mission10-48 元総帥の指揮



 神格化した女王。


 炎に包まれる城。


 それでもなお『玖首蛇くずへびの式』を決行しようとする呪術師たち。


 この騒動の中、昏々こんこんと眠り続ける破壊神。


「ちょっと、あたしたちのことも忘れてなーいっ!?」


 ハリブルを筆頭に、続々と集結する仮面舞踏会ヴェル・ムスケたち。


「こ、こんなのどうすればいいんだよ……」


 ドーハがガクガクと膝を震わせながら呟くのを、横に立つテスラは笑いながらたしなめた。


「そんな弱腰ではいかんぞ、次期王」


「か、勝手に決めないでくださいってば! あんた元ルーフェイ軍総帥なんでしょう!? いい方法考えてくださいよ!」


「ふむ、陛下のご命令とあらば」


「ああ〜〜〜〜もうっ!!」


 地団駄を踏むドーハをよそに、テスラは顎に手をやりながら考え込む。


「この中で水氷系の技が使えるのは彼らだけかな?」


 テスラの視線は先ほどのエルメの攻撃によって燃えだした城の消火にあたっているグレンとミハエルに向けられていた。


 クレイジーは頷く。


「そう。あとはテスラ、あなただけだ」


「分かった。とにかく、城が焼け落ちたらここにいる全員が底なし沼行きだ。彼らは消火に専念させ、他二名くらいで彼らの援護をしつつ呪術師たちの詠唱を止めさせてほしいんだが……」


「それならあたしたちがやるよ」


 ターニャとリュウが手を挙げる。


「頼む。もしかしたら仮面舞踏会が妨害してくるかもしれないが、彼らを倒すことは考えるな。深入りすると余計な体力を使うことになるからね」


「おじいちゃんも消火の手伝いをしてくれるの?」


 ターニャが尋ねると、テスラは首を横に振った。


「そうしたいところだが、私の力はおそらく別のところで必要になるだろうからな」


 テスラはエルメの方を一瞥した後、共闘する仲間たちに視線を戻した。


「で、この中で一番素早く動けるのは誰かな」


「この子だよ」


 クレイジーはぽんとルカの肩を叩く。テスラは少しだけ驚いた様子だった。


「クレイジー、君より速く動ける者がいるとはな」


「神石の力があるからね。ただし今まで通りのやり方じゃダメだ。ルカ、分かってる?」


「……ああ」


 ルカは頷いた。音速次元は光を司る神には見破られてしまう。神格化したエルメに対抗するには更なるスピードが必要だ。そしてルカ以上にその可能性を秘めているメンバーは他にいない。


「よし。彼女は呪術は得意だが近接の戦闘術にはけていない。呪術や神石の力を使った技は後衛で引き留めるから、とにかく間合いに攻め込むことに集中を。ただ、君だけでは心もとないから」


 テスラの言葉の途中でクレイジーが一歩進み出た。


「ボクが撹乱してサポートする。それにドーハ、君もルカと一緒に前衛に回るんだ」


「ええっ、俺が!?」


「ヴァルトロの王子なんだから剣くらい握れるだろう? 別に大したことはしなくていい。ルカに注意が集中しないよう、エルメを適当に煽ってくれれば」


「それってつまり囮なんじゃ……」


 うろたえるドーハをよそに、テスラは腕を組んで頷いた。


「ふむ、悪くない作戦だ。さすがのエルメ様も実の息子が近くにいるとやりづらいだろうからな」


「あの、俺はもともと儀式で生贄にされるところだったんですが……」


「シッ、のんびり作戦会議ができるのはここまでみたいだよ」


 クレイジーが姿勢を低く構える。


 エルメが鏡に手をかざし、ぶつぶつと呪文を唱え始めていた。赤、緑、青、黄の四つの呪術式が重なり合うようにして鏡の前に浮かび上がる。


 四連術式。四つの呪術式を同時に発動させる高等呪術だ。


「あまり知られていないが、エルメ様の呪術の腕はルーフェイ軍の一級呪術師をしのぐほどだよ。なんといっても、この私が一から教えたからね。おまけに今は加減をする気はないし、神石の力で神通力が増幅されているときた。さて、どんな威力になるやら」


 テスラの呑気な解説に、ドーハの顔は真っ青になる。


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないだろ! 早く守りを固めないとやられ——」


「大丈夫、対抗手段ならある」


 テスラは右手で杖をくるりと回すと、まぶたを閉じて詠唱を始めた。


「来るよ!」


 クレイジーの合図とともに、四連術式から四方にそれぞれの色の光が放たれた。やがてそれは上空から火の玉、東からは突風、西からは水流、そして足元からは土の杭となり、ルカたちに向かって一斉に襲いかかってくる。


 四方を取り囲まれ、逃げ場などない。


 ユナがカリオペの歌を唱えようとすると、クレイジーがそれを止めた。


「いいから見ててごらん」


 次の瞬間、テスラの目がカッと開く。


「……”眷属たちよ、我が魂を喰らいてちぎりを交わせ”!」


 テスラが杖を床に突く。それと同時、周囲の空気が揺らぐような違和感があった。一見何も変化が起きていないように見える。だが、エルメの呪術攻撃には明らかに変化していた。四属性の波動それぞれがぼろぼろと崩れるようにして失速していき、やがて一般的な呪術師が放つ程度の小さな波動となった。これなら受けてしまってもわずかなダメージで済む。


「どういうこと……?」


 ユナが呆気にとられていると、背後でどさりと音がした。テスラが姿勢を崩してその場で膝をついている。息が荒い。


「大丈夫ですか!?」


 外傷があるわけではなかった。


 心配そうな表情を浮かべるユナに、テスラは額に脂汗をにじませながら苦々しげに笑った。


「いや、すまない。この程度で膝をつくとはさすがに私も衰えたかな。今のはね、自分の体力を犠牲に眷属の主導権を奪う術なんだ」


「主導権を、奪う……?」


「そう。呪術というのは神通力によって眷属と通じ合い、自らの体力を眷属に喰わせることでその力を発現する。ただ、術者より大量の体力を与えてやれば、眷属の主導権を奪うことができるんだ」


「でもそれって」


「お察しの通り。あまり何度も使える手じゃない。必然的にエルメ様よりも大量の体力を消費することになるからね」


 一方、術を打ち消されたエルメは平然とした様子だ。四連術式を撃ってもなお体力に余裕があるらしい。やがて彼女はバサッと翼を広げた。一枚一枚、羽に朱色の光が灯る。


 クレイジーは前衛を任された二人の背中を押した。


「ぼーっとしてると二撃目が来るよ。ルカ、ドーハ、そろそろ反撃の時間だ」


 ルカは頷き、ドーハに手を差し出した。


「まさかあんたと一緒に戦うことになるとはな」


 ドーハはむっとしながら乱雑にその手を取る。


「ふん、それは俺の台詞だ……! ただ、勘違いするなよ。今の俺はヴァルトロの王子じゃない。暴走した母親を止めにきた、ただの反抗期の息子だ」


 それを聞いて、ルカはにっと笑う。


「いいね。そういうの嫌いじゃない、よっ!」


 紫色の光がほとばしる。強くその場を踏み込み、ドーハと共に跳躍。


「行くぞ! ——“光速時限"、発動!」



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