mission11-33 ヒュプノスの種子



 ユナの歌が絶えず室内に響き渡る。


 キリの支配下にある破壊の眷属たちの攻撃力、防御力、素早さが強化され、味方は劣勢を強いられている。


 意識のない彼女の口から紡がれる歌はいつもと違って聞こえる。暗澹とした旋律、そして無感情な声音……彼女が普段仲間たちのことを思いながら歌う歌とはまるで別物のようだった。


 エラトーの歌の影響でまだ立ち上がれないルカは、床に這いつくばりながらキリを見上げる。


「もうやめろ……! ユナの歌は、こんなことに使われるためのものじゃない!」


「それはあくまであなたの価値観の中での話でしょう。現実はそう甘くありませんよ?」


 キリに脇腹を蹴飛ばされ、ルカはうめき声をあげて身体を丸めた。間髪入れず、キリはルカの前髪を引っ張り顔を上げさせる。


「力は強い者の手に渡る。そう、最終的に神石の力の使い道を決めるのは、世界の頂点に立つ支配者なのです! 共鳴者というのは力を発現させるための器に過ぎない」


「何、だと……!」


「キャハハハハハハハ! 屈辱的ですか? でも残念ながらそれが真実なのです! 思えば長い道のりでしたよ……。わざわざ辺境の魔法の国まで出向いて実験をしたりねぇ」


「ふざけるな……! その実験のせいでコーラントは、ユナは……!」


「だから敬意を表して彼女をヒュプノスの種子の第一被験体にしてあげたんですよ!」


 キリが木の枝の形をした杖を天井に向けて掲げる。


 するとユナは再びエラトーの歌を歌い、ルカや仲間たちは全員立っていられずその場に這いつくばった。


 ユナの閉じられた瞳からまた涙がこぼれ、ミューズの神石の耳をつんざくような悲鳴が轟く。ルカは思わず両耳を塞ぐが、効果はない。神石の声は耳ではなく頭に直接響いてくるのだから。


「やめろ……もうやめてくれ! これ以上、本人や神石が望まない力の使い方をすれば——」


禁忌の領域タブーに踏み込む、ですか?」


 キリの冷たく低い声音に、思わず背筋が凍る。


「っ!? 知っているなら、何で」


「彼女が第二の破壊神になろうが構いませんから。そうなれば別の神石の力を使って討伐すればいいだけの話です。例えば、あなた方ブラック・クロスの持つ神石の力を使ってね」


「……この、下衆げす野郎……ッ!!」


 ルカはよろけながらも立ち上がり、大鎌でキリを振り払った。キリの身体は小豆色の煙となって消える。耳障りな笑い声だけを残して。


 性格の悪い彼のことだ、本体は義賊の仲間同士の戦いを高みの見物できる場所にいるのだろう。


(ちくしょう、あいつのことは後回しだ。まず考えなきゃいけないのは……どうすればユナを助けられる?)


 ユナを初めに発見した時、妙な芽が生えていた左胸……きっとそこにヒュプノスの種子が植え付けられている。


(種子さえ、取り除くことができれば……!)


 ルカはぐらつく平衡感覚に酔いそうになりながらも、倒れている仲間たちの元へと駆けつけた。


「みんな、無事か!」


「ええ、なんとかね」


「問題ない、まだ戦える」


 皆ここまで戦い続きで充分鍛えてきた。


 ユナの歌も強力だが、そう簡単に屈するような仲間たちではない。


「それに、あの細目のガキをぶっ飛ばすまでは倒れられないでしょ……!」


 ターニャはぶっと口の中の血を吐きながら言った。パワーアップした破壊の眷属に顔を殴られ頰を腫らしているが、まだまだ体力は有り余っている様子だ。


「キリのやつ、いつの間にこんな兵器を……。くそッ、俺は、本当に何も知らなかったんだな」


 奥歯を噛みしめ立ち上がるドーハ。彼の今の胸のうちにあるのは、無知な七光り息子だった自分に対する、後悔というよりも怒り。


 一方、ヒュプノスの種子による鎧に包まれたユナは、破壊の眷属たちに囲まれるようにして佇んでいる。いつもルカたちと戦うように、後方から破壊の眷属たちの支援をするつもりだろう。


「あたしとリュウで道を作る」


 ターニャが進み出て言った。


「まずはユナのとこに近づけないと始まんないでしょ。だから、手前の破壊の眷属たちはあたしたちに任せて!」


 裁きの剣が白銀にきらめく。


「ハァァァァァッ!」


 ターニャは素早い身のこなしで刺突を浴びせ、敵のコアを確実に破壊していく。数の多さで八方塞がれようと彼女の攻撃は止まらない。回転斬り、そして敵の追撃をバックステップでかわした直後に繰り出すジャンプ斬り。


 ユナが再びタレイアの歌を歌おうとすると、


「そんじゃこっちもね……ヴァルキリー、力を貸して!」


 神石の力で味方の士気を上げる。ユナの歌とは仕組みは違うが、もたらす効果はさほど変わらない。


 一方リュウは両腕両足を鬼人化させた状態で、ターニャの少し後方で戦っていた。ターニャが取り逃がした敵がルカたちの方に行かないよう、足止めするためだ。


「今のうちに行け!」


「ああ、ありがとう!」


 ルカ、アイラ、ドーハの三人はリュウとターニャが拓いた道を進み、破壊の眷属たちの奥にいるユナの元へと急ぐ。


「アア……ウアアアアアアアアッ!」


 ユナが拒絶するように身をよじる。すると成長したヒュプノスから生えた葉が刃のように形を変えて、ルカたちに襲いかかってきた。


「くっ!」


 ユナの神器である円月輪を模した攻撃だ。


 ルカは大鎌で払い落とすが、数が多くて間に合わない。いくつもの葉の刃がルカたちの皮膚を切り刻んでいく。それでも三人は歩みを止めない。


「二人とも、おれの身体に触れて! 一気に距離を詰める!」


 アイラとドーハがそれぞれルカの肩に手を置くと、


 ビュンッ!!


 風を切る音とともに一気にユナの目の前へ。


 相変わらずまぶたを開かない彼女は、ルカたちのことをただ近づいてきた敵だと認識して口を開く。


 また、歌が来る。


 平衡感覚を狂わせるエラトーの歌だ。


「うっ……!」


 ルカとドーハは思わずその場にうずくまる。


 だが、アイラだけは違った。


 彼女はあえて両手に持っていた双銃を手放す。双銃に取り付けられた神石セトはしゅんと輝きを失った。


「……!?」


 なぜ歌が効かないのか。ユナの表情に一瞬動揺が浮かぶ。彼女というより彼女に催眠をかけているキリの動揺だろう。だがいずれにせよ、歌っている間の彼女は無防備だった。アイラはすっとユナの背後に回り込む。そして後ろから羽交い締めにして口を塞いだ。


「〜〜〜〜ッ!」


 何が起きたのか分かっていないのはユナだけではない。ルカやドーハもまた、理解できていなかった。


「どうして平気なんだ、アイラ……?」


 するとアイラはユナを押さえ込みながら首を横に振り、指で自分の耳を指す。


 聞こえない、という風に。


「どういうことだ……?」


「いいから早く! 今のうちにヒュプノスの種子を!」


「あ、ああ!」


 アイラに急かされ、ルカとドーハは立ち上がる。


 ルカは大鎌を構え、神石に意識を集中させた。


「おれがユナの時間を一瞬止める! ドーハ、その後は頼むよ!」


「了解!」


「行くぞ——第二時限上段解放、”時喰亜者ア・バ・クロック”!」


 紫色の光が弾け、ユナの身体を包み込む。


「ア…………」


 完全に動きを停止するユナ。


 その間、ドーハは八咫の鏡を掲げてユナに向ける。


「兵器って言っても植物は植物。太陽の熱が強すぎれば枯れるはずだ!」


 温かい朱色の光が鏡面に集まってくる。


「種子をき切れ——“浄化の陽光イノセント・レイ”!」


 放たれた太陽の光がユナの身体を包み、彼女を覆い尽くさんとしていたヒュプノスの枝や葉を溶かし落としていく。


 ”時喰亜者ア・バ・クロック”の効果はもう切れ始めているが、十分時間は稼げたようだ。


「アア……ウアアア……」


 やがてユナは元の姿となり、どさりとその場に倒れこんだ。


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