mission11-42 分かたれる進路
アイラの砂弾でソニアは気を失って倒れた。
不死身といえど痛みを感じないわけではない。癒えない傷と蓄積されたダメージで、意識を保てる限界を超えたのだ。
ユナはアイラの傷を回復させるため、すぐにクレイオの歌を歌おうとしたが本人は「それより先にポリュムニアの歌を」と言う。
「この子は昔から不眠症で……ずっと寝不足だから、一度眠りについたらしばらくは目を覚まさないのよ」
アイラの視線はどこか遠くに向けられていた。
「そっか……。うん、わかった」
晴れて 曇るか 雨降るか
咲きて 枯れるか
ユナが歌う間、アイラの身体はターニャが支えていた。ここに来る前はあれだけ皮肉を言ってきたのに、庇ってもらったことへの負い目からか妙にしおらしくしているターニャ。息が詰まりそうな沈黙に、アイラはふぅと息を吐く。
「らしくないわね。今なら誰にも邪魔されることなくハデスの神石を破壊できるわよ」
ソニア本人は動けないし、アイラが妨害することもない。復讐するには好機のはずだ。
だが、ターニャは首を横に振った。
「…………やめとく」
「え?」
「神石を破壊したらこいつ死ぬんでしょ。今は……あんたに免じて見逃すことにするよ」
「本当にそれでいいの?」
アイラはじっとターニャの顔を覗き込む。そこにはいつも快活な彼女らしくない、覇気のない表情があった。
「今は、ね。自分の意志を信じられない時は、人の命を奪ったりはしない。……そう決めてるんだ」
アイラの言った通り、ソニア・グラシールは物音を立ててもぴくりとも動じず、深い眠りについたようだった。
ルカは彼の着ている軍服のポケットを探る。
「あった」
マティスの待ち構える上層へ向かうための金の鍵だ。
「キリのと合わせてこれで二つ。ようやく揃ったな」
仲間たちは口々に緊張感と安堵の混ざった声を漏らす。
思えばここまで長い道のりだった。
一筋縄ではいかない戦いばかりだったし、後を任せてきた仲間たちのことも気がかりで、落ち着く間などなかった。
ユナの歌や万能薬の力で傷や体力を回復させているとはいえ、それぞれの表情には色濃い疲労が浮かんでいる。
「それも、次で終わりにしよう」
覇王マティスの元へ行き、停戦交渉、そして破壊神鎮圧のための協力を要請する。
それが元々の任務内容だ。
だがヴァルトロを統べる王のこと、これまでと同じく話し合いの前に戦いになるだろう。ヴァルトロの流儀にのっとれば、戦いに勝たなければこちらの言い分は聞き入れてはもらえない。
「それなら勝てばいい。単純な話だろう」
リュウが胸の前で拳を突き合わせる。
「ま、どうやって勝つかが問題だけどね。相手の手の内も分からないし」
ターニャは肩をすくめて言った。おどけた表情からは、いつも通りの彼女が戻ってきているように見える。
「父上は確かに強い。……でも、無敵じゃない」
ドーハは自分に言い聞かせるように呟く。
マティス・エスカレードはキリやソニアのような特殊な身体を持っているわけではない。彼の身体は、力強い信念によって築き上げられた生身の肉体だ。だからこそ、誰もがひれ伏すような威圧感もあるのだが。
「そういえば、結局ウラノスのことは聞けずじまいだったね」
ユナがふと口にする。
忘れていたわけではないが、それどころではなかった。ソニアはしばらく目を覚まさないだろうし、結局あの少女についての情報は分からずじまいだ。
「ウラノスのことは後にしましょう。雪原で戦い続けてくれている人たちのこともあるしね」
アイラの言葉にルカは頷く。
ここまで送り出してくれた仲間たちのためにも、前に進む。それが今ここにいるメンバーの使命だ。
ルカは自らの拳をぐっと力強く握った。
「それじゃ行こう! マティスの待つ上層階へ……!」
義賊たちがソニアの部屋を後にした頃。
眠るソニアの側に青白い羅針盤が浮き出て、一人の少女が姿を現した。
彼女はひたひたと裸足でソニアの元に歩み寄ると、しゃがんで彼の寝顔を覗き、深いため息を吐いた。
「……参ったなぁ。このままじゃ僕の筋書きが狂っちゃうじゃん」
毒々しい赤と黒に染まった髪をぐしゃぐしゃとかきむしりながら、少女はぶつくさと呟く。
「もう一人の異分子の君に頼るのは
そうして懐から小瓶を取り出すと、中の液体をソニアの口の中に流し込む。
「くっ」
眉をひそめてむせるソニア。
次第にその表情に苦悶が浮かび、うなされ呻きだした。
「効いてきたかな? これは一時的に神通力を強化するドーピンク剤……死神の力を持つ君にとってはちょっとキツい目覚めになると思うけど」
神通力が高まれば、神石の能力が強まる。先ほどまではユナの力によって穏やかな眠りについていたが、今は自らの神石が見せる死者の悪夢にうなされているのだ。
少女はくすりと笑い、にこにこと愉しげに彼の様子を眺める。
「それにしてもこれだけの厭世の念、よく集めたねぇ。普通の人間ならとっくに特異種になってもおかしくは……いや、もしかしたらそれ以上の——」
その時、ソニアのまぶたがうっすらと開く。
「ウラ、ノス……」
「あは、見つかっちゃった」
少女はにかっと笑い、再び青白い羅針盤の中へと姿を消した。
「…………?」
違和感があった。声も、能力も間違いなくウラノスのもののはずだ。
なのになぜ逃げる?
ソニアはゆっくりと上体を起こす。強制的に目覚めさせられたせいで頭にはガンガンと鈍痛が響き、身体全体が重く感じる。
(ウラノス……かどうかは分からないが、助けられたのか、俺は)
壁に体重を預けながら立ち上がると、よろよろと部屋の外に向かって歩き出した。
(まぁいい。先の戦いで厭世の念は充分集まった……。後は、あのお方の元へ赴くだけだ……)
扉が開く。
彼が向かう先は、義賊たちが目指す上層階ではなく、飛空艇のドックだ。
(……あと少し……待っていてください、ライアン様……!)
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