのつもりで」


「ええ、わかったわ。敵の拘束は私に任せて」


 いつも通りの口調のアイラに、ルカは安堵したのかふっと笑う。


「頼むよ、アイラ姐さん!」


 返事の代わりにアイラは砂弾を放つ。狙うは二人の男ファシャルの足元。砂でできた銃弾は形を変え、彼らの足にまとわりつく。


「アイラ……! ここまで育てた恩を忘れたか!!」


 激昂したファシャルが床に手をつき四つん這いの姿勢になる。すると背骨がめきめきと盛り上がってその身から剥がれていく。まるで鞭のようになったそれを、上体をひねり起こしてルカたちに放ってきた。


「こっちは任せて!」


 ルカはファシャルとアイラの間に躍り出る。大鎌で敵の攻撃を切断するつもりだ。


「それなら……!」


 アイラは天井に向かって数弾撃ち込む。


 その隙を狙って起き上がった女ファシャルが飛びかかってきたが、俊敏な身のこなしで側転しつつ回避。その勢いで相手の下顎をハイヒールで蹴り飛ばす。


「グァッ!!」


 相手が怯んだのを確認し、アイラはすぐさまルカの方に視線を向ける。ちょうど一人の鞭状の攻撃をしのいだところだった。だが後方にもう一人が同じような攻撃を仕掛けようという体勢に入っている。挟まれるのはまずい。


「ルカ!」


 アイラの短い呼びかけにルカはちらと目配せして頷く。ルカの大鎌にはめられた神石が淡く光を放ち始めた。


「第二時限上段解放——"時喰亜者ア・バ・クロック"!」


 紫色の光がファシャルたちの身体を包み、彼らの時間の自由を奪う。時間を止められるのは一瞬、それでもアイラの次の技まで繋ぐには充分な時間だった。


 アイラはパチンと指を鳴らす。すると、先ほど天井に向かって撃った砂弾が土砂降りのようにファシャルたちに降り注ぐ。


「まだよ……!」


 アイラは片膝をついてしゃがみ、銃口を床に向けた。その間にもファシャルたちの時間が戻り始め、二人に向かって襲いかかろうとするが、


 アイラは余裕の笑みを浮かべ、引き金を引いた。


「おしおきよ——"天突く石筍スタラグマイト・スピア"!!」


 ファシャルたちの足元がカッと黄色の光を帯びたかと思うと、そこから幾百もの砂でできた棘が飛び出しファシャルたちを貫いた。


「ウガァァァッ……」


 断末魔が響き渡り、ファシャルたちはピクピクと痙攣している。死者である彼らはいずれ復活するだろうが、これだけ棘が突き刺さっていればそう簡単には身動きできないはずだ。


「アイラ!」


「ええ!」


 アイラが差し伸べられたルカの手を取り、ほとばしる紫色の光と共に二人はその場から抜け出した。






 瞬間移動した先は炎に包まれた施設の中だった。子どもたちの泣き喚く声が響く中、アイラとルカは出口を探して廊下を駆け抜ける。


「他のみんなは?」


「分からない。バラバラになってるみたいだ」


「ルカ、あなたはどうして私の居場所が分かったの?」


「それもよく分からない。でも目の前にいきなり黒い渦ができて、飛び込んだら地下倉庫に行けたんだ」


「黒い渦?」


「ハデスが作り出す『屍者の王国』の中での移動手段だよ。ゼネアの時もリュウたちはそれを通ってみんながいる場所に合流したって聞いてたから、もしかしたらと思ったんだ。……ただ、ここはおれたちが経験した『屍者の王国』とはちょっと違う気が」


 途中まで言いかけて、ルカは前方を見てハッと息を飲んだ。


 漆黒の髪の少年が目の前に立っていた。ソニアだ。彼は何か言うわけでもなく、無表情でただじっとそこに佇んでいた。やがて彼の持つヤシのボールの皮がぼろぼろと剥げ落ち始めた。そこから現れたのは、赤黒い色のもやをまとった謎の球体だ。


「やっぱり変だ。どうしてソニアがここにいる……!? それに、あの球体は……」


 ルカが知るソニアよりもずいぶんと幼くなったその少年はくるりと背を向け、廊下の先へと歩き出す。


「待って!」


 だが、アイラの呼びかけに反応することはなく少年は歩き続け、やがて赤黒いもやに包まれて消えてしまった。後には禍々しい色を帯びた渦状のもやだけが残っている。


「後を追おう!」


 ルカがそう言って一歩踏み出したが、それを阻むように足元からわっと炎が湧き出した。これもまた赤黒い色をした炎だ。


「くっ……! 簡単には通してくれないか……!」


 炎はぞわぞわと一箇所で燃え盛り、人の大きさになったかと思うと、その中から一人の男が現れた。恰幅のいい中年の男。よく仕立てられた背広に、額に一角を生やした獅子のバッジ。


「あんたは……!?」


 ルカとアイラは思わず顔を見合わせる。


 職人の街キッシュの元町長、アンゼル。


 私利私欲を肥やすため、金の力でキッシュの街を我が物にしようとしていた男が目の前に立っていた。


 この小さくて質素な孤児の施設には場違いの装い。ただ、彼がシスター・ジルに扮していたターニャに殺された死者であるということを考えれば、ここにいる理由にも合点がいく。


 ぎらぎらと欲に光っていたその眼には、今は炎と同じ赤黒い光が灯っていた。


「久しぶりだな、ブラック・クロス」


 アンゼルはにやりと口角を吊り上げると、パンパンと分厚い掌を打ち鳴らした。すると背後からぬっと二つの黒い影が伸びて、大型な破壊の眷属となった。


 赤黒い炎、赤黒い光、赤黒い瞳。それに破壊の眷属。


 アイラは前方後方を警戒しながら再び神器を両手に構えた。


「趣味悪いわね……。あなた、もしかして破壊神の手先になって私たちを邪魔しにきたの?」


 アイラの言葉にアンゼルはフンと鼻を鳴らす。


「手先とは人聞きの悪い。あくまでビジネスパートナーとしてだよ。彼は君たちを排除したいと思っている。そして私も君たちに報復したいと思っている。双方利害が一致したから協力している。そこに何か疑問があるかね?」


 アンゼルはそう言って破壊の眷属たちに「やれ」と合図を送った。


「グガァァァァアアアアッ!!」


 破壊の眷属たちが雄叫びを上げ、手に持つ錆びた大剣を振り上げる。


「ここはおれが!」


 ルカは大鎌に変化した神器で敵の攻撃を受け流す。アイラはルカと背中合わせに立ち、アンゼルに照準を定めた。


「もう一度眠りなさい!」


 二つの銃で砂弾を連射。空中で銃弾が合わさって巨大な塊となり、アンゼルに向かっていく。


 だが——


「ぬるいわ!!」


 アンゼルの手前で砂弾の塊が粉々に散った。


「な……!」


 アイラは唖然とする。


 アンゼルの右腕が、漆黒の鎧で包まれていた。


(あれは、骸装アキレウス!?)


 次弾を装填しなければ、そう一瞬意識を逸らしているうちにアンゼルの姿が見えなくなった。


「どこに——」


「アイラ、上だ!!」


「っ!?」


 見上げれば高く跳躍したアンゼルがそこにいた。その両脚にも漆黒の鎧。アンゼルは右の拳を引いて力を溜める。漆黒の籠手からは続々と鋭くとがった骨状の棘が飛び出してくる。


「死ねぇい!!」


 拳が、アイラの頭上から振り下ろされる。


(避けられない——)


 その時、




"……やれやれ、世話の焼ける……"



 どこからか、お喋りな死神の声が聞こえてきた。



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