mission10-37 女王エルメの狙い



「お、叔母上……どうしてここに? から見ていたのなら、余がこの者たちを連れていくことも分かっていただろう」


 むすっと頬を膨らませ拗ねる少年王に、エルメはあやすような口調で言った。


「まぁ陛下、ご機嫌を損ねないでくださいまし。念願のフタマタシロヘビが持ち込まれたとあっては、いてもたってもいられなかったのです。どうかそそっかしい叔母をお許しください。お詫びに、隣のお部屋に陛下がお好きなとびきり甘い砂糖菓子を用意しますから、ね?」


「それは……もしかして、ミストグレープの蜜漬けに練乳を上からかけたやつか!?」


 それまでの不機嫌が吹き飛んだかのようにぱぁっと顔を輝かせると、ディノは玉座から立ち上がってどしどしと慌ただしく退場する。もはや菓子のことしか頭になく、ルカたちがその場にいることなど忘れてしまったかのようだ。


「……さて」


 ディノがいなくなった後、エルメはおもむろに口を開き、怪しげな微笑みを浮かべる。


「邪魔者はいなくなったことだし、本題に入ろうかの? 義賊ブラック・クロスよ」


「……ッ!?」


 彼女がそう言った瞬間、どこからともなく赤紫色のローブに身を包んだ仮面舞踏会ヴェル・ムスケたちがルカたちの周りを囲むようにして姿を現わす。


「ぶ、物騒ですな……これは一体どういうことです?」


 うろたえながらもレオナルドが尋ねると、エルメはくすくすと笑った。


「レオナルド博士。これでもわらわは感激したのだぞ? うだつの上がらぬ落ちぶれ研究員のそなたが、まさかここまで度胸のあることができようとは」


「何をおっしゃっているのか、意味が分かりませんが……」


「しらばっくれるでない。そのもう一つの箱には、ルーフェイ王家に牙をむく毒蛇を隠しているのだろう?」


 彼女がそう言った瞬間、仮面舞踏会たちが一斉にナイフを放った。標的はクレイジーの隠れている箱。ルカたちがそれに気づいて動こうとした瞬間にはすでに箱は木っ端微塵になっていた。外側からではなく、内側から。


「ったく、久々の再会だっていうのに野蛮だなァ」


 箱から飛び出したクレイジーがぶつぶつとぼやきながら、神器アシュラの力で増えた腕を翼のように広げる。その瞬間、無数の赤紫色のナイフがクレイジーの箱を狙った仮面舞踏会たち目がけて放射状に飛んでいく。


 彼らは避けなかった。


 クレイジーのナイフは仮面舞踏会たちの仮面を割り、それと同時に彼らと彼らの放ったナイフが液体のように溶け、地面に落ちて黒い影となった。


 仮面舞踏会の形を作っていた影はざわざわとエルメの足元に収束していくと、一つとなってぬっと床から湧き出る。


 ハリブルだ。


 ヤオ村を出入りしていた時の行商人風の格好ではなく、先ほどの影でできた仮面舞踏会たちと同様に赤紫色のローブに身を包み、陶器の仮面で顔を隠している。


「あーあ、やんなっちゃうっ! まさか先輩神石との共鳴者だなんてっ」


 彼女が大ぶりな動作でそう言うと、ツインテールが揺れて毛先にくくりつけられた鈴がリンと鳴った。


「ボクも驚いたよ。けど違和感はないね。影に隠れ、影を操る力——臆病で卑劣な君にぴったりだもの」


「それは、一体いつの話をしているのかなっ?」


 ハリブルの声音が低くなる。口元は笑っているが、クレイジーに対して殺意を向けているのは明らかだった。


「控えよハリブル。このままここで裏切り者を処刑するつもりか? 『本題に入ろう』と言った妾の立場はどうなる」


「……失礼いたしました」


 エルメにたしなめられ、ハリブルは彼女の半歩後ろに引き下がって片膝をつく。


 一連の騒動にレオナルドはすっかり腰を抜かしていたし、ルカたちは武器を手に取り警戒していたが、エルメは何事もなかったような平然とした様子で言った。


「義賊ブラック・クロスよ。はじめに言っておくが、関所を通らない不法入国に、裏切り者の入城……これがそなたらの首をいつでもはねる理由として十分だということは理解しておるか?」


 ルカは黙って頷く。それを見てエルメは満足げな笑みを浮かべた。


「ふふ……分かっておるなら良いのだ。それでもなお妾がこうしてそなたらの前に現れ、話をしておるのはそなたたちが腰の重いレオナルド博士を動かし、この場にフタマタシロヘビを持ち込んだことにある」


 するとハリブルは「そうですそうですっ」と激しく縦に頷き、とぷんと溶けるようにして足元の影の中に消えた。そして今度はロビンのそばの影からぬっと姿を現す。


「散々愛しい妹からの手紙を無視しておきながら、忠犬みたいによそ者のこの子たちの言うことを聞いちゃってさぁ。一体どういう心境の変化なの、?」


「黙れ


「ちょっと! 人前で本名を呼ぶなんてデリカシーなさすぎなんですけどっ!?」


「嫌がらせになったなら良かったです。仕返しですよ。お前が手紙という名の脅迫状を何度も送りつけてきたことへのね」


 ロビンは不機嫌をあらわにして言った。


 これまで彼の元には「フタマタシロヘビを献上しなければ博士の研究員資格を剥奪する」という脅しの手紙が何通も届いていたらしい。だが、禁呪に手を染めるわけにはいかないと、レオナルドとともにずっと黙殺してきたのだ。昨日、グレンに会うまでは。


 エルメはハリブルとロビンのやりとりを横目に、ルカたちに向き直って話を続けた。


「とにかく、そなたらには一つ借りができた。ならばせめて礼の一つでもしなければルーフェイ王家の格が落ちるというものだろう? さぁ言うてみよ。そなたらは一体何を求めてここへ来た」


 ルカはちらりと仲間たちの顔を見やる。クレイジーもミハエルもグレンも、ルカに任せるといった風に頷いた。


 ルカは一息吸って、目の前の女王に視線を返す。


「聞きたいことはたくさんあるけど、まずは一つお願いがあるんだ」


「ほう」


「ポイニクス霊山がヴァルトロの襲撃で噴火しそうになっている。このままじゃ『不死鳥の逆鱗』以来の大噴火になって、アルフ大陸の一帯が溶岩に飲み込まれるみたいなんだ。だから、あんたの八咫の鏡の力を貸してほしくて——」


 ルカの言葉は遮られた。言い終わらないうちに、エルメが鼻で笑ったのだ。


「何かと思えばか」


「なんだって……!?」


「二度言わせるな。くだらぬ、と言っておるのじゃ。今は何よりも『玖首蛇くずへびの式』を執り行うことが優先。ポイニクス霊山のために八咫の鏡を使わせるわけにはいかぬ」


「だけど、ポイニクス霊山が噴火したらここだって無事には済まないんだぞ! 溶岩は中央都にも流れ込んでくるって……!」


 必死で訴えるが、エルメはくすくすと笑うだけだった。


「構わん。どのみち儀式が済んだなら全てが無くなるのだからな」


「それは、どういう……?」


 困惑するルカの前に、クレイジーがすっと立つ。


 彼はいつになく落ち着いた口調でかつての主人に尋ねた。


「エルメ。あなたたちは『玖首蛇の式』を一体何のために使うつもりなんだい」


 すると女王は薄ら笑いを浮かべながら、つかつかとゆっくり近づいてきた。


「破壊神の力を増幅させるのだ。そして、そのために必要な材料が今揃った」


 彼女はクレイジーの顎をくいと持ち上げ、囁く。


「フタマタシロヘビ……そして、そなたたち神通力の高い人間じゃよ」



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