mission11-30 覇者の砦



 覇者の砦——ヴァルトロ兵団拠点の中央に高くそびえる、覇王マティスの居城。


 飛空艇ウラノスと同じく銀一色の無機質な造りで、装飾は一切ない。戦いに必要なもの以外は削ぎ落とす、その徹底ぶりがよく表れている。


 そして見上げれば最上部には連結されている四つの飛空艇の機体。悠々と凍てつく上空に翼を広げるそれは、命知らずにもこの砦に挑む来訪者を見下ろし威圧してくるかのようだ。


 ルカはごくりと唾を飲み込む。


 いよいよだ。


 外気ですっかり冷え切った重厚な鋼の両開き扉に手をかける。触れると自動で開く仕組みなのか、扉はズズズと動いてルカたちを迎え入れた。


 円形の広い空間。


 敵兵は見当たらず、しんとしている。


 見渡すと、建物内部をぐるりと巡るように螺旋階段が上へ上へと続いている。吹き抜け構造だが、天井はかなり高い場所にあるのかここからは見えない。


 空間の中央にはガルダストリアで見たような昇降機があった。


「この砦は上・中・下層の三つに分かれてるんだ。普段はこの昇降機で移動するんだけど」


 ドーハが昇降機に乗り込み、ベルトにつけているチェーンから何かを取り外した。ヴァルトロの紋章「死に八つ蛇」が描かれた金色の小さな鍵だ。


 ガチャリ。


 ドーハが昇降機の操作盤に鍵を差し込んで回す。


 だが、何も起こらない。


「やっぱりな……俺の鍵はアクセス拒否されてるみたいだ」


 そう言って、しょんぼりと肩を落とす。


「まぁ、初めからあまり期待していないから大丈夫よ」


「アイラ、それフォローになってないぞ……」


「で、四神将とマティスのとこに行くには結局どうすればいいわけ?」


「四神将は中層階、父上は上層階にいるはずだ。中層階に行くには銀色の鍵を、上層階に行くには金色の鍵を手に入れてそれぞれの階の昇降機を動かす必要がある」


「なるほどな。その鍵ってのはどこに行けば手に入るんだ?」


「それは——」


「いや、どうやら説明は必要なさそうだ」


 リュウの言葉と同時、けたたましいサイレンが鳴りだした。


『敵襲、敵襲。第一部隊は直ちに一階エントランスにて迎撃せよ』


 フロアに機械音声が響き渡ったかと思うと、ぞろぞろと漆黒の鎧を身にまとった兵士たちが現れた。『骸装がいそうアキレウス』だ。数はルカたちの人数の三倍以上。


 その中で一人、赤い線が入った鎧を身にまとっている者がいる。スウェント坑道での戦いで見た、VER.2だ。焔流石えんりゅうせきの力を借りて改良された鎧。おそらく彼がこの一隊のおさなのだろう。彼はこれ見よがしにチェーンでくくりつけた銀色の鍵を掲げてみせる。


「勝って奪ってみせろ、ってこと? なんともまぁヴァルトロらしいやり方だね」


 ターニャが皮肉を込めて呟く。


「だが、分かりやすいのは悪くない」


「同感。今は一刻も早く上の階に行かないといけないしね」


「悪い……俺の鍵が使えていれば、こんなことには」


「いいって。それよりドーハ、お前も戦えるな?」


「あ、ああ!」


 しびれを切らした敵兵たちが、ルカたちを囲い込み襲いかかってきた。


 ここからはもう、体力を温存する余裕はないし、する気もない。


 一行はそれぞれに武器を振るい、神石の力を駆使して戦いに挑む。鎧の力で人間離れした腕力、防御力、俊敏性を得た兵士たちはなかなかに手強いが、ルカたちもまたこれまでの戦いで敵の弱点を把握している。


「アイラ、VER.2には"熱砂"を頼む!」


「オーケー、分かったわ」


 アイラが砂弾を充填、敵の隊長に向かって撃ち込む。スウェント坑道で戦った時はまだ試作段階で、あれから改良されていなければ温度上昇による使い手の活動限界が欠点だった。


 砂弾は灼熱を帯びて鎧の装甲の上で溶ける。


 案の定、アランが失踪して改良できなかったのか、鎧の隙間から湯気がたちうめき声が聞こえ始めた。


「う、うぐぐ……暑い……だが、まだまだ……!」


 隊長格は長柄の槍を薙ぎ払い、ルカたちと距離を取る。


 一方、他の鎧兵たちはパワーで勝るリュウとターニャが一人ずつ着実に倒していき、最後の一人の鎧をターニャの白銀の剣が粉砕する。


「よし、あとはそいつだけだよ!」


「ああ!」


 ルカは助走をつけて跳躍。


「援護する!」


 ドーハの八咫の鏡から炎の渦が吐き出された。それは生きた蛇のように敵の隊長の周囲でとぐろを巻く。逃げ場を失った相手に、ルカは大鎌を振り下ろした。


 ガキィンッ!


 硬質な金属音が響く。鎧自体は頑丈でほとんど傷がつかないが、身に纏うのはあくまで生身の人間だ。ルカが勢いをつけて大鎌で与えた衝撃は鎧の内部にも響く。熱上昇で弱っているのもあってか、隊長はよろけてその場に膝をついた。


「鍵、もらっていくぞ」


 彼が床に落とした銀の鍵を拾おうとした時、


 ブンッ!!


 長槍が伸びてきてルカはとっさに後退した。


 敵兵はよろりと立ち上がり、鍵のついたチェーンを高く掲げる。その表情は暑さで朦朧としていた。


「義賊風情が調子に乗りおって……! 我が誇りにかけて、マティス陛下の元へは、決して行かせん……!」


 そう言って、上を向いてカパッと口を開く。


「まさか……!」


 男が鍵を飲み込もうとする。


 ルカは音速次元でそれを止めようとしたが、その一歩手前、


 パァン!


 小気味良い銃声が響き、鍵は男の手の先から弾き飛んだ。




「往生際が悪い。負けたのなら素直に相手の強さを認めなさい」




 銃声がした方を振り返れば、昨晩ルカたちを丁重にもてなした女兵士が立っていた。


「ヒルダ……!?」


 遠目には凛とした顔つきに見えたが、すぐそばを通り過ぎる時にそれは違うのだと分かった。唇は少し青ざめ、指先は震えている。それでも彼女は拳銃を構えたまま、しゃがみこんでいる隊長の方へとつかつかと歩み寄った。


「貴様……! どういうつもりだ!? 味方に攻撃するなど、規律違反であるぞ!」


「味方? 同じ軍服を着ていれば味方とでも言いたいのですか」


 ヒルダは引き金に指をかけた。彼女の本気が伝わったのか、隊長はごくりと唾を飲み込む。


「ま、待て、冷静になるんだ。貴様がドーハ様と幼馴染であることは知っている。だが、考えてもみろ。そこの者たちの味方をしたところで、マティス陛下にかなうはずがない! つく相手を見誤っては——」


「……くだらない」


 ヒルダの方がよほど冷静な声音で言った。


「それが本当にヴァルトロ兵の言葉ですか? 私には、自らの力で戦況を変える気のない弱者の言葉に聞こえます」


「なっ……!」


「弱者なら弱者らしく退きなさい。さもなくば、あなたの醜態を私から陛下にお伝えしても良いのですよ」


 突きつけられる銃口。


 ヒルダの殺意をひしひしと受け取り、隊長は鍵をその場に残し、よろけながら逃げていった。


 ヒルダは鍵を拾い上げると、ルカにそれを渡す。


「どうぞ。これで中層階へ行くことができます」


「本当に良かったのか? こんなことをして」


「良くないだろ!」


 珍しくドーハが声を荒げた。


「どうしてお前がここにいる? 昨日散々言ったろ……! 今日は何があるか分からないから砦から離れろ、って。なのに、どうして……!」


「やっぱり、ドーハ様はお優しいままですね」


 先ほどの威圧的な態度はどこへやら、ヒルダは柔らかい表情で微笑む。


「でも、あなたが変わろうとしているならば、私自身も変わらなくては。昨日ターニャさん、ユナさんとお話しして、そう思ったんです」


 どこか遠くから足音や声が近づいてくる。


 先ほどの隊長が別の部隊へ増援を要請したのだろう。


「さ、行ってください。彼らのことは私がここで足止めしますから」


「けど……! それじゃヒルダ、お前は」


 彼女はにっこりと微笑んで、ドーハの背中を押した。


「本番はこれからですよ、ドーハ様。中層階からは四神将の方々が待ち受けています。……どうか、お気をつけて」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る