mission11-34 卑劣な策


「ユナ……ユナ!」


 倒れているユナに駆け寄る。耳をすませると、穏やかな寝息を立てているのが聞こえた。眠っているだけのようだ。


「ひとまずヒュプノスの種子は取り除けたのかしら」


 アイラがルカの脇からユナの様子を覗き込む。


 ユナの胸に生えていた芽は消えている。その影響か、歌の効果が切れてターニャやリュウが相手していた破壊の眷属たちも急に弱体化したようだ。ほとんどは戦闘不能になり、残りは数体。


 アイラはふうと一息吐くと、双銃を拾い上げてピアスに変化させて耳にはめ直す。


「それにしても、さっきのは一体なんだったんだ?」


「さっきのって……ああ」


 どうしてあの瞬間、アイラにだけユナの歌が効かなかったのか。アイラははめ直したばかりのピアスを指差す。


「みんなには言ってなかったけど、私物心ついた時から耳が聞こえないの。内戦の爆撃音で壊れちゃったみたいでね」


「え!? そうだったのか……もしかして読唇術ができるのも、それで?」


 アイラは頷いた。


 ずっと近くにいたはずなのに知らなかった。ルカはしゅんと肩を落とす。


「気にしないで。仕方ないわよ、ガザにしか言ってないもの」


「ガザは知ってたのか」


「ええ。彼は私が神石と共鳴する前からの知りあいだからね。それで、この神器を作ってくれたの。神石のエネルギーを使って私の聴覚を補う……だから、逆に言うとセトとの共鳴レベルを落とせば私の耳は元どおりほとんど聞こえなくなる。神石の力も使えなくなって無防備になるから、普通はやらないけどね」


 すると、どこからかつかつかと近づいてくる足音が響いた。


「なるほどなるほど。アランとガザは腐っても同じスペリウスの門下生。神石エネルギーを媒介に身体機能を活性化させる……発想は同じようですね」


「キリ……!」


 姿を現した少年参謀。二つの杖を持ち、普段よりも上等な仕立ての軍服を着ている。今回は幻影ではなく本体だろう。ルカたちは再び武器を構える。


「よくもユナを酷い目に遭わせたな……!」


 怒りを露わにするルカに対し、キリはからかうように言った。


「キャハハハハハ。ボクのことが憎いでしょう? 醜い憎悪がその顔に滲み出ていますもんねぇ」


「黙れ……! お前だけは、絶対に許さない!」


 瞬間移動で一気に間合いに踏み込む。


「うおおぉぉぉぉぉぉおおッ!」


 勢いよく斬りかかる。


 だが、少年参謀は動じることなく薄ら笑いを浮かべて呟いた。


「……でも、まだまだ甘い」


 パチンと指を鳴らす。


 その瞬間ルカの身体がぐらりと揺れた。


「!?」


 揺れたのはルカだけじゃない。この部屋にいる者、存在するもの全てだった。強力な磁石に吸い寄せられるように西側の壁に押しつけられる。


「うぐっ!」


 他の仲間も、床に転がっていたあらゆるものも、皆が壁に張り付いていた。まるで、重力の方向が変わってしまったかのように。キリだけが元の場所に垂直に立ち続けている。普通の人間なら心臓があるはずの左胸は、軍服の下で怪しげな光をたたえていた。


「甘い甘い甘い甘い……あなたたちの憎悪など! ボクがこの十二年抱いてきた憎しみに比べればまだまだ甘い!」


 どこからともなくズズズズ……と音が響く。キリの神石アストレイアの力でトプンとぬかるんだ床から現れたのは三体の破壊の眷属・特異種だ。


 ドリアード、ゴーレム、ケンタウロス。


 これまでの旅の中で立ちはだかってきた強敵。


「こんなのも配下にしてたのかよ……!」


「キャハハハハハッ! さぁ、行きなさい! 目障りな義賊たちに惨めな死を与えるのです!」


「グガアアァァァァァァァアアアアッ!!」


 咆哮を上げ襲い来る特異種たち。


 重力に逆らい、ルカたちはなんとか重い身体を壁から引き剥がす。


「一体ずつ集中して倒す! アイラ!」


「分かってる! はぁぁぁぁぁっ!」


「援護は頼むよ、リュウ!」


「ああ、任せろ!」


 ケンタウロス、そしてゴーレムと、標的を絞り撃破していく。今はユナの歌がないとはいえ、通常の破壊の眷属よりはやはり強い。このままキリがただ傍観して何もしてこないわけがない——そう分かってはいるが、体力を温存する余裕はなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……あとはドリアード一体……!」


「俺が動きを鈍らせる。ルカ、とどめを頼む!」


「りょー、かいッ!」


 アマテラスの光線でドリアードがひるむ。その隙にルカは強く地面を踏み込み跳躍。その間、闇雲に振り回されたドリアードの枝がルカの右足を打ち払った。グキ、と嫌な音が響く。


「ルカ!」


「大丈夫、行ける……!」


 痛みに一瞬表情を歪めながらも、ルカは空中で大鎌をぐっと引いて力を込める。


「これで、終わり——!?」


 ルカはハッとして攻撃を中断した。


 ユナが間に割って入ったのだ。


 その瞳は虚ろで、見覚えがある。アイラやシアンが催眠をかけられていた時と、同じ。


 ドリアードの背後で、キリが笑う。


「彼女の夢はまだ醒めてはいませんよ。そして」


 キリがヒュプノスの神石がはめられた杖を振るうと、


「う……ああああああっ!」


 ユナが身をよじる。右胸からは小さな芽が生え、みるみるうちに育っていく。


「まさか……!」


「種子は二つ植え付けておいたんですよ! あなた方に最上級の絶望を味わっていただくためにねぇ!」


「アアアアアアアアッ!!」


 再び木の鎧に包まれていくユナ。


 歌が、暴走する。


 それは歌というよりも、叫びに近かった。


「うっ……耳が、割れる……!」


 ルカは落下しその場にうずくまる。


 彼女の悲痛な叫びに、キリの下卑た笑い声が共鳴して頭が壊れてしまいそうだった。


「ぐ。ダメだ、立てん……」


「参った、なぁ……さすがに、これはキツ……」


「ちくしょう……ちくしょう……!」


「ダメよみんな、まだ、諦めちゃ……」


 そうは言っても、皆体力の限界が近づいていた。


 虚ろな瞳のユナが、一歩一歩ルカの元へと歩み寄る。


「……ル……、カ…………」


 差し伸べられた細い腕。その手は微かに震えていて、キリの支配に対する彼女の無意識下の抵抗かに見えた。


 だが、無慈悲にもその腕の表面を乾いた木の枝が覆い尽くし、やがて細剣のように鋭利な枝の剣となって、うずくまるルカに切っ先を向ける。


「ア……アアア…………!」


 ユナの瞳からまた涙がこぼれ落ちる。


 それでも身体は言うことを聞かず、ルカの喉元を貫こうとした。


 ——その時。






たゆたう泡沫うたかた

何処どこへゆき何処で消えるの……






 ルカの口から、かすれた歌が紡がれる。


 ユナの動きが、ピタリと止まった。

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