mission10-35 ルーフェイ王城



 ルーフェイ王城は世界で唯一の木造の城だ。天然の大樹を活かして築かれているせいか、中に入った瞬間に木の匂いが出迎え、どことなく神秘的な空気が漂っている。


 ミハエルはぼそりと呟く。


「もしかしたらポイニクス霊山と同じで、この城も独特の磁場を持っているのかもしれませんね。樹齢何年だか分かりませんが、これだけの大樹なら神通力が宿っていてもおかしくはないですから」


 内部は大樹の形に合わせて円形の塔のような構造になっていた。


 一階と二階は吹き抜けだ。二階の各所には応接用の部屋がいくつかあり、中央部には巨大な転送術式が描かれた広場がある。転送術式の側には呪術師四人、術式を囲むように立っていて、そのうちの一人がルカたちを見てぺこりと頭を下げた。


「レオナルド博士御一行ですね」


 その呪術師の説明によると、三階以上に行くにはこの転送術式で移動しなければいけないらしい。


「ですが、転送術式は一つしかないですよ。これ一つで複数階に移動することができるということですか?」


 ミハエルが尋ねると、呪術師は頷いた。


「厳密には一つではありません。複数の術式が重ねて描かれ、複雑な構造の一つの術式となっているのです」


 重ねて描かれている術式のうち、どれがどの階に行くことができるものなのかは軍部の一級呪術師ですら解読が難しい状態なのだという。


 つまりここに常駐する呪術師たちはかなり優れた技術を持つ呪術師で、彼らは来客に合わせて発動術式を変え目的階まで案内すると共に、不法侵入者が自由に城の中を移動できないよう制御する役割を担っているのである。


「な、なるほど……さすが呪術大国、こんな風な術式の描き方があるなんて……」


 感心して這うような体勢で床の術式をじっと見つめるミハエル。そんな少年に苦笑しながら、呪術師は一行に向けて言った。


「さ、あなた方をディノ陛下がお待ちの階まで案内いたします。術式の上に立ってください」






 一体今は何階にいるのだろうか。転送術式での移動はポイニクス霊山の時と同じくあっという間のことだった。周囲には窓がなく、外を見て高さを確認することはできない。確かにこの転送術式の仕組みは城内の機密を守るという意味でよく機能していると実感させられる。


「お待ちしておりました」


 不意に目の前に人影が現れ、ルカたちは一瞬たじろいだ。


 その人物は一行に向かってうやうやしくお辞儀をしてみせる。赤紫色のローブに身を包み、顔の上半分をきらびやかな仮面で覆っている男。仮面舞踏会ヴェル・ムスケだ。


「ここから先は私が案内させていただきます。どうぞこちらへ」


 そう言ってすっと先導しだした。


 案内とは言うが、実質監視も兼ねてだろう。ここは王族の居住階、来訪者が不審な動きをしないか見張るつもりなのだ。


(いよいよルーフェイ王家に近づいてきたって感じだな……)


 ルカはごくりと唾を飲み込み、クレイジーが隠れている箱を見やる。


 彼は今どんな心持ちでいるのだろうか。師弟の関係とはいえ、ルカには何を考えているのかさっぱり分からなかった。


 そもそもクレイジーはほとんど自分の身の上を話さない。だから昨晩、ルカはクレイジーと昔馴染みだというラウリーに聞いてみたのだ。なぜクレイジーが「裏切り者」と呼ばれているかについて。


『そうか、それすらも知らないのか』


 ラウリーは驚いたようにそう言った。


『あいつは十二年前にある任務で失敗したんだよ。当時仮面舞踏会の筆頭を務めていたあいつだからこそ任された、決して失敗は許されない任務だったにも関わらず……な』


 ルカの知るクレイジーは「失敗」という言葉があまり当てはまらない男だ。いつだって飄々としていて、余裕があって、仲間にすら弱みを見せない。


 そんな彼が一体どんな任務なら失敗を犯すというのだろう。


 詳しく尋ねてみると、ラウリーは苦い表情を浮かべた。


『……エルメ様の暗殺任務だよ。当時先王ジグラル様に仕えていたクレイジーは、ヴァルトロに嫁いだエルメ様を秘密裏に殺すように命じられたんだ。だが、あいつにはそれができなかった。エルメ様はあいつにとって、物心ついてから彼女が政略結婚するまでずっと仕え続けた元主人だったんだ』


 任務に失敗したことでジグラルの信頼を失い、一度は刃を向けようとしたことでエルメからも不信を買った。そうして双方の刺客に命を狙われるようになり、重傷を負って逃げ延びていたところをノワールに拾われて今に至るのだ。


『あいつは裏切り者なんかじゃない。王家のお家騒動に巻き込まれた哀れな道化ってだけで、本当は誰よりもまっすぐなヤツなんだよ。まっすぐすぎて、他人から見たら狂っているように見える時があるだけなんだ』


 「まっすぐ」という表現がルカにはあまりピンとこなかったが、ラウリーは本心からそう言っているように見えた。


(ただ……それならどうして、ターニャはクレイジーが嘘つきだって言ったんだ)


 ますます分からなくなるばかりだった。


「ルカさん?」


 一緒に荷物を運んでいるミハエルに声をかけられてはっとする。


 いつの間にか重厚な扉の前まで来ていた。ここが目的地、現王ディノの部屋のようだ。


 現王ディノ——十二歳に満たない先王ジグラルの息子で、王位についているとは言えど政治は叔母のエルメに握られているという。血の繋がった親族に利用されているという意味ではミハエルと近い境遇の人物だ。


 ルカはミハエルと初めて会った時のことを思い出す。あの時のミハエルは狭い世界に閉じ込められ、孤独を紛らわすように読書にふけりながら、親の仇であるアディールのことを健気に信じ続けていた。


 ディノも同じなのだろうか。


 そう思ったところで、仮面舞踏会の男がゆっくりと扉を開けた。


 まず目に入ったのは、部屋中に積み上げられた大量の菓子、菓子、菓子。


 様々に混ざりあった甘ったるい匂いに、ルカは思わず口を押さえる。


(これが……この人が……!?)


 ルカの頭の中に膨らんでいた、薄幸の少年像はぼろぼろと崩れ落ちていく。


 部屋の中央には赤紫色の高貴な生地で仕立てられた玉座がある。そこには……まるまると太ったふくよかな少年王が、ふんぞり返って座っていた。



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