mission11-46 再起



 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 マティスの攻撃で大ダメージを食らい、立ち上がろうにも力が入らず、意識が遠のきかけていたその時。


 かすかに、ドーハの抗う声が聞こえた。


 そして眩しい光に包まれたかと思うと、何かが自分の身体の中に入り込んでくる気がして、急に力が湧き上がるような感覚を覚えたのだ。


 ルカはよろりと立ち上がる。


 他の仲間たちもそれに続く。


 傷が塞がったわけではないが、もう一度武器を手に取り戦うだけの力は戻ってきた。


 そして、何より——


「ドーハ」


 ルカが声をかけると、”神格化”の姿となったドーハは少しだけ気恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「なっ、なんだよ! 俺だって驚いてるんだよ! 母上の”神格化”とは全然違う技になっちゃって、こう、もっと一発形勢逆転できるような大技をイメージしてたんだけど」


「いや、ありがとな」


「っ……!?」


 ルカの口から感謝の言葉が飛び出したことに、ドーハは面食らったようだった。いつも茶化されてばかりいたから意表を突かれたのだ。


「お前が力を使ってくれなきゃ、おれたちはここで死んでいた」


 ルカは真剣な表情でそう言って、震える指先を見せまいと強く拳を握る。


 諦めるとか諦めないとか、そういうことを考える間も無く命を失うところだった。


 そんな中で、父親に抗い、代償を背負ってまでルカたちを復活させたドーハ。ルカたちが再び立ち上がることができたのは、アマテラスの蘇生の力だけでなく、ドーハの強い想いによって奮い立たされたからだ。


「おれたちは、まだ負けてない」


 ルカはドーハの言葉を反芻し、付け加える。


「そして勝つんだ。お前の父さんのためにも」


 ルカがドーハに向かって拳を突き出す。


 ドーハは力強く頷き、それに応じた。


「ああ。俺一人じゃ無理でも、お前たちとなら……やれる!」


 かち合う二つの拳。


 仲間として、信頼の証。


 ルカたちは再びマティスに向き直る。


 相手はまだ無傷のままだ。そしてここまで本気を出してもいない。


「何か来るよ……!」


 ターニャが小さく呟いた。


 いつの間にやら、彼らの戦いの舞台を囲うように風が吹き始めている。ここは室内。つまり、紛れもなくマティスの神石スサノオが発する風だ。それは徐々に強く吹き、ごうごうと音を立て始めた。まるで共鳴者の感情に呼応するかのように。


「……愚か者め。己を鍛えることをおこたり、他者の力に依存するなど」


 マティスは苛立ちを込めて吐き捨てる。


 向けられる殺気は先ほどまでの比にならない。


 やがて大刀を片手で持ち上げたかと思うと、勢いよく床に突き刺した。大刀の周りに風の渦が立ち、ルカたちの周囲をめぐる風も激しさを増す。


「貴様らが何度立ち上がろうが同じこと。己の無力さを知るがいい!」


 大刀の刀身にあるスサノオの神石が眩い光を放つ。


 ゴウッ!!


 暴れ狂う風がマティスを中心にぐるぐると渦を巻き、やがて彼の身体に収束していく。


 脚、胴、手、腕、頭。


 風は濃紺色の帯となり、マティスの身体に絡み、そして鉱石のように硬質化していった。


 鎧だ。


 ただ、骸装がいそうアキレウスのような全身を覆い尽くす形状ではない。無駄な装飾は一切なく、関節や内臓などの急所を固めた、あくまでマティス本人の守りと攻めを強化するための形をしている。


 覇王の瞳に、濃紺色の光が灯った。


 床に刺さった大刀を持ち上げると、軽々と薙ぎ払う。


「うおっ!?」


 ルカたちは咄嗟にその場に伏せて床にしがみついた。すぐ頭の上を激しい風の衝撃波が飛んでいき、一面ガラス張りの窓に衝突。幾千ものひびが走り、ガラスは粉々に砕け散った。冷え切った外気が我先にと入り込んできて、室温が一気に下がる。


「おおう……さっきのもやばかったけど、段違いな威力じゃん」


 苦笑いを浮かべて呟くターニャ。


 これが、マティス・エスカレードの"神格化"の力。


「それでも、ひるんではいられないわ」


 ジャキ、とアイラが双銃を持ち直す。


 ユナは鞄から万能薬を取り出し全員に手渡した。まだ数は残っている。ブルーエーテルもある。


「もう一度だ。おれたちの全力を出しきる」


 ルカの言葉にリュウも相槌を打って、ドーハの方をちらりと見やる。


「宿を出る前にした話、忘れたわけではないだろう?」


 ドーハはもちろんだ、と頷くと右手を高く掲げる。


 太陽の光がその手に集まっていき、やがて朱色の剣へと形を変えた。


 ドーハはその剣を立ちはだかる父親に向ける。


「お見せしますよ。俺たちなりの『強さ』ってやつを……!」


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