mission10-59 ディノ王の行き先



 一方、ドーハ、ミハエル、ターニャはハリブルの案内で八咫の鏡を持って逃げたディノを追っていた。


「ハリブル、あいつの行き先は分かるのか?」


「ちょっと待って……今城内に影を張ってるから、っと!」


 ハリブルがぎゅっとまぶたを閉じると、彼女の足元からぞわぞわと影が伸び、四方八方へと散っていった。


 影を司る月の神・ツクヨミ。それが彼女の神石だという。


 やがて彼女はぱちりとまぶたを開き、「やっぱりあそこだ」と呟いた。どうやら見つかったらしい。


 そこは前王ジグラルの私室だった部屋だという。


「前王ジグラルってのはエルメ女王のお兄さんで、今のディノ王の父親、ってことであってる?」


 ターニャが確認すると、ハリブルは頷いた。


「そうだよー。ジグラル様はもうすでに亡くなったけど、何かあるとディノ様はあの部屋に行くみたいなんだよねっ」


 彼はまだミハエルと同じ年頃の少年だ。きっと父親が恋しいということなのだろう、ターニャがそんなことを考えていると、ハリブルはそれを察したかのように首を横に振って「違う」と呟いた。


「そうじゃないよー。どっちかといえば恋しいよりも申し訳ないって感じじゃないかなっ」


「どういうこと?」


「ジグラル様はね、ずっと病んでたの。先輩クレイジーが離反して、二国間大戦が始まって、それからすぐにお父上のジクード様が亡くなって、奥方も病気で亡くして……そんなことが続いたから精神を病んで寝込んでたのよ、ずっと。その間はテスラが中心に政治を取り仕切っていたけど、戦争終結と同時にエルメ様が戻られたことで、議会は王位をディノ様、そして後見人としてエルメ様を立てることで合意した。ジグラル様はそのことにずっと反対してたけど……ディノ様本人がそれでいいとおっしゃったことで強行されたんだ。ジグラル様はそれがショックだったんだろうねぇ。自ら私室の窓から飛び降りたんだよ」


「そんなことが……」


「ディノ様はもともとはちっともお父上に懐いていなかったみたいだけど、多少は罪悪感があるんだろうねぇ。だからあの部屋に時々いるんだと思うよー」


 淡々と話すハリブルに、後ろを歩くミハエルは苦い表情を浮かべた。


「なんだか、他人事には聞こえないですね……」






「にしても、ドーハ様って本当にあたしのこと覚えてないんですねっ。ちっちゃい頃あれだけおしめを取り替えてあげたってのに!」


 ディノがいる部屋へ向かいながら、ハリブルはぷんすかと怒っていた。ドーハは気まずそうに頭をかく。


「ビビアン、なんだよな? 昔母上の侍女として仕えてた……」


「そーですっ! ジーゼルロックの時から思ってましたけど、マティス様含め全然気づかれないんでちょっと傷つきましたよっ」


「いや、だってビビアンだとしたら昔から見た目変わらなすぎ……。だって確か今年で三十じゃ——ゴフッ」


 ハリブルの鉄拳が容赦なくドーハの頬にめり込む。横でそのやりとりを見ていたターニャは唖然と呟いた。


「まじか、あたしより全然年上だったんだ……。女王といい、クレイジーといい、ルーフェイ人はほんと年齢不詳な人が多いね」


 確かにと頷くミハエルだが、そういうエリィの一族こそ普通の人より寿命が長くなかなか歳をとらない性質なので、あまり人のことは言えなかった。


 やがてディノが逃げこんだ部屋の扉が見えてきた。


「しっかしなんであのタイミングで鏡を奪ったのかな? そんなことしたって王様には何の得もないだろうに」


 ターニャの言葉にハリブルは「はて」と首をかしげた。


「特に意味なんてないんじゃないかな? そこまで深く考えられるような人じゃ――」


 その時、扉の向こうで爆発音のようなものとディノの悲鳴が聞こえた。


 何かあったのだろうか。一行は足を早めてその扉を勢いよく開いた――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る