mission10-32 ラウリーの酒場
クレイジーがラウリーの酒場に戻ってきたのはすっかり日が暮れた後のことだった。
その時間にはすでに仲間が全員集まってきていて、小さな酒場はすでに席いっぱいになっていた。ラウリーが気を利かせて酒場の扉に「本日貸切」の札をかけている。
ルカはクレイジーが待ち合わせの時間を超えて何をしていたのか聞きたがったが、「野暮用サ」とはぐらかされるだけだったので深くは立ち入らなかった。
「それで……みんなは城に入るための手がかりを掴めた?」
ルカの問いに、
最初に切り出したのはターニャだった。
「あたしたちは三番街の市場で
「そうだねェ。城の中もけっこう広いから」
「クレイジーさん。王城の中はどういう構造になっているんですか?」
「主には来客を迎える応接エリア、議会や公務で使われる執務エリア、そして王族の居住エリア。それぞれ立ち入り制限があって、無断で別エリアに入ろうとした者は仮面舞踏会によってもう一つのエリア……『底なし地下牢』行きさ」
クレイジーがわざと低い声で言うので、ミハエルは思わず身をすくめて息を飲む。
「……ということは、武器商人が入れるエリアはどこまでなんですか?」
「応接エリアまでだろうね。エルメに会って話をするならせめて執務エリアか、王族の居住エリアに堂々と入れる方法じゃないと」
クレイジーの言葉に、ルカはうーんと唸って腕を組んだ。
ルカたちが軍部で会った指揮官クラスの兵士の力を借りれば正面切って会いに行くことはできるが、その方法だと謁見待ちの長蛇の列に並ぶことになり、確実に会えるとは限らない。
「毎日確実にエルメに会えるのは仮面舞踏会かディノ王だけらしいからなぁ……」
「ディノ王?」
ルカの呟きにグレンがぴくりと反応した。
「それならいい手があるかもしれない」
皆の注目が集まる。
グレンは少しだけ得意げに話しだした。
「学府にはディノ王の家庭教師の募集がある。で、噂によると『あるテーマ』について詳しい学者は優先して採用されるらしい」
「それはどんなテーマなんですか?」
ミハエルが興味津々に食いつく。
「『
それは博識なミハエルでも聞き覚えのない呪術の名前だった。
その様子を見てクレイジーはくすくすと笑う。
「禁呪なんて物騒な……ディノ陛下も趣味が悪いねェ」
「クレイジーさんは知っているんですか?」
「ま、どんなものかだけはね。人によって生まれつき決まっている神通力の上限を引き上げるための呪術だよ」
「便利な術じゃないですか! それが何で禁呪に分類されるんですか……?」
「術式の発動方法が危険だからだよ。だからたいていの禁呪は呪術式の描き方や必要な触媒の情報が歴史の中で消し去られているはず。本来はその情報を求めること自体がこの国では禁忌にあたるんだけどねェ」
グレンは頷く。
「俺たちが知り合ったレオナルド博士って人も同じことを言っていた。だから気は進まないらしいんだけど……あの人はその禁呪の発動に必要な触媒の一つのありかを知っている。もし俺たちがどうしても王家に近づきたいんだったら、特別に協力してくれるってさ」
「レオナルドがグレンの両親に世話になったよしみでな」
リュウが付け加えると、グレンは顔を赤らめて俯いた。
「い、言わなくてもいいんだよ、そういうことは」
「それだけじゃ協力してくれる動機としては曖昧じゃないかい? そのレオナルドって学者は本当に信用できるのかな」
皮肉な響きがこもった問いであったが、グレンは冷静に答えた。
「人を騙すみたいな器用なことができる人には見えなかった。嘘つきって言われ続けてきた俺が保証するよ」
「ふぅん。そうは言っても中央都は嘘つきだらけだからなァ」
すると、ターニャがクレイジーに向かって鋭い視線を投げかけた。
「それは、あんたも含めて?」
彼女の言葉に一気にその場の空気が凍りつく。冗談を言うような口調ではない。ターニャの表情は真剣そのものだ。
「ちょっと待ってください、ターニャはクレイジーさんが嘘つきだって言いたいんですか?」
戸惑っているのはミハエルだけではなかった。ルカも、ユナも、その場にいる全員がターニャの突然の発言に動揺していた。ただ一人、クレイジー本人を除いて。
表情一つ変えないクレイジーに、ターニャは諦めたようなため息を吐く。
「……いいや、あんたが隠すつもりなら黙っておくよ。だけど、これだけは覚えておいて。あたしにはあんたの意志が見えている。いざとなったら……切り捨てるから」
「フフ……怖い人だねェ」
クレイジーがけらけら笑っていると、ターニャは「ちょっと頭を冷やしてくる」と言って外に出て行ってしまった。
「クレイジー、ターニャが言ってたのはどういうことなんだ。何かおれたちに隠し事があるんじゃないか」
ルカは問い詰めるも、クレイジーは肩をすくめるだけだ。
「さァ? それより今日はもう自由行動にしないかい。明日の方針はだいたい決まったでしょ」
グレンの提案通り、レオナルドの力を借りてディノ王に謁見する。そこからエルメとの話し合いに持っていく。それが確かに一番の近道ではある。
(けど……)
ターニャがクレイジーのことを嘘つきだと言ったことが、ルカの頭の中で引っかかっていた。
そんな彼の考えを見透かすように、クレイジーは言った。
「心配なら二手に分かれるといいサ。学者に同行する班と、武器商人に同行する班で。ボクは学者に同行する方につくよ。武器商人に同行しても王家には近づけないけど、何かあった時のために城の中に仲間がいた方が安心じゃない?」
彼はそう言うと、ぐっと伸びをした。
「すぐ近くに古い宿がある。そこなら宿泊客の身元なんて気にしないから、明日に向けてゆっくり休むといい」
クレイジーを始めとして、他の仲間たちもぞろぞろと酒場を後にする。
腑に落ちないルカがしばらくその場で考え事をしていると、ラウリーがすっと新しいグラスを差し出してきた。
「あっ、ありがとう」
グラスを受け取った後もラウリーはルカの側を離れず、じっと顔を覗き込んできた。
「君がルカ・イージスか?」
「そうだけど……」
するとラウリーはにっと歯を見せて笑った。
「話は聞いているよ。ルカって名前は記憶喪失の君にあいつが名付けたんだろう」
「うん。なんでこの名前にしたのかは聞いてないんだけどね」
そもそも自分の本名を名乗らずコードネームで呼ばせているような男だ、名前になんて興味がないのだろうと思っていた。
ルカがラウリーにそう言うと、彼はただ笑ってゆっくりと首を横に振った。
「その名前はあいつにとって唯一無二の大事なものなんだよ。自分では言わんだろうが、その名前がある限りあいつはきっと君のそばにいる」
「そう、なのかな」
「ああ。その名前はあいつを縛る呪いみたいなものだから」
そう言われて、ルカは苦笑いを浮かべた。
「呪いか……あんまりいい気はしないけど」
ラウリーは豪快に笑い飛ばす。クレイジーの古い知り合いとは聞いていたが、あまりクレイジーとは似た性格ではなさそうだ。
「許してやってくれ。あいつはその名の通り、変わってる奴なんだよ」
「それはまぁ……知ってる」
ルカも笑ってグラスに注がれた酒に口をつける。
もし自分が記憶を取り戻して名前を思い出したら、ルカという名はどうなるのか……そんなことを考えながら。
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