mission10-23 ルーフェイ中央都



 ルーフェイ中央都は、アルフ大陸中央部の樹海の中で発展した呪術大国ルーフェイの首都である。


 そこへ行くためにはアルフ大陸に点在する村や街から繋がる街道を通るのが一般的だ。でないと首都にたどり着く前に樹海で道に迷い、そのまま出られなくなってしまうと言われている。


 だが街道にはいずれも関所があり、特に世界情勢が不安定な時期は通行人は厳しく取り調べを受ける。ルーフェイ人であっても中央都の関係者でなければ通してもらえない場合もあるようだ。


 そんな中、元・仮面舞踏会ヴェル・ムスケの一員を含む義賊の一行に、国際的指名手配犯である銀髪女シルヴィアが同行しているとあっては当然通過することはできないだろう。


 だからこそルカたちは、鬼人族たちのみが知る抜け道を通って中央都に向かうことにした。


 抜け道の入り口は鬼人族の里の中にあった。里の一箇所に溶岩が滝のように流れている場所があるのだが、その溶岩の滝の裏に空洞ができていたのだ。


「まさか、ここを通るんですか?」


 その場所をテオに案内された時、ユナは不安げに尋ねた。


「ああそうだよ。ファーリン、見せてあげて」


 するとファーリンは平然と溶岩の滝の中へと歩いていく。そして溶岩をものともせずに滝の向こう側へと姿を消した。


「鬼人族の皮膚ならここの溶岩の温度にも耐えられるんだ。普通の人間が触れたら火傷じゃ済まないけどね」


「なるほど、どうりで仮面舞踏会でもこの道を把握していないわけだねェ」


 坑道の奥で出会った鬼人族の仮面舞踏会の一人・シリーであれば知っていたかもしれないが、クレイジー曰く「あの子は良くも悪くも無口」なので黙っていたのだろうという。


「で、教えてもらったはいいけどどうやって通ればいいんだ……?」


 ルカが首を傾げていると、テオはにっこりと微笑み「アーチを作るんだよ」と言った。


「アーチって、まさか——」


 いつの間にか里の鬼人族たちがぞろぞろと周囲に集まっていた。彼らは続々と溶岩の滝の中に入っていくと、二人ずつ両手をつないで頭の高さに掲げる。


 鬼人族たちの腕によるアーチの完成だ。もし誰か一人が力を緩めたりしたら溶岩がこぼれ落ちてその場で消し炭になってしまう。ルカたちは彼らの気が変わらないうちにと急ぎアーチをくぐり抜けた。


 その道の先はポイニクス霊山の中を通る山道になっており、山を降りたところで少し獣道を通ると街道に出るのだという。そこから先、中央都まではさほど遠くはない。


「さ、行っておいで。中央都ではくれぐれも気をつけてね……特に、仮面舞踏会には」


 そうしてテオたちに見送られ、ルカたちは鬼人族の里を後にしたのだった。






 抜け道を超えて街道に合流したところで、ミハエルはテオにもらった中央都周辺の地図を開いて現在位置を確認した。


 ここはヤオ村やウンダトレーネの森と中央都をつなぐ、ポイニクス霊山南東のラクンダグ湿原を通過する街道だ。


 今自分たちはラクンダグ湿原の四分の三を過ぎ、中央都寄りの場所にいる。関所はウンダトレーネの森とラクンダグ湿原の境にあるのですでにだいぶ離れている。関所の兵士たちに気づかれることはないだろう。


「とはいえ、ここから先で気を抜いちゃダメだよ。中央都の人間はよそ者に敏感だから。なるべく人目につかないようにするには、まずはルーフェイ流のマナーに慣れることだね」


「マナー?」


 クレイジーは頷くと、自分たちの足元を指した。


 ここは湿地帯だ。地面には水分が多くぬかるんでいる。一行の靴はすでに泥だらけだったが、クレイジーのブーツだけはあまり汚れていなかった。


「中央都では泥水の足音が嫌われるから、なるべく音を立てないように静かに歩くといいよ。そうするだけでもずいぶん居心地が変わるはずサ」


「居心地と言えば……クレイジーはどうするんだよ」


「ん、なんで?」


 ルカの問いにクレイジーはきょとんと首を傾げた。


「仮面だよ。そんなのつけたまま中央都に入ったら、自ら仮面舞踏会の関係者だって言ってるようなもんだろ。あんた裏切り者として命を狙われてるんじゃなかったっけ」


「あァ、確かに……」


 納得したのか、クレイジーは自らの仮面に触れる。ついに彼が素顔を晒すのか——思わず息を飲むルカたち。その様子を見てクレイジーはにやりと微笑むと、パッと仮面から手を離してしまった。


「残念、外さないよ。心配ご無用、中央都はボクにとっては庭のようなものだからね。人に見つからないような道ならいくらでも知ってるんだよ」






 道なりにラクンダグ湿原を進んで行くと、徐々に周囲は背の高い木に囲まれ、空は木の葉で覆い隠されて薄暗い原生林の中の景色となった。


 木々の隙間を縫うようにして草木が鬱蒼と生い茂り、地面や倒木には苔が生えていて全体的に深い緑に包まれている。


 時折やけに羽の大きなトンボのような虫が飛んでいたり、ひょろっと長い白キノコが群生しているのを見かけた。グレン曰く、いずれも呪術の触媒に使われる希少な素材のようだ。


 やがて前方にひときわ大きな樹の影が見えてきた。よく見るとそれは樹の形をした城のようだった。ところどころ窓が開いていて、そこから明かりが漏れている。


 大樹の城の周囲にはツリーハウスがいくつも立ち並んで集落を形成していた。水はけが悪い土地柄なため、こうして高床にして元ある木々を支柱に建てられた建物が多いのである。


 木の葉に遮られて昼間でも薄暗いので、木々を結ぶようにしてワイヤーをかけ、そこにランプが吊るされている。ランプの中の光は火ではなく呪術式によって留まる洞穴ホタルだ。火災防止のため、中央都ではあまり火を使うことがないらしい。


 街の入り口である木組みの高床広場に登る階段の下まで来ると、クレイジーは立ち止まって言った。


「今日は一日の半分が過ぎていることだし、ひとまず情報収集して終わりにしようか。ねェ、ルカ」


 ルカは頷く。


 この街に来た目的は二つ。


 一つはクレイジーたちが担っていた当初の任務で、ルーフェイ王家が破壊神を使って何をしようとしているのかを探ること。


 そしてもう一つは、ポイニクス霊山の噴火を止めるために女王エルメの鏡の力を借りること。


「いずれにしても、何かしら王家に近づく方法がなきゃいけない。そのための情報収集ってことだね」


 ターニャの言葉に、クレイジーはにっと紫色の唇を吊り上げた。


「その通りだよ銀髪ちゃん。あの城はそう簡単には中に入れないようになってる。さすがのボクでも不法侵入はたぶん無理だ。だったら、正面から入れる方法を何か探す。しばらくこの街には来てなかったから今どういう状況なのかよく分からないけど、商人や学者、軍人の中には定期的に出入りが許されている人間がいるはずだ。彼らを利用してボクらも中に入れないか手分けして探ってみよう」


 そう言って、彼はルカたちを組み分けした。


 ターニャとミハエルは市場のある三番街、グレンとリュウは学者たちが集まる八番街、ルカとユナは軍部のある十五番街。


「クレイジーはどうするんだ?」


「ボクはこの通り表立って行動できない身だから、影で単独行動とさせてもらうよ。情報収集は君たちに任せる」


 クレイジーはひょいと身軽に跳躍すると、近くにあった木の上に登り、そこからルカたちに向けて言った。


「じゃ、陽が落ちたら十九番街の酒場に来て。そこで待ち合わせよう。君たちの成果に期待しているよ」


 そして木陰に紛れるようにして姿を消してしまった。


「ほんっと、つかみどころのない人だよね」


 ターニャが呆れたようにぼやく。


「おれもそう思うよ……けどここじゃあの人が一番頼りになるのは間違いない。ひとまず信じて、おれたちも行こうか」


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