mission10-14 坑道奥の駆け引き
その場の空気は緊張感に満ちる。
鬼人語が分からないルカたちはリュウに翻訳してもらいながらクレイジーと鬼人族の
シリーが「
「
クレイジーが聞き返すと、シリーは頷いた。
「ほう……
「
「
するとシリーは先ほどシルバーゴーレムを粉砕した大槌を一振りした。ブンと風を切る音が響き、ルカたちはとっさに身構える。見るからに重そうな武器だが、それを片腕で支えて飄々と振り回す。並外れた腕力だ。鬼人族だから他の者たちと同様筋力が上がっているのだろうが、彼が放つ威圧感は他の鬼人族たちとはまた別のものだった。
「
クレイジーはあからさまにため息を吐くと、わざと鬼人語ではない通常の共通言語でぼそりと呟く。
「やれやれ……わざわざそんなことを言わなくても、お人好しなボクたち義賊は霊山を助けてあげようとしてるのにねェ。素直に礼も言えないのかな、この人たちは」
「
シリーが仮面の奥から鋭い眼光でクレイジーを睨む。
「おっと……
クレイジーの答えに満足したのか、シリーはくるりと背を向けてその場を去ろうとした。クレイジーはふと思い出したように「あ、そうだ」と呟き引き止める。
「
シリーは振り返らないまま、低い声で言った。
「……
次の瞬間、彼は地面に何かを投げつけた。白い煙が立ち上る。煙幕だ。
「ははっ……顔ならいつも隠してるんだけどねェ」
クレイジーがそうぼやく時には煙幕は切れ、シリーはどこかに姿を消していた。
「いいのか、あいつのこと放っておいて」
心配するルカに、クレイジーは「大丈夫」と頷いた。
「シリーは王族の命令どおりにしか動けない子でね。おおかた、ポイニクス霊山の異常に気づいたものの他の任務があって動けないんだろう。だからわざわざ姿を現してあんな嫌味を言いにきたってわけ」
「ええと、それはつまり……?」
「ボクたちは当初の予定通りスウェント坑道の奥で悪さをしているヴァルトロの人たちを叩けばいい。その間、ボクらがルーフェイの領地に足を踏み入れても暗殺せずに見逃してくれるってさ」
ただそれだけだとさすがに分が悪いと感じたのだろう。だから先ほどクレイジーがシルバーゴーレムにやられそうになった時に助けに入ったのだ。それがクレイジーの仕掛けた、尾行者をおびき出すための罠だと知っていても。
お互いがお互い裏の探り合いになっていて、考えるだけで頭がこんがらがりそうだ。
「……なんか、仮面舞踏会ってめんどくさい奴らばっかりだな」
「本当だよねェ」
あたかも自分は違うと言わんばかりのクレイジーに対し、あえて突っ込みを入れる者は誰もいない。
「なぁクレイジー。前から聞きたかったんだけど、あんた仮面舞踏会にいた時に一体何をしたんだ? ハリブルといい、さっきの奴といい、エルメといい、よっぽど嫌われているみたいだけど」
「別に大したことじゃない。むしろボクは被害者のほうなんだけど、誰もそれをわかってくれないんだよねェ。……ま、気が向いたらいずれ話すよ」
彼はそう言ってすたすたと前を歩き始めた。いずれとは言うが、いつもそんな調子ではぐらかして本当のことなど話してくれたことは一度もない。
(おれって信用されてないのかな……)
ルカは小さくため息を吐くと、彼の後を追って歩き出した。
道中、破壊の眷属の特異種たちを相手しながら進んでいくうち、リュウがふと立ち止まった。
「どうした?」
「何か……聞こえる」
一行の中で、鬼人族の血が流れているリュウは最も優れた知覚を持つ。リュウがじっと耳を澄ませるのを、ルカたちも立ち止まって見守った。
「何かを叩く音だ……ずっと同じペースで響いている……キッシュの街でよく聞くような……。窯のようなものの中で響く炎の音も聞こえる。音がする方から、かすかに炭の燃えるようなにおいもする」
「それって、誰かが坑道の奥で鍛治でもやってるってことか?」
「分からん。ただ、物音は他に聞こえない」
「ってことはヴァルトロの……鍛治と言えば、アランか……!」
四神将の一人であり、"
そのアランが部下に火口の岩盤を破壊させて運ばせて、坑道の奥で何か作業しているというこの状況……嫌な予感がする。
少なくともそれがルーフェイとの開戦準備に関係のあることなのか、あるいはそれよりも優先度が高い何かであることは間違いない。
「急ごう!」
ルカたちは駆け出し、音がする方へと向かった——。
***
「できた……できたぞ!」
アランは自らの手で打ち直した大刀を掲げ、それをうっとりと眺める。冷えて藍色のような深みのある黒をたたえた
あとは刃の根元に空けてあるくぼみにマティスの神石をはめ込むことで完成する。
「ヒャハハ……ヒャハハハハハ……! あの世から見てるか、ヴェルンドのじじいよ! やっぱり俺が一番だ! ガザなんて足元にも及ばねえ! これでようやく証明してやれる……!」
ここ数日一睡もせず作業に集中していた反動か、アランの気分は高揚としていてスウェント坑道全体に響き渡るほどの声で笑い続けていた。
それはもう、部下が十回以上呼びかけても気づかないほどに。
「アラン様、アラン様!」
息が切れたことでようやく部下の呼びかけに気づいたアランは、悦に浸っていた至福の時を邪魔されたことへの苛立ちを露わにしながら振り返る。
「ああん? こんな時に何の用だ」
「も、申し訳ございません……! ですが、何者かがここまで近づいてきており……!」
部下の報告の途中、アランは機械でできた左腕でその部下の頭をむんずと掴んだ。
「ひぃっ!?」
「ええいうるさい、大声を出すな! 頭に響くんだよ……! いいか、俺は今からこの武器をマティス様の元に転送しなきゃなんねぇ! 手が離せねぇんだ! ここに近づく奴らの始末くらい、お前らでなんとかしろ!」
「ででですが……」
報告義務をきちんとこなしたにも関わらずアランの怒りに触れることになった兵士は、哀れな小動物のように頭部をつかまれたまま小刻みに震える。
アランはわざとらしく深いため息を吐くと、自らの背後に置かれているものをくいと顎で指した。
「あれをやる」
「あれは……まさか……!?」
一般兵士に過ぎない彼はアランの指し示したものの正体を悟ってさらに身震いする。神通力の高い一部の兵士にしか支給されないはずの高性能な鎧、骸装アキレウス。
「あれは焔流石が馴染むかのテストのために作った改良版だ。お前のようなボンクラでも動かせるように調整してある。ちょうどいいから実験してみようじゃねぇか、んん?」
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます