mission10-60 神石アマテラス
硝煙が立ち込める部屋。どことなく焦げくさい臭い。ただ、幸い火がついているわけではなさそうだ。
「陛下? ディノ陛下! どこにいらっしゃるんですっ?」
返事の代わりにごほごほと咳き込む音が聞こえた。ミハエルが風の呪術を引き起こすと、部屋の中に充満していた煙が晴れていく。
煙の発生源はベッドの上に置かれた八咫の鏡のようだった。鏡の下が黒く焦げてぷすぷすと小さな音を立てている。その横に腰掛けているディノの服や髪も少し焦げているように見えた。
「ぐ……そなたたち、もうここへ来たのか……」
ディノは悔しそうに表情を歪める。鏡を庇うようにベッドの前に立ちはだかるディノに、ハリブルはじりと迫った。
「さ、返してもらいますよっ。今は陛下のワガママを聞いている場合じゃありませんっ! その鏡はエルメ様の——」
「違う!」
ディノはきっぱりと否定した。
「この鏡はルーフェイ王家に伝わる宝具であろう! ならば王位を持たぬ叔母上のものではない! 父上が受け継ぐべきだったものであり、今は余のもののはずだ! 叔母上は父上から鏡を奪った盗人なのだ!」
「むぐぐ……言わせておけば……! エルメ様を侮辱するならたとえ陛下と言えど許しはしませんよっ!」
そう言ってハリブルが手を上げようとした時だった。
八咫の鏡の表面がきらりと輝き、小さな爆発が起きた。さっと飛び退くハリブル。先ほどの爆発音はやはり鏡から発せられたもののようだ。
しばらくして爆煙が晴れていくと、鏡に何やら文字が浮かび上がってきた。
"おやめなさい、ハリブル"
「へ?」
"ディノ、あなたもです"
「なんだと……」
鏡面の文字は浮かんでは消える。ここで何が起きているかを見通しているかのように。
「何が起きているんだ?」
ドーハも横から鏡を覗き込む。すると、
"こんにちは、エルメの息子。大きくなりましたね"
そんな文字が表示されて、ドーハは思わず後ずさった。
ターニャは目を細めてじっと鏡を見つめた。
「これは、神石の意志?」
"その通りです、ヴァルキリーの共鳴者よ"
「……っ!」
"私はアマテラス。この鏡に宿る神の意思の
鏡の文字が切り替わる。
"ディノよ。あなたは勘違いをしています。私は誰のものでもなく、王位を継ぐ者だからといって力を貸すわけではありません。私は、私の力を使うのにふさわしい志を持った者を選んでいるだけ"
「志……?」
"そうです。共鳴する意思を持つ者には試練を課します。試練の中で志を示すことができれば力を貸しましょう。ディノ、あなたはその試練を受ける意思はありますか?"
ディノは一瞬ためらったようだが、ハリブルたちが何か言おうとする前に答えた。
「と、当然だ! 余が父上の分まで鏡を使いこなしてやる! 試練とやらを受けさせるのだ!」
"よろしい。では、こちらへ……"
鏡からまばゆい光が発せられたかと思うと、ディノの身体が光に包まれてすっと鏡の中に吸い込まれてしまった。
唖然としている一行に対し、鏡は再び文字を表示する。
"ドーハ、あなたも試練を受けなさい"
「お、俺も!?」
思わず声が裏返っていた。
「試練なんて……俺は、神石の共鳴者になりたいわけじゃなくて、ただ母上のために鏡を取り戻しに来ただけで……」
"両親を越えたいと思っていたのではないですか?"
「……!」
言葉に詰まるドーハ。
その横でハリブルはぎゃあぎゃあと鏡に文句を言うが、まるで聞く様子がない。共鳴者はすでに存在するのに、なぜ新たな試練をドーハとディノに課そうとするのか——それはアマテラスの意思ではなくエルメの意思だという。
「そんな話、聞いてないっ……」
ハリブルはしゅんと肩を落とす。
「……母上は、俺に何を望んでいるんだ?」
ドーハが尋ねると、鏡には新たな文字が浮かんできた。
"エルメはただ、母親としてあなたの成長を見守りたいと思っているだけですよ。七年前、あなたの元を離れてルーフェイに戻ってきてしまった時間を悔いているからこそ、ね"
「……分かった、試練を受けるよ」
「ドーハ様!?」
ハリブルが引き留めようとするも、ドーハは鏡に手をかざしてその中に吸い込まれてしまった。
「ちょっと! 何してくれるのよっ!」
ハリブルが鏡を掴んでゆする。だが何か起こるわけではなく、鏡の上には新たな文字が浮かび上がってきた。
"さぁ、あなたたちも見届けてください。次代の太陽が輝く瞬間を……"
「は……!?」
鏡の文字が揺らぎ、表面がうずまき、それにあわせて周囲の光景が共にぐるぐると回っていく。ターニャとミハエルとハリブルの三人は抵抗するすべもなく、その渦の中に吸い込まれていった。
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