mission10-40 貸し借り帳消し



 城の中に入ると応接エリアの一角——大型の荷物を搬入するための薄暗い倉庫のような場所だ——に通された。


 案内役の兵士が「しばらくここでお待ちください」と言って立ち去ったかと思うと、ほどなくして仮面をつけた赤紫色のローブの男が二人やってきた。


 そのうちの一人を見て、ユナとリュウは思わず顔を見合わせる。もう一人の男より一回り大きい巨体に、仮面舞踏会ヴェル・ムスケには珍しい赤い皮膚。見間違えることはない。スウェント坑道で警告をしにやってきた鬼人族の刺客、シリーだ。


 仮面でその表情は窺えないが、彼はユナとリュウの方を見ても特に何も反応しなかった。この短期間ではさすがに顔を忘れないだろうから、あえて黙っていてくれるつもりなのか。


「ラヴィシュ様、シリー様。いつもご贔屓ひいきありがとうございます。今日も良い品揃えてきましたぜ」


 武器商人がうやうやしくそう言うと、ラヴィシュと呼ばれた男は柔和な笑みを浮かべた。


「ほうほう。では早速見せてもらいましょうか。ただその前に」


 仮面の奥から探るような視線を投げかけられ、ユナはごくりと唾を飲み込む。


「この方たちは? 初めてお会いしますよね」


「ああ、ご紹介が遅れました。俺がこの通り片腕がなく不自由なもんで、手伝いを雇ったんですよ。おかげさまでその程度の余裕はできましてね」


 武器商人はそうごまかすと、ラヴィシュの関心を逸らすために「そういや新作の短剣を仕入れまして」と言って積荷の方へと誘導する。


 だがシリーの方はその場に残った。口を閉ざしたままじっとこちらを睨んでくる。


 気まずい沈黙。


 もともとの計画では、この隙にリュウの持つサンド三号でルカたちと連絡を取り、彼らの援護をする予定だったのだが……こうも見張られていると動きづらい。


 不審に思ったのか、ターニャがユナに耳打ちしてきた。


「もしかして君たちあの仮面舞踏会と知り合いなの?」


「えっと……知り合いというわけじゃないけど、スウェント坑道の奥に向かう途中で会ったの」


 ユナの説明に「そんな話は聞いてないんだけど」とターニャは口を尖らせる。


「つまり、入国する前にあたしたちの動きが仮面舞踏会に知られてたってこと?」


「うん。だけどたぶん、あの人は見逃してくれたんだと思うよ」


「どうしてそんなことを?」


「詳しくは分からないけど……あの人はポイニクス霊山の噴火を止めたいみたいだったから」


 ユナがシリーとクレイジーがどんなやりとりをしていたのか話すと、ターニャは怪訝な表情を浮かべて「うーん」と唸った。


「王家の命令が最優先だけど、鬼人族だから霊山のことは放っておけなくてあたしらにお任せ、代わりに入国を見逃してくれたってことか。じゃあ一体今は何を考えてる……?」


 ターニャは目を細めてシリーの方を見やる。彼の意志を読もうとしているのだ。だがターニャが何か言う前にシリーの方が先に口を開いた。


「……クンラ シ イーヨウ貴様らは余計なことをしてくれた


 鬼人語だ。


 リュウが二人に通訳しながらシリーに言葉を返す。


ナン ゲン クン ソそれはどういうことだ?」


キ シラ イー シ シキもう儀式は止められない


シキ儀式? クン ゲン 『キュウジュダ シキ』 アア『玖首蛇の式』とやらのことか?」


「……ハーそうだ


 それはどこか諦めのこもった響きだった。シリーは腕を組んで言葉を続ける。


ボウ アン タイシャク貸し借りのことは忘れろヒ イー シ コン キョ コ ジョウ死にたくなければいますぐこの場を去れ


シ イー カ キョそれはできないシ ケイ リ ジョ サイ ポイニクスなんとかすると里の奴らに約束したんだ


 リュウの言葉にシリーは口をつぐんだ。そして一瞬周囲に視線を巡らせたかと思うと、巨体に似つかわしくない素早い動きでいつの間にかリュウのすぐそばに立っていた。


 攻撃が来る——そう思ってリュウは反射的に身構える。


 シリーはまだ動かない。


 だが、ただそこにいるだけで威圧感をびりびりと感じる。


 「見逃してくれるかもしれない」なんて甘すぎた。スウェント坑道でクレイジーはこう言っていたはずだ……「シリーは王族の命令どおりに動く」と。彼に意志があろうとなかろうと、ここはルーフェイ王城。王族の立場を脅かす侵入者をどう対処するかなど、最悪の場合はいくらでも考えられる。


 油断してはいけなかった。


 だが、リュウの集中は一瞬途切れた。


 シリーがぼそりと吐いた呟きによって。




「……ハイセ リゼツ クンラ先輩は貴様らを裏切った




「は……?」


「伏せろ!」


 ターニャが短く叫ぶ。その声と同時か、あるいは一瞬早く、シリーは背負っていた大槌をリュウの頭目がけて振るっていた。


 リュウは間一髪のところで姿勢を低くしてやり過ごしたが、それでも風圧が強く、よろけて床に手をついた。その隙に大槌を振りかざし二撃目の狙いを定めるシリー。


「チッ……!」


 あの大槌の威力はスウェント坑道で目の当たりにしている。受けようなどと考えてはいけない。


 リュウはとっさに頭に挿さっているかんざしを抜き、シリーの手元に向けて放つ。


「集結せよ”飛雷針ひらいしん”!」


 かんざしの先端に萌黄色の雷光がほとばしり、シリーは呻いてその手を引いた。


 すぐにターニャとユナがそばに駆けつける。


 体勢を立て直したリュウは床に落ちたかんざしを拾い、神器の形に変化させた。苛立ちを込めるように、そのを強く握りしめて。


「クレイジーが裏切ったって、どういうことだ……!」


 だがその問いに対するまともな答えは返ってこなかった。


イ ヴェル・ムスケ デン メイ イー ヒ仮面舞踏会にとって王の命令は絶対イ ハイセ ソ ドウ彼にとってもそれは同じシラ ボウ ナン イー カン我々が何を望むかは関係ない


 淡々とした口調でそう言った後、シリーは再び大槌を肩に担ぐようにして構えた。


 放たれる殺気。「この場を去れ」という言葉は何だったのか。今の彼からは微塵も見逃そうという気を感じない。


 戦うしかない。


「もう、ほんと仮面舞踏会ってわけわかんない奴らばっかり!」


 ターニャはうんざりとした様子でそう言って、腰に差している白銀色の剣を引き抜いた。


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