mission10-39 武器商人一行の入城
その頃、ルーフェイ王城西門では——
「ルカたち今ごろどうしているんだろう……」
ユナはさっきから何度もそう呟いては、心配そうに城を見上げている。その繰り返しにいい加減嫌気がさしたターニャは、喝を入れるように彼女の背を強く叩いた。
「ああもう、うじうじしちゃってさぁ。そんなに気になるならあいつらの方についていけば良かったでしょ」
するとユナは一層落ち込んだ表情を見せた。
「な、なに」
思わずたじろぐターニャ。ただでさえルーフェイ中央都はじめじめとした気候なのに、暗く沈んだ彼女からは今にも怪しげなキノコでも生えてきそうだ。
するとすぐそばで武器商人の荷積みを手伝っていたリュウが口を挟んだ。
「そうえぐってやるな、ターニャ。ユナはルカについてくるなって言われたんだ」
その時のことを思い出したのかユナは小さく「うっ」と言葉を詰まらせる。
「それに、何かあった時の回復や補助も、クレイジーとミハエルの呪術で十分だと言っていたな」
「ううう……」
ますます肩を縮こまらせるユナ。
「……えっと、えぐってるのは君の方だよね、リュウ」
「む、俺が何かしたか?」
きょとんとするリュウにターニャはやれやれと肩をすくめ、強く叩いてしまったユナの背をさすってやった。
「ま……たぶんあれだよ、ルカはあの仮面男から君を遠ざけたかったんじゃないの」
「仮面男って、クレイジーさんのこと?」
ターニャは「うん」と頷いた。
「あいつ、結局なに考えてるのか話さなかったでしょ。だから万が一のこと考えて君をこっち側にした。ルカなりの配慮なんじゃないかな」
「そ、そうかな……」
「そうだって。そうじゃないかもしれないけどそうだと思っておきなよ。少なくともユナのこと役立たずだとはちっとも思ってないはずだよ」
そう言われてユナはほっと安堵の息を漏らす。
だが、やはり気がかりだったのはそのクレイジーのことだ。
「ねぇ、ターニャは昨日一体なにを見たの? どうしてクレイジーさんが嘘ついてるみたいなことを……」
「知りたいの?」
「うん。ずっと気になってて……」
するとターニャは小さく溜息ひとつ吐く。
「前も言ったかもしれないけど、あたしに見えるのはあくまで意志がどういう方向を向いているかだけ。だから仮面男が具体的になにを考えてるかまでは分からないけど……少なくともあの場にいた仲間と同じ方向を向いてはいなかった」
「どういうこと?」
「もっと正確に言うと、あいつの意志の方向は定まってなかった。なんかごちゃごちゃしてて……悩んでたのか、わざとそう見せようとしてたのか、どっちなのかは分からないけどね」
「クレイジーさんの悩み……」
ユナは彼のこれまでの言動を振り返ってみたが、何か悩んでいるようなそぶりを見た覚えはなかった。そんなものとは無縁の人だと思っていたのだ。
「ま、いずれにせよ、あたしはもう自分が知らないところでこそこそやられるのが嫌なわけ。君たちはあいつと付き合いが長いから疑うのも気が引けるだろうけど、最近合流したばっかのあたしなら別に角が立つことを気にする必要もないでしょ」
だからあたしだけ気にしてればいい話だったんだけど、と付け加える。ルカやユナが気にして別行動をとるほどの問題にするつもりはなかったようだ。
「ほんと、君たちは良くも悪くもマジメすぎるな。そこが信頼できるところでもあるんだけど」
「えっ」
ターニャから信頼という言葉を聞けると思っていなかったユナはつい聞き返すが、ターニャは照れ臭そうに「もう言わない」とそっぽを向いた。
「おい、準備できたぞ」
武器商人から声がかかる。入城の手続きは済んだのか、西門の跳ね橋がこちらに向かって降りてきていた。
武器商人の手伝いとして共に入城することを許されたユナたちは、商品が載せられた荷車を引いて彼の後を追って跳ね橋を渡る。荷物は布がかかっていてよく見えないが、武器商人の話だと
「そういえばさ、おじさんは仮面舞踏会のことってどこまで知ってる?」
ターニャが尋ねると、武器商人はあごひげをいじりながら答えた。
「まぁ大事なお客さんだからな、そこらへんの奴らよりは分かっているつもりだが」
「例えばさ、貧民街出身でもなれたりするもんなの? 王家を守る隠密部隊なのに」
「ああ、ハリブル様のことか」
武器商人は合点がいったように頷いた。
「あの人は仮面舞踏会の中でも目立つから有名だが、他にも貧民街出身者は何人かいるらしいぜ。あの組織はあまり身分や血を重視しないからな」
「じゃあ何を見てるわけ?」
「生まれつきの身体能力、神通力ってとこかな。条件に見合う子どもが生まれると、どう嗅ぎつけるかは知らんが仮面舞踏会がその家に声をかけにやってくる。で、物心つく前から養成所に通わせて特殊訓練を受けさせるんだ」
特殊訓練の内容は門外不出で、何が行われているかは通ったことのある者にしか分からない。少なくともそこで武術、呪術の基礎を叩き込まれ、王家への忠誠心を植え付けられるのだろうと武器商人は話す。
「養成所に通う子どもは数百人といるらしいが、そこから仮面舞踏会に入れるのはほんの一握り……毎年一人いるかいないかだと言われてる」
「そんなに厳しいのか。落第した子はどうなるの?」
武器商人は首を振って、低い声で言った。
「全員生きちゃいない。機密保持のために殺されるんだ」
「は……!?」
思わず声を荒げるターニャに、武器商人は慌てて弁解した。
「お、俺を責めるなよ。王家がそういう風に決めてるんだ。どんな身分の出身だろうと、入隊試験を合格しなきゃ死ぬだけ。まぁ、中には各代で必ず仮面舞踏会に入隊できるだけの人材を排出する不敗の名門一家もあるらしいがな」
そう説明されても納得がいかず、ターニャは渋い表情を浮かべた。
身分問わず才能ある者を登用する組織でも、能力が見合わないと分かった瞬間に首を切られる。身分次第で一定の地位が保証されているエルロンドの身分制度もまた極端ではあるが、人によってはその仕組みに救われていたのだろうと思うとやるせない気分になったのだ。
「……それで、その入隊試験に合格したら?」
「王族たちから品定めされる。仮面舞踏会は組織としては一つだが、誰に仕えることになるかで派閥が分かれるんだ。当然、一番の出世コースは現王の派閥に入ることだな。現王の派閥の中でのトップが仮面舞踏会の筆頭を務めることになるし」
そう言って、武器商人はここ最近の筆頭たちの名前を挙げた。先々代のジクード王の時はラウリー、先代のジグラル王の時はクレイジー、そして現在はハリブル。
「もっとも、クレイジー様に関しては途中で王家に対する謀反で除隊されているが。まぁあのお方は色々と不運もあってな」
「どういうこと?」
「入隊時はエルメ様の護衛として仕えていたのに、エルメ様の政略結婚の際に同行を許されずジグラル様に引き抜かれたんだ。
城が目の前に迫ってきて、武器商人は話を中断した。
「この話はそろそろやめだ。客に聞かれたら怒られちまうからな。……ああ、ただ一つ思い出したぞ」
「何?」
「仮面舞踏会を代々排出する名門一家は”守りの盾”——イージス家って言うんだ。で、クレイジー様はまさにそこの家の生まれだったはずだぜ」
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