mission11-31 少年参謀の私室
中層階。下から順に数えると、今ルカたちがいるのは三十階にあたる。
ここから先、五十階までは四神将が管轄するフロアだ。砦の中央に昇降機があり、東西南北にエリアが区切られている。北はフロワ、東はソニア、南はアラン、西はキリといった風に管轄が分かれているのだ。
「さっきは話が途中になったけど、俺たちの手元にあるのは銀の鍵がひとつだけ。上層階に行くための金の鍵は四神将たちが持っている。ただ、一本だけじゃダメだ」
ドーハは三十階で動きを止めた昇降機の操作盤を指し示した。よく見ると鍵穴が二つある。
「セキュリティシステムがあって、四神将本人以外が鍵を使う場合は二つないと上層階にはいけないんだ」
「つまり、最低二人から鍵をもらわないといけないってことね」
「ああ。今はアランがいないから、フロワ、ソニア、キリの三人のうちの二人だな」
先の鎧の隊長同様、簡単に渡してくれるはずがない。誰を選ぶにしても厳しい戦いは避けては通れないが……
「一人はもう決まっているだろう」
リュウがルカの方を見やると、ルカは迷わず頷いた。
「まずはキリだ。ユナもそこにいるはずだから」
「だよな。そう言うと思った」
ドーハは「案内する」と、先導して歩き出す。
キリが管轄しているのは西エリア。
アイラはふと足を止めて背後を振り返る。
(あっちが東の方……)
「アイラ?」
「……ごめんなさい、なんでもないわ」
再び歩き出す。すると彼女の隣に、ターニャが寄り添うように近づいてきた。
「何?」
珍しい。
アイラが怪訝な表情で尋ねると、ターニャはにっこり微笑んだ。
「心配症だなぁ。あいつのとこにはユナを助けた後で行けばいい。それともまさか、この期に及んで彼の味方をしようって気はないよね?」
あからさまにぶつけられる嫌味。
アイラは平静を装ってため息を吐く。
「……心外ね。もともと敵対していた新参のあなたに疑われるなんて」
「だって仕方がないじゃん。あたしには人の意志が見える……本人以上にね」
「じゃあ、どう見えているっていうのかしら」
ターニャは「さてね」と肩をすくめる。
「今はごちゃごちゃこんがらがってる。こういうの、前に一度見たからさ。二の舞にならないように一応警戒してるの」
「そう……」
アイラは目を細めてターニャを見つめる。
「それなら、あなたが望まない結果になりそうな時には、きちんと私を止めてね。あなたの能力なら他愛のないことでしょう? 復讐に盲目になっていたら別かもしれないけれど」
皮肉を込めた返しに、ターニャは大きく口を開けて豪快に笑い出した。
「あはは、そりゃごもっともだ。せいぜいお互い気をつけようじゃないの」
何がそこまで面白いのか分からないが、腹を抱えながらルカたちの後をついていく。アイラはぎゅっと唇を結ぶと、一息吐いてその後を追うのだった。
ドーハに案内されたキリの部屋は、まるで図書館のようだった。三階分の天井を抜いて吹き抜け構造になっており、壁一面本棚として使われている。小難しい本がたくさん並んでいて、一生かけても読みきれなさそうだ。
「というか、本当にこれ全部あいつのものなのか? 歳はせいぜいミハエルくらいに見えたんだけどなぁ」
ルカの言葉に、ドーハはうーんと首をひねる。
「俺もあいつの年齢は知らないんだよな。ただ、たまに俺たちが生まれるより前のことも知ってるみたいなことを言うから……よく考えたら年上?」
やはり四神将の統括を任されていたとはいえ、詳しいことは知らないらしい。
ルカたちのじとっとした視線を感じ、ドーハは慌てて弁明した。
「し、仕方ないだろ。二国間大戦の後で四神将を誰に据えるか決めたのは父上だけど、父上は候補者の力量以外興味なかったんだから。フロワとアランくらいだよ、自分から素性を話してくれたのは」
それも二人の性分によるところだろう。フロワはマティスと付き合いが長いし、アランは何よりおしゃべりだ。
ルカたちは手分けして部屋の中を探るが、まるで人の気配はない。ここにはキリもユナもいないようだ。
「砦の外にいる可能性はないのか?」
リュウが本棚にもたれかかりながら言った。
ドーハは首を横に振って否定する。
「いや、それはないはず……。ヒルダが昨日言ってたんだ、四神将は砦の内部で俺たちを迎え撃つことになってるって。そもそもその作戦を考えてるのはキリだしな」
だとしたら別のエリアを探しに行こう、ルカがそう声をかけようとした時だった。
どこかでカチリと何かスイッチを押したような音が響く。
「なんだ……うおっ!?」
リュウがぐらりと姿勢を崩す。彼が背もたれにしていた本棚が急に横にスライドしだしたのだ。その本棚の中の本のどれかがスイッチになっていて、リュウがもたれかかったことにより作動したらしい。
本棚があった場所には隠し扉があった。
「まさかここに……?」
ルカは慎重にドアノブを回す。
そこは、人一人が入るだけでも十分窮屈な小さな執務室だった。
やはりユナとキリはいない。
ただ、その部屋から目を逸らすことはできなかった。
「何だ、これ……?」
異質な空間だった。
壁一面に貼られた人の顔、顔、顔……。たくさんの肖像画が並んでいて、その中でも大きいものが一つ。ルカがよく知る顔だ。
「ノワール……!」
貼られている人の顔の多くにはその上にバツ印が太く濃い赤色のインクで書かれている。ノワールの顔にはまだバツ印が書かれていない。ただ、彼の顔の周りに何度もナイフで切り裂いたような痕があったり、やたらと画鋲が刺されていたりと、見ているだけで不気味だ。
「ルカ、これを見て」
執務机の上に置かれていたファイルを見ていたアイラが手招きをする。そこには古い記事や資料の切れ端がいくつも挟んであった。よく見るとどれもが「アンフィトリテの一族」「ポセイドンの神石」にまつわる内容だ。
「これがあるってことは、やっぱりキリは……」
執務机の上にはもう一つ、分厚い手帳が置かれていた。ページは黄ばんでおり、かなり使い込んでいるらしい。
ルカはごくりと唾を飲み込み、その手帳を開く。
どうやら日記のようだ。
——————
ミトス創世暦九八四年、十の月
日記をつけるのは性分ではないが、アラン=スペリウスに言われて仕方なく記録を残すことにする。
あの屈辱の日からふた月が過ぎたという。
ひとまず術後の経過は良好。
視線の高さ、手足の短さは自分の記憶に刻まれた無意識下の感覚とあまりに違っていて酔いそうになるが、それはいずれ慣れるだろう。
胸に埋め込まれた『プシュケーの
アランの言う、拒絶反応は今のところ見られないが、変化に気づきやすくするためにもこの日記が必要らしい。
新たな名をどうするか。特に何も考えていなかったところへ、アランは「キリ」という安直な名前を提案してきた。センスは疑うが、奴には一応恩がある。受け入れることで貸し借りは無しにすることにしよう。
それと、ガルダストリアの新聞を取り寄せてみた。私が眠っている間にずいぶんと状況は変わっているようだ。あの海の覇権を争う戦いは"最後の海戦"などと謳われ、スヴェルト大陸を舞台に二国間大戦が本格的に幕を開けた。身体さえ満足に動けば前線に駆けつけて陛下をお支えしたいものだが……いや、今の私の姿を見ても陛下はおそらく気づかれまい。
新聞の端に小さく、かつての邸宅跡地が競売に出されていた。値段は私の買った時より十分の一にまで落ちている。にも関わらず、未だに買い手がつかないとは驚いた。どうも一家の失踪と火事について噂に尾ひれがついて曰くつきの土地になったようだ。愚かなガルダストリアの民どもよ。こんな様子ではいずれこの極北の地の狼たちにとって喰われるのも時間の問題だろう。
もはや生まれた土地への未練はない。
……唯一心残りがあるとすれば、陛下のおそばで、その行く末を見届けられないことだ。
——————
ミトス創世暦九八五年、一の月
アランが『プシュケーの匣』二号機の臨床試験に挑むらしい。
私のものよりもはるかに身体との結合能力が高く、また神石の持つエネルギーを引き出すことができるという。
なぜそんな画期的な発明を、あの素性の知れない少女(確か”代替品”の意味を持つ呼び名だったが、興味がなかったので失念した)のために使うのか、奴の気が知れない。
ただ、これが上手くいけば飛空艇構想も実現するはずだ。
そろそろ私も壇上へ上がる時が来……
——————
"……聞こえ……か……ルカ……イージ……"
「っ!?」
ルカははっと顔を上げ辺りを見回す。だが、何も変わった様子は見られない。
アイラが不審そうにルカの顔を覗き込んできた。
「どうしたの」
「いや、今声が」
「声?」
「シッ、また聞こえる」
"助……くださ……。この……では、ユナ……が……"
遮るように鼓膜の奥でキィィィンと嫌な音が響き、声はぶつりと途絶えてしまった。
「声って、もしかして」
「間違いない……ユナの神石の声だ。カリオペが語りかけてきた」
ルカは瞼を閉じて精神を集中する。
声が聞こえてきた方角は——
「あっちだ!!」
ルカはキリの部屋を飛び出し駆け出した。
仲間たちもすぐ後ろを追ってくる。
向かうは隣接する南エリア。
アラン=スペリウスの管轄区域である。
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