mission11-47 激闘


 最初に動いたのはユナだった。


 腕輪の神器を円月輪に変形させて唱える。


「カリオペ、タレイア、テルプシコラ! 三柱の女神よ、我らに御歌おんうたの加護を!」


 円月輪が三つに分裂する。それを上空に放つと、ユナは短くそれぞれの歌を口ずさんだ。カリオペは味方の守りを引き上げる歌。タレイアは攻撃力を引き上げる歌。そしてテルプシコラは素早さと回避能力を引き上げる歌。


 円月輪は薄桃色の光を帯びながらユナの歌に合わせて回転を増し、やがてパァッと強い光を放って弾けた。光の粒が味方に降りかかり、その身に溶け込んでいく。


「その程度では何も変わらんぞ」


 マティスはそう言って大刀を床に勢いよく突き刺す。荒ぶ風が床下で暴れ、足元が激しく揺れだした。


 立っているのもやっとな状態だが、覇王はさらなる追撃の構えに入っていた。先ほどと同じ、大刀を薙ぎ払い衝撃波による攻撃だ。圧倒的な威力だけでなく、攻撃範囲が広くて避けにくい技。


「させるものですか……!」


 アイラはリュウに視線を送る。説明せずとも、リュウには言いたいことが伝わったようだ。さっとしゃがみ鬼人化させた両手を突き出す。


「行け!」


「ありがと!」


 アイラのハイヒールがリュウの手の上に乗ると同時、リュウはぐいと腕を振り上げた。勢いをつけて高く跳ねたアイラは空中で双銃を構える。アイラの戦闘スタイルであれば、揺れている床の上よりは空中の方がよほど照準を定めやすい。


「はっ!!」


 体力の浪費を厭わず、ひたすら砂弾を撃ち込む。ただ、一撃一撃の威力が弱く、神格化で鎧を身に纏ったマティスにはあまり手応えがないようだった。


「効かんぞ」


 マティスが剣を持たない左手をアイラに向ける。手のひらから風の渦が発せられ、空中で逃げられないアイラを狙う。


「アイラ!」


 ルカが瞬間移動でアイラを救出。風の渦がすぐ頭の上をかすめていく。


「ありがとう、助かったわ」


 その間にも、マティスは大刀を構えて追撃を放とうとしていた。マティスが大きく一歩踏み込むのを見て、アイラは自らの神石に手をかざす。


「今よ!」


 マティスの足元にこぼれ落ちていた砂弾の砂が黄色の光を放ち、徐々に形を変えていく。


「なんだこれは……!」


 砂でできた小さなツチブタの大群が、わらわらとマティスの足元に群がっていた。振りほどこうにも重なり合ってのしかかり、マティスの動きを鈍らせる。


「それだけじゃないわ」


 アイラがパチンと指を弾くと同時、一体のツチブタが急に熱砂と同じ色に染まって弾けた。爆発攻撃だ。


「小癪な真似をする。だが」


 マティスは自らの足元に風を起こした。


 軽い砂漠の砂は簡単に風に乗せられ、ツチブタによる拘束はあっさりと崩れ始める。


 初めから相性が悪いのは分かっていた。


 アイラの本当の狙いは、一瞬でもマティスの気を逸らすことだ。


「うおおぉぉぉおおおおっ!」


「はぁぁぁぁぁあああっ!!」


「てやぁぁぁぁあああっ!!!」


 ルカ、リュウ、ドーハが一気に間合いを詰める。息を揃えて三方からの攻撃。


 まずはルカの大鎌。音速次元で素早く体を回転させながら遠心力を乗せて斬りかかる。マティスの大刀に弾かれても、ばねのように軽い身のこなしで再び向かっていく。


「何度でも同じこと!」


 マティスが大刀を大きく振るい、ルカだけでなく近づいてきたリュウとドーハを遠ざけようとした。


「ここは俺に任せろ」


 リュウは自らの腕を鬼人化させると、あえてマティスの大刀の剣筋に飛び込んだ。


 ガン!!


 金属と金属がぶつかり合う音が響く。


 リュウが自らの両腕で大刀を受け止めたのだ。だが鬼人化した状態と言えど力はマティスの方が優勢、刃はリュウの腕にめり込み、血がぽたぽたと滴り落ちる。それでもリュウは退かず、痛みで顔をしかめながらもその場に踏みとどまった。


「愚かな。自慢の拳が振るえなくなるぞ」


 マティスの言葉に、リュウはふっと笑う。


「お前は一つ勘違いをしている」


 頭に挿しているかんざしの先端、萌黄色の神石が輝き始めた。


「俺の拳は仲間を守るための拳。今が一番、その役目を果たす時だ!」


 リュウの腕の上を萌黄色の電流がほとばしる。


 鬼人族の赤い皮膚は血中の鉄分が金属のように硬化したことによって成るもの。そしてその鬼人化した肌に直接触れているマティスの大刀は、神通力の浸透性が高い焔流石えんりゅうせきで作られている。雷神トールによる電撃はあっという間にマティスの身体に伝導する。


「ぐっ……!」


 マティスが呻き、大刀を引いた。効いている。アイラの時と同様、大ダメージにはならないものの、マティスの片腕を痺れさせることができた。これで少しの間、大刀を両手で扱うことはできない。


 だがさすがに戦い慣れた覇王、この程度では動じない。


「食らいつけ、ヤマタノオロチ」


 マティスが命じると、先ほどの攻撃でひびの入った床から濃紺色の風で形を成した大蛇が現れた。全部で八体。鋭い牙を剥いてルカたちに襲いかかる。


「こいつらはあたしがやる!」


 一歩前に出るターニャ。


「シャァァァァァッッ!!」


 彼女を丸呑みにしようと大口を開ける一体の大蛇。


 ターニャは白銀色の光を灯した瞳でじっと敵を見据えた。


「そこだ!」


 大蛇の口の中に向かっていくようにしてターニャは刺突を繰り出した。


 喉の奥を白銀の剣が貫く。


「ギ……アア……」


 大蛇の形をしたものは、ぶるぶると小刻みに震えたかと思うと、ビュンと激しい風となって散った。


 彼らは神石スサノオの眷属。実態がなくとも、身体をつなぎとめる核がどこかに存在する。ターニャはそれを見切って破壊したのだ。


「危ないことをする……!」


 アイラがターニャと背中合わせに立って呟く。


 ターニャはにいっと笑った。


「さ、あと七体! あたしたちで仕留めよう」


「ええ、援護するわ」


 その間、ユナのクレイオの歌でリュウも再び戦える状態に回復していた。


「ドーハ、試したいことがある」


「ん?」


「お前の神器の中にポイニクス霊山のマグマがあるだろう。あれを俺に向けてくれ」


 一瞬何を言い出したのかと戸惑うドーハであったが、悩んでいる暇はない。


「……わかった。火傷しても知らないからな……!」


 八咫の鏡を高く掲げると、そこから灼熱のマグマが噴き出した。


 全身鬼人化させたリュウがそれを浴びると、赤い皮膚がギラギラと脈打ち、筋肉が盛り上がっていく。


 ポイニクス霊山のマグマには自然界の神通力が宿っていて、鬼人族の身体はそれを取り込み強化されるのだ。


 合点がいったルカはもう一度”時喰亜者ア・バ・クロック”を発動させた。時間稼ぎだ。反動で頭が割れるような痛みとめまいが襲ってきたが、なんとか持ちこたえる。


「リュウ、あとどれくらいだ!?」


「もう充分だ!」


 リュウがそう言ってマグマから飛び出したのと、マティスの時間が動き出したのはほぼ同時だった。


「ハァッ!」


 先ほどよりも重い拳の一撃に、マティスは痺れていない方の片腕で持つ大刀で受け止めるも、押されて一歩後ずさる。


「ほう。まだ奥の手を持っていたとは」


 わずかながらマティスの口調には高揚が含まれていた。それはつまり、彼がより一層本気で戦う気になったことを意味するのだが。


「ふんッ!!」


 力強く足場を蹴って跳躍、それと同時に大刀で斬り上げる。間髪入れず空中で回転して勢いをつけ、押しつぶすように大刀を振り下ろしてきた。


「ぐっ……」


 避けきれず左肩にダメージ。リュウはよろめくも、着地したばかりのマティスに第二撃を浴びせようとする。そしてマティスの背後からはドーハとルカも攻め込んでいた。


「はぁぁぁぁぁあああっ!!」


「甘い!」


 リュウを風で吹き飛ばし、後方から攻め込んだルカを振り向きざまに蹴り飛ばす。


「う、うぉぉぉおおおおおっ!」


 負けじと朱色の剣で斬りかかるドーハ。


 だが、マティスはすでに大刀による攻撃の構えに入っている。


「陛下、ここからは私も加勢を」


「要らん」


 マティスは迷わずフロワの申し出を断った。


「此れが俺の覇道! 貴様は手を出すな」


 そうして全身に力を込める。痺れていた片腕も徐々に感覚を取り戻してきていた。


「とくとその身に刻め! 強くなければ守りたいものも守れん、この世界はそういう世界だ!」


 風の衝撃波を伴う薙ぎ払いが来る。


 とはいえもう、後に退けるような距離でもない。


 ドーハは叫びながら父親に向かっていく。


 手に持っていた剣はあっけなく弾かれ、身に纏う神格化の衣は刃のような風に切り刻まれていく。


 それでも、立ち向かうのを止めない。


「ドーハ、行け……! お前ならやれる……!」


 ルカの瞳が紫に光る。


 直後、向かい風がいだ。


「っ!?」


 何が起きたのか。


 マティスの表情に一瞬動揺が浮かぶ。


 ドーハとマティス、二人の間が無風空間になった。いや、風だけじゃない。「時間」が消えたのだ。時の神クロノスの力で二人だけが時間軸から切り離された。


 たった一瞬であっても、ドーハが父親に拳を届かせるのには充分な時間だった。


 ゴフッ!!


 時が戻る。


 肩で息をするドーハ。


 その向かい、頰を腫らし片膝をつくマティス。


「守るのに力が必要ってのは分かります……けど、そのために守りたいものを見失ってたら意味がないじゃないですか……!」


 殴った側であるはずのドーハが、涙を溜めながら胸の内に溜まっていた言葉を吐き出す。


 マティスの表情が少しだけ緩んだ。


「……確かに、俺はとうの昔に見失っていたのかもしれん」


 自嘲気味に呟く。そこにほんの少し、彼の弱さが垣間見えた気がした。


「だが、それはそれ、だ」


 マティスはすっと立ち上がる。


「この程度で勝ったつもりか? 俺はまだまだ戦えるぞ」


 どこか愉しんでいるような口ぶりで。


「貴様らの強さとやらをもっと見せてみよ。俺が立ち上がれなくなるその時まで!」


 そう、彼はいつになく興奮を覚えていた。


 これほどまでに粘り強く立ち向かってくる相手は久しぶりだったのだ。そしてそれが実の息子だったから一層、彼自身が忘れかけていた父親としての本性が目覚め、昂らせたのかもしれない。


 だが、彼の望む戦いは、突如妨げられてしまう。




「う……がはっ……」


 前触れはなかった。


 いや、あったのかもしれないが、戦いに夢中だったせいで誰も気づかなかった。


 戦いに参加していないはずのフロワが、急に胸を押さえて血を吐き出す。


 戦場に満ちた熱気は、這い寄る悪寒に支配されていく。


 ルカたちだけでなく、マティスですらも、何が起きているのかすぐには理解できなかった。


「どう、して……あなたが……」


 フロワは痛みで顔を歪めながら、ゆっくりと振り返る。




 そこには、全身血の気のないリゲルが冷笑をたたえて立っていた。



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