mission10-30 十四番街の真実



「ユナ、大丈夫か?」


 ルカに声をかけられて、ユナは自分が上の空だったことに気づく。


 二人は男から王家の現状について聞けるだけ聞きだした後、彼の家を後にした。今は仲間との待ち合わせ場所である十九番街の酒場に向かっているところだった。


「ごめん、ぼうっとしていたみたい。なんだか変な感じで」


「そうだよな、を聞いたんだから……」


 珍しく、二人の間に言葉が続かなかった。


 日が暮れたせいか、木々に囲まれた中央都の闇は一層深くなり、洞穴ホタルの灯りがぼんやりと街を照らしている。夜行性の虫がゆったりと舞い、時折白く発光するのがどこか幻想的な光景だ。


 そんな夜の中央都を歩きながらユナは男の話を思い浮かべる——






 男はよほど自分の罪が国中に広まることを避けたかったらしい。


 一切迷うことなく、むしろ助け舟を差し出されたと言わんばかりの勢いで食いつき、ユナの持ちかけた取引を受け入れた。


「で、何が聞きたいんだ?」


 ユナは慎重に言葉を選びながら最初の質問を投げかけた。


「まずは……王家がヴァルトロからの宣戦布告を受け入れた理由について、何か知っていることがあれば教えてください」


 二国間大戦後、国力が衰えているルーフェイと、むしろ勢力を伸ばしてきたヴァルトロとでは戦力の違いは歴然だった。


 それでもなおルーフェイが応戦の姿勢をとるのには、当然それなりの理由があるはずだ。


 ユナたちはそれが破壊神の存在ゆえだと知っている。ジーゼルロック封神殿にルーフェイ王家が破壊神を隠していて、ヴァルトロの覇王マティスがそれを滅しようとした一連の流れを目の当たりにしているからだ。


 ただ、ルーフェイが破壊神を戦力として保持していること自体が国民に知らされているかは分からない。


 案の定、男はこう答えた。


「俺の立場で言えることじゃないが、あれは間違いなく失策だよな」


 今のルーフェイには戦争に耐えうるだけの兵力はない。近ごろ軍は王家からの指示で急遽人員を増やしているが、いずれも戦闘経験も呪術の心得も持たない者たちばかりで、急いで訓練を積んだところでヴァルトロの機械兵器に蹴散らされるのが目に見えている状況だという。


「さすがのエルメ様も、別れた夫から喧嘩をふっかけられて冷静じゃいられなくなったんじゃないか? それでもお父上のジクード様や兄上のジグラル様よか冷静なお人だと思っていたが」


「その、ジクード様とジグラル様というのはどんなお人だったんですか?」


「お二人とエルメ様は血の通った家族とはいえ方針はまるで逆だよ。エルメ様が国内の問題に目を向けた政治をされるのに対し、お二人は国外にいかに勢力を伸ばすかを重視されていた。産業や資源に乏しい土地に依存することなく国を繁栄させようとしていたんだ。多少他国に対して強引なところはあったが、あのお二人のおかげでルーフェイが大国になれたという事実に違いはない」


「じゃあその逆だっていうエルメの方針は」


「エルメ様は国内の問題をまず優先される。端的に言うと、貧困問題だな。ヴァルトロに嫁ぐ前から貧困層に向けた慈善活動をされていたから、彼らの支持がすごいんだ。楯士団に続々と貧民街からの志願者が集まっているのも、エルメ様がお声がけされた影響らしい」


 そこまで話して、男はハッとしたような表情を浮かべた。


「そういや最近検診を受けた貧民街の兵士たちが口を揃えて変なことを言ってやがったな。もうすぐ救いがやってくる、自分たちがそれを担う、って」


「救い?」


「ああ。詳しいことはよく分からないが、それがあるから戦場に赴くことも怖くないって話だ」


 ルカとユナは顔を見合わせる。


 破壊神信仰が根付いた貧民街の人々が言う「救い」。おそらくそれは王家が保持する破壊神と無関係ではないだろう。やはりヴァルトロとの戦争の最中に破壊神を使って何かをする気であるのは間違いない。


 だが、なぜあえて戦場を選ぶのだろうか。


 単純に世界を終焉に導くだけであれば、破壊神が覚醒している今ならいつでもできるはず。


 つまり、今すぐに動けない理由が何かあるということだ。


(まだ間に合う可能性がある……破壊神の力を使われる前に王家を説得しさえすれば)


 それから、ルカたちはエルメに会って話をする方法について男に尋ねた。


「うーん、難しいことを聞くなぁ……」


 男は腕を組んでため息を吐く。


 まず軍部から王城に出入りできる人間はごくわずかで、彼のような指揮官以上のクラスでなければ城門を通してもらうことはできない。


「俺の紹介であんたらを連れて行くことはできるが、中に入れてもエルメ様との謁見が叶うとは限らない。毎日行列ができていて、エルメ様の気まぐれで名前を呼ばれるのを待つことになるんだ。朝から並んでいても結局お会いできずに帰ることだってざらにある。毎日確実にエルメ様にお会いできるのは側近の仮面舞踏会ヴェル・ムスケと、あと一人だけさ」


「それは一体……?」


「現王ディノ様だよ。ジグラル様の第二皇子で、政治のせの字も分からん幼い子どもだがな。実質実権を握っているのはエルメ様だが、後見人という立場として一応毎日ディノ様にお伺いを立てに行かれるんだよ」


 話しているうちに日が暮れ始めていた。


 そろそろこの場を後にして十九番街に向かおうとした時、男はユナに向かって声をかけた。


「コーラントの姫さまよ。あんた、脇腹にあざはあるかい」


「いえ……何もないですけど」


 なぜ急にそんな話をするのだろうか。戸惑うユナと裏腹に、男はホッとしたような表情を浮かべて自らの上着の裾をまくった。彼の脇腹にはうっすらと赤紫のあざができている。


「うちの家系はみんなここにあざがある。無いってことは……まぁ、言わなくても分かるよな」


 男のその言葉に、ユナはなんと返せばいいのかわからなかった。


 ただただ呆然として、何も考えられなくて。


「……はい」


 そう短く返事をして、男の家を後にしたのだった。






 自分は、正統な血を引くコーラントの姫である。


 異国の地で突如判明した事実は喜ばしいものであるはずが、案外すんなりと受け入れられるものでもなかった。


 もちろん安堵する気持ちもあるが、一方でどこかぽっかりと胸に穴が開いたような心地もした。


「……結局、何か変わるわけじゃないんだよね」


 ユナはぼそりと呟く。


「私がお父さんの血を引いていようと、引いていなかろうと、これまでお父さんとお母さんに大切に育ててもらったことは何も変わらないし、私が国のみんなに嫌われていたことだって何も変わらない。それに、今ルカたちと一緒に旅を続けているってことだって、変わるわけじゃない」


 それはルカに向かって話しかけているというよりも、自分自身に確かめるために問いかけているような口調だった。


「なのに……なんでだろう。何かを得たというより、何かを失ったような気になるんだ。変だよね。新しいことを一つ知ることで、増えるじゃなくて減るだなんて」


 まぁ今はちょっと驚きで頭の整理ができていないだけだよね、とユナは笑ってごまかす。


 だが、ふと隣を歩くルカの方を見て、ユナはどきりとした。


 自分のことではないのに、ルカはどこか寂しげな表情を浮かべていたのだ。


「おれは、変だとは思わないよ。何かを知ることで前の自分に戻れなくなる……そういうこともあると思うんだ」


「……ルカ、何かあったの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど」


 煮え切らない返事をするルカに、ユナは首をかしげる。


 彼女の視線から逃げるように、ルカは少し進んだ先にある小さなツリーハウスを指差した。


「あ、あれじゃないかな、待ち合わせの酒場」


 色とりどりの酒瓶が並んだ古びた建物の前で、ターニャがこちらに向かって手を振っていた。


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