mission10-34 学者一行の入城
「しょ、正直、まさかあんな夜遅くに出した申し込みが通るとは思っていなくてだね……そそその、緊張というか、なんというか」
城に向かって先頭を歩くレオナルドは、ガタガタと震えながら同行するルカたちにそう言った。そんな彼とは裏腹に平静どおり女装している助手・ロビンが背後から小突く。
「はいはいチンタラ歩かないでくださいねー。遅刻なんてできませんよ。城門は限られた時間にしか開かないんですから」
「そうは言ってもねぇ、ロビンちゃん、私が城なんかに足を踏み入れるのっていつ以来だか知ってる?」
「さぁ? 少なくとも僕が助手になってからは一度も」
「そうだろうね! なんたってまだ私が若かった頃の博士号授与式以来だから!」
「あらあらそれはほとんど入ったことがないも同然ですね。あ、ほら着きましたよ」
ロビンは博士を適当にあしらった後で前方を指差した。
一行が今いるのは学府が位置する八番街の端、王城の東門に繋がる跳ね橋のかかる場所だった。対岸には街一番の大樹を彫るようにして築かれた雄大な王城が見える。高床のへりから下を覗くと、はるか下の方に淀んだ沼のようなものが広がっていた。底なし沼だ。これが天然の要害となって王城を守っているのである。
赤紫色のマントを羽織った兵士が二人立っていて、身分証を見せるよう要求してきた。
レオナルドは自らの研究員証を見せた後、ルカたちの方を振り返った。
今ここにいるのはルカ、グレン、ミハエル、そしてクレイジーの四人。ルカとミハエルは『
レオナルドはこほんと咳払いをすると、もったいぶった様子で兵士に向かって言った。
「……彼らが同行者だが、助手と薬師以外は急遽雇った異国の者たちだ。身分証は持っていない。……何しろ急だったものでね、入国許可庁の亀が這うごとく緩慢な手続きには申請できる余裕もなく」
「構わない」
「へ?」
ごまかすためにつらつらと言い訳を並べようとしていたレオナルドは一瞬拍子抜けする。兵士の方はいたって真顔だ。
「本件はレオナルド氏一行であることが確認できれば問題ないとのエルメ様からのお達しが出ている。ただ、積荷は確認させてもらうぞ」
そう言って兵士がヘビとクレイジーが入っている箱の蓋に手をかけようとした。
「おおっと、ちょっと待ってくださいな兵士さん」
妨げるようにして、ロビンは箱の上に腰をかけた。白衣の下からのぞく、男に見えないどころか並大抵の女よりも優雅な脚線美に、兵士は一瞬目を奪われる。その隙を見逃さず、ロビンは一気に畳み掛けるようにして言った。
「あまりご存知ないかとおもいますが、フタマタシロヘビは樹海の中の日光が一切当たることのない暗がりに生息しています。こういう明るい場所で箱を開けてしまうと、陛下にお見せする頃には弱って死んでしまうかもしれませんが、それでもよろしいので?」
「む……それは困る。何しろディノ陛下は伝説のヘビが生きて動くところを見てみたいと楽しみにしておられたからな」
「そうでしょうそうでしょう。それに、この子たちは生態がまだはっきりと分かっていない生き物です。今回は長年にわたる博士の観察の成果もあって運よく捕獲できましたが、もし死なせてしまったら次はいつ捕獲できるかどうか」
「わ、分かった! 特別に積荷の確認は無しとする。万が一その中に王家に仇なすものが含まれていた場合は全員問答無用で『底なし地下牢』行きだ。それだけは肝に銘じておけ」
兵士は折れると、懐から一冊の手帳のようなものを取り出しそれを開いた。すると手帳の中から飛び出すようにして呪術式の文様が浮かび上がった。兵士はそれに手をかざし、何やら上書きをするように術式の上で人差し指を動かすと、パタンと手帳を閉じた。術式はふっと宙に消え、手帳は一瞬光を帯びたかと思うとすぐに元に戻る。
「伝令術式ですね。おそらく対岸の兵士に連絡するためのものでしょう」
ミハエルが呟く。
ほどなくして、ギギギ……という音がどこからか響いた。
城の方を見てみると、こちらに向かってゆっくりと跳ね橋が下ろされようとしていた。
(ターニャたちは上手くやっているかな)
ルカはもう一方の組に分かれたメンバーのことを思い浮かべる。
ターニャ、ユナ、リュウの三人は武器商人とともに時間を置いて西門から城に入る予定になっている。彼女たちの役目は武器商人の取引相手である
ラウリーの酒場での作戦会議から一晩明けて、ルカは今朝ターニャと少しだけ話したが、例の「クレイジーが嘘をついている」ということについては彼女は詳しく話そうとせず、
「あたしはあの男についてはまだよく知らない。だから君の判断に任せるよ、ルカ」
ただそう言うだけだった。
クレイジーはクレイジーで何事もなかったようにけろりとしていて、今は箱の中で本当に人間が入っているのかも疑わしいくらいに沈黙を保っている。
やがて、ズゥゥンという軽い地響きとともに跳ね橋が架かった。
ルカが考え事をしているのを悟ってか、グレンがぽんと肩を叩いて小声で言った。
「今はとにかく進もうぜ。せっかく博士たちが協力してくれてるんだからさ」
視界の端に相変わらずガタガタと緊張して震えるレオナルドの姿が見える。
「……ああ、そうだね」
ルカは頷くと、ミハエルとともに箱を乗せた台車を運び跳ね橋の上を歩き出した。
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