mission11-41 ただ前に進むだけ
リュウの予想通り、漆黒の骸骨は物理攻撃だけでは弱らせることはできなかった。物理攻撃に特化したルカとターニャは一旦補助に回り、アイラ、リュウ、ドーハの三人が中心となって戦う。
ルカたちが骸骨の相手をしている間、ソニアはソファの横に置かれていた痛み止めの瓶を手に取り一気に煽る。しばらく肩で息をしていたが、やがて彼は平静を取り戻しすっと長刀を構える。
「追撃が来る!」
「私に任せて!」
アイラは銃口をソニアに向ける。
骸骨は残り一体。今なら妨げられることなく銃弾が彼に届く。
「"冷砂"!」
凍てつく砂弾が銃口からほとばしる。
「ぐっ……」
ソニアの右腕に命中。
痛み止めのせいかひるむことはないが、さらさらと氷の粒となって広がり、ソニアの手の動きを鈍らせた。
その間、リュウが骸骨の最後の一体の関節を粉砕。
「今だ!!」
合図とともにルカとターニャはソニアの元へと駆け出す。
骸骨はそうすぐに生み出せるものでもないらしく、ソニアも自身の長刀でルカたちの攻撃を受ける構えを取った。
ガキィンッ!
「くっ」
ルカの大鎌を受ける時、ソニアの重心がぶれた。
これまでの余裕のある立ち回りとは明らかに違う。まるで身体に力の入らない病人相手に戦っているような感覚だ。
間髪入れずに後方からターニャが斬りかかった。
ソニアはすっとかわそうとしたが、眼帯をしている右側からの攻撃だったのもあって、肩に刃先が触れる。
「っ……」
ぽたぽたと床に滴り落ちる鮮血。
かすり傷だが、攻撃が当たった。
「一気に畳み掛けるよ!」
「ああ!」
もう一度、二人がかりでソニアに挑む。
彼に隙を与えないよう、大技は狙わない。連携で手数を多くして攻め込む。少しずつだが、確実にダメージは蓄積されているはずだ。
そして、ソニアを追い詰めているのはルカたちだけではなかった。
部屋にうっすらと残っている黒い霧から、『屍者の王国』からの声が聞こえる。それはノワールやミハエルたちが中心となって囚われた人々に声をかけ、脱出に向け奮闘している声だった。中にはすでに抜け出せた者たちもいる。
"ソニア! このままじゃ冥界そのものを保てなくなっちまう! 抵抗する奴らを弾き出して輪廻の境界を閉じる! 元よりお前の力が弱っているせいだ……! 文句は言わせんぞ"
苛立つハデスの声がして、部屋の中の黒い霧が徐々に消えていく。それとともに、ソニアはがくっと膝をついた。
ぜぇぜぇと荒い息遣いで、再び吐血する。
「……正直、見損なったよ」
彼の目の前まで歩み寄るルカ。
ソニアはゆっくりと顔を上げた。
その隻眼にちゃんと映っているだろうか。ちゃんと理解しているだろうか。ルカの苦悶の表情と、その意味を。
「初めて会った時からあんたは強くて……何考えてんのかわからない時はあったけど、それでもこんな、一方的に人を死に追いやるような奴じゃないと思ってた! なのに、どうして……!」
ソニアはげほげほと咳き込んだ後、ゆっくりと立ち上がる。
「お前たちは分かっていない……『屍者の王国』に入れるだけ幸せだということを」
「は……?」
要領を得ないルカに対し、ソニアは軽く鼻で笑った。
「その目でも見ただろう。屍者たちは理想の姿で冥界を生き続ける。現世より幸せに過ごすことのできる者もいる。現世で苦難に満ちた日々を送った者にとっては救済にさえなりうる。そう思わないか?」
「……それは……ッ!」
「否定はできないはずだ。痛みなく冥界にいけることの幸福を。そしてウーズレイ・クリストファー・エルロンドも例外じゃない。冥界には彼が現世では得られなかった家族がいる。今頃お前たちのことなど忘れて、幸せに——」
鈍い音が響く。
ターニャの拳が、彼の頰を殴っていた。
「
その先の言葉が、嗚咽にかき消されて出てこない。
本当は、あの場に残ると決めたウーズレイの本心なんて分からない。あの時のターニャは"神格化"で力を使い果たして、人の意志が見えない状態だった。信じられるものは、ウーズレイがターニャに向けて言った言葉だけ。それがたとえ、嘘だったとしても。
「自信が無いのか。なら今すぐ冥界へ行って確かめてみるといい」
ソニアが無駄のない動きで床の上に転がっていた得物を手に取った。
赤い刀身が怪しく煌めく。
「ターニャ!」
ターニャは気づいていない。ソニアの問いかけに揺さぶられ、我を失っている——
ズシャッ!!
「……な」
血しぶきが飛んだ。
ターニャを庇った、アイラの身体から。
「姉、さん……?」
ソニアは唖然とした様子で呟いた。
左足の腿から右肩にかけて走る刀傷。
それを、自分がやったことだと信じられないかのように。
まるで、悪戯が親に見つかって怯える幼い子供のように、呆然と立ち尽くす。
とめどなくこぼれ落ちる鮮血。
アイラはぜぇぜぇと息をしながら、かろうじてその場に立ち続けていた。
「馬鹿ね、ソニア……。あなたに幸せを語る資格なんてないでしょう……! 実の子のように可愛がってくれた家族も顧みずに、自ら幸せを捨てるような、哀れな男にはね……」
怒り、悲しみ、そして……呆れ。
さまざまな感情が入り混じったアイラを前に、ソニアは苦しげに顔を歪める。
「もしかして……グラシールの家を、訪ねたのか」
「……ええ。ジェフさん、とてもいい人だったわ」
ソニアはうなだれた。小さな声で「知っている」と呟いて。
アイラは弱々しく笑い、ゆっくりと、かつての弟に銃口を向けた。
「……もう、過去に
乾いた銃声が、その場に響いた。
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