mission13-27 死神の思惑



 ガキィン!!


 アンゼルの拳がアイラに届くことはなかった。


 ハデスの声と共にアイラの目の前に黒い渦が現れ、そこから出てきたリュウがアイラを庇ったからだ。


「リュウ!?」


 リュウは雷を帯びた棍でアンゼルを薙ぎ払うと、はてと首を傾げた。


「……で、なんだ? この太ったおっさんは」


 どうやら相手が誰か知らないまま反射的にアイラの助けに入ったようだ。確かにキッシュを訪れたのはリュウと合流する前のことだった。


「敵よ。ターニャに殺されたはずだけど、この死者の世界で復活して、破壊神の力を借りて私たちを足止めしようとしてる」


「む。待て、ここはソニアが作ったハデスの領域だろう? なぜ破壊神の話が出てくる?」


「分からないわよ、私も!」


 話している間にリュウの背後に回ってきた破壊の眷属のコアを撃ち抜く。


「とにかく、今はこいつらを倒すことが優先よ。じゃないと——」


 アイラはハッと息を飲む。リュウに弾き飛ばされたアンゼルが再び向かってきていた。しかも鎧で覆われる範囲が広がっている。今や四肢を超え彼の全身を覆わんとしていた。その形状も何度か目にしてきた骸装がいそうアキレウスとは少し異なっていて、朽ちた骨が飛び出し、腐った獣の皮がまとわりつき、怪しげな光沢を持つ鱗が浮き出て……まるで破壊の眷属そのもの。


「ぬぅんッ!!」


 重心のぶれた大ぶりな右フック。鎧で武装されてはいるものの、その動きは戦い慣れていない素人のものだ。リュウはしゃがんですっとかわし、棍でアンゼルの鳩尾みぞおちを狙った。


「がふっ!」


 突き上げられ、一瞬宙に浮いたところでまだ鎧に覆われていない急所、顔面に鬼人化した拳を叩き込んだ。骨が折れたような鈍い音が響き、アンゼルの首があらぬ方向へ曲がる。普通の人間ならば死に至ってもおかしくはない攻撃だ。だが、床に這いつくばったアンゼルは笑っていた。


「ぐふッ……はハ……ははははハハッ!!」


「何……?」


 アイラとリュウは警戒を強める。そこに他の破壊の眷属を制したルカも合流した。残すはアンゼルだけ。ただ、妙な感じがする。リュウが大ダメージを与えたはずだが、まるで弱っている様子はない。


 アンゼルが狂ったように笑い続ける間にも、鎧はますます彼の身体を侵食し、曲がった首ごと包み込もうとしていた。そんな状態のまま彼はよろよろと立ち上がる。


「良い……良イぞ……もっと私ヲ攻撃シロ! 私ヲ蔑め! 私を否定シ私ヲ憎め! ソウすレバ……ソウすれバそウスれバ……!!」


 いよいよ彼の本来のものが左眼だけになった時、不意に宙を見つめてぴたりと動きを止めた。


「あレ……なンで? 破壊神トハ、あクマで、ビジネすパートナーだト……」


 有無を言わさず鎧の継ぎ目継ぎ目から赤黒い光が漏れだし、アンゼルの身体がぶくぶくと膨張し始めた。


「ぬおぉぉぉぉぉおおおおおッ!!」


 みるみるうちに形が変わっていく。


 背丈は人の二倍の高さに。豚のような頭にずんぐりと膨らんだ腹。短い首の周りには幾重にも巻きつけたネックレスのように、じゃらじゃらと人の骨が連なっている。


 その姿はまさに破壊の眷属・特異種。


 もうキッシュの元町長アンゼルではない。厭世の念に呑まれ、物言わぬ魔物と化したのだ。


「哀れね……死んでもなお魂が救われないなんて……!」


 返事の代わりに醜い魔物の雄叫びが返ってくる。すると床から続々と破壊の眷属が現れ、あっという間に取り囲まれてしまった。三人で戦うにはさすがに数が多い。だが、逃げ場は完全に塞がれてしまっている。


 その時だった。


“……仕方ない。もう少し手を貸してやるか”


 再びハデスの声が響いたかと思うと、足元に黒い渦が現れた。


「げ、まさか」


“その、まさかだ”


 悪戯な含みのある声が聞こえたかと思うと、ルカたちはその渦の中へ真っ逆さまに落ちていった。






 ルカたちが落ちた場所は、先ほどまでいた炎に包まれた施設とはまるで違う場所だった。ひんやりとしていて暗い。


「アイラ、リュウ、二人ともいるか?」


 それぞれすぐ近くから返事が聞こえてきた。ひとまず三人ばらばらにならなかっただけましだろうか。


 手探りで壁際まで歩いてみる。触れた感触はごつごつとしていて冷たい。岩壁のようだ。壁伝いに歩いてみると、やがて岩壁が途切れている場所まで来た。だが今度は鉄格子だ。


「これってもしかして……?」


 今度は逆回りに壁沿いを歩いてみる。やはり結果は同じだった。また鉄格子の場所に戻ってくる。


 つまり、出口はない。ルカたちは牢屋のような場所に閉じ込められているということになる。


「ハデス……一体どういうつもりなんだ」


 聞こえていたのか、死神の声がどこからか聞こえてきた。


“ふふふ……。それよりも、三度も助けてやったことへの礼はまだか? 一度めは金髪の、二度めは鬼人の、三度めは三人とも。なかなか良い頃合いで移動させてやっただろう?”


 黒い渦のことを言っているのだろう。


「あれはハデス、あんたがやったんだな」


“そうだ”


「けど何のために? おれたちを助けるようなことをするなんて」


 ルカの問いに、ハデスはクックと笑った。


“ソニアにお仕置きしてやるためさ。あいつはワタシをないがしろにして、破壊神なんぞをワタシの庭に誘い込みおった。愚かな男よ……ワタシからも嫌われることで厭世の念を一層強め、自らが破壊神に成り代わろうとしている。あれほどに愛された人間はいないというのに”


 ハデスはペラペラとまくし立てる。その口調にはほんの少し苛立ちが込められているように聞こえた。


"ワタシの庭は確かに雑草だらけの混沌さ。だが、それでもワタシのものであることには変わりない。ソニアも同じくワタシのもの。……だから、気に食わんのよ”


「それで、おれたちを助けようとしたのか」


“ご名答。……と言っても、破壊神が干渉するせいでワタシの力も思い通りにはいかないようだがね”


 だからこんな場所に落ちてしまったのも自分のせいではない、と言いたいらしい。あの嗜虐的な死神のことだ、本心は分からないが。


“とにかく、お前たちが破壊神じゃまものを追い出してくれるというなら協力してやろう。……ほら、どうやら迎えが来たようだぞ”


 ひたひたと鉄格子の外で足音が聞こえる。岩壁に反射して揺らぐ明かりがルカたちの方へと向かってくる。もしかしたら敵かもしれないと、ルカたちはいつでも武器を取り出せるよう身構えていたが、その心配はなかった。


 鉄格子の向こうに姿を現したのは、ルカたちがよく知る二人だった。


「ルカ……!?」


 少女の方がハッと息を飲みこちらに駆け寄ってくる。彼女と共に行動する青年も周囲を警戒しながら鉄格子にかけられている錠に鍵を差し込んだ。


「待ってろ、今開けてやるから」


 やがてギィと音を立て、鉄格子の扉が開く。少女が明かりを掲げると、その姿はよりはっきりと見えた。ルカは思わず安堵の声を漏らす。


「ユナ! それにグレンも……! 二人とも無事でよかった……!」



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