mission10-13 金と銀



 ルカたちは鬼人族とヴァルトロ兵との戦いの場をくぐり抜け、兵士たちが逃げた奥の道を辿った。火口から離れていくにつれ徐々に温度は下がり、神石との共鳴も徐々に元に戻ってきている。


 とはいえ、鬼人族の里側とスウェント坑道側では洞窟の様子が少しだけ違うようだ。ユナは鳥肌立つ腕をさすりながら呟いた。


「なんかここ、嫌な感じがするね……火山の暑さは残ってるのにひんやり底冷えする感じが混ざっているというか」


 グレンも頷き同意する。


「これさ、なんかジーゼルロックの時に似てねえか? 確かあの時は破壊神が封印されてたから、空間が穢れて寒気がしたんだよな」


 ユナとグレン、二人の会話を聞いてルカはふとあることを思い出す。


 スウェント坑道の奥と言えば、ガザの師匠であるヴェルンド=スペリウスが破壊神の神石を掘り当てた場所だ。


 ヴェルンドははじめその石が創世神話に伝わる『契りの神石ジェム』であることに気づいていなかった。だが、その石から発せられる禍々しい妖気から危険なものだと判断し、禁忌として封じていたのだという。


 やがてヴェルンドの弟子だったアランがそれを武器として加工しようとして石の力を暴走させてしまい、石に取り込まれかけた彼を救うためにガザはアランの左腕を切り落とした。


 だがその後二国間大戦の最中さなかになると、取り憑かれたように武器を量産していたガザが最強の武器を目指し、その石で最初の神器を作った。


 そしてそれがヴァルトロの王子・ライアンの手に渡り、何がきっかけだったのかは分からないが戦場で彼は禁忌の領域タブーに触れ、破壊神となって『終焉の時代ラグナロク』を引き起こしたのだ。


「つまりここは破壊神の神石にとってはすべての始まり、いわば故郷みたいなもの……だからこそ破壊の眷属たちも一段と強いってわけか」


 するとクレイジーは一人楽しげに笑う。


「ふふ……君たちが感じるのは穢れの気配だけかい?」


「他にも何かあるのか」


 ルカたちは顔を見合わせるが、クレイジーの言葉の意味については誰もピンときていないようだ。


「やれやれ。気づかないならしょうがないねェ。それならボクも気づかないふりをしておこうかな」


「なんだよ、もったいぶってないで言えよ」


「そんな余裕ある?」


 クレイジーがそう言った瞬間、急に地面が揺れだした。


 ズゥゥゥゥゥゥン…………


 ズゥゥゥゥゥゥン……


「これは……!」


 ユナは唇を噛み締め、腕輪型の神器に手をかざす。


 どこからか響く重低音は以前スウェント坑道を通った時に遭遇した破壊の眷属の特異種・ゴーレムの足音と全く同じだった。


 ユナにとっては苦い思い出のある敵だ。


 あの時はまだ神石の扱いに慣れていなくて、ゴーレムと遭遇する直前の戦いでルカとアイラを眠らせてしまった。逃げるしかない——そんな状況の中、神石の中に宿るジーンがルカの身体を動かし、なんとか窮地を脱することができたのだ。


 今はあの時よりもたくさんのミューズ神の歌を歌えるようになり、頼りになる仲間が四人もいる。今度こそはちゃんと立ち向かう、そう意気込んだその時だった。


 音が近づいてきて、坑道の暗がりの中から姿を現したそれは——くすんだ黄金の色をたたえていた。


「あれ……? 色が、違う……?」


「ははは。あれは特異種・ゴールデンゴーレムだねェ」


 軽い口調でクレイジーはそう言った。


「クレイジーさん、知っているんですか?」


「ゴーレムたちを束ねるリーダーがスウェント坑道の奥にいるっていう噂だけはね。うちの義賊に何度か討伐依頼が来てたけど、誰も達成できてなかったんだ。なんでかわかる?」


 ユナが首を横に振ると、クレイジーはにぃっと口の端を吊りあげた。


「滅多に巡り会えないのと……巡り会えてもられちゃうから、だよ!」


「わっ!?」


 クレイジーはユナの頭をぐいと摑んで彼女を無理やり伏せさせると、右手にいつの間にか持っていたナイフを彼女の頭上からゴールデンゴーレムに向かって投げつけた。ナイフはゴーレムの身体を形成している岩の隙間に突き刺さる。


「さぁて、最初から派手に行きますかっ!」


 クレイジーがパチンと指を鳴らす。するとナイフが刺さっている場所で小さな爆発が起きた。


「グォォォォォォ……!」


 ゴーレムの岩の隙間から黒褐色の液体が噴き出て、周囲はヘドロのような悪臭に満ちる。ルカは思わず鼻を覆って抗議した。


「何にも言わずにいきなり攻撃するなよ!」


「むしろ君たちは何をぼーっとしているんだい。今がチャンスなのにさァ」


「ちっ……」


 確かにクレイジーの言う通り、爆発の影響でゴーレムの動きが鈍っている。


 ルカ、グレン、リュウの三人はすぐさま武器を構えた。


(どっからどう見ても敵は頑丈だ。おれの大鎌じゃたぶん全然効かないけど、磁場で強化されてるリュウの腕力と、水を司るグレンの神石サラスヴァティーを上手く使えば……よし!)


 ルカは瞬間移動ですぐさまゴーレムの間合いまで踏み込むと、大鎌を振るい何度も峰打ちを食らわせた。大したダメージにはならないが、挑発には十分だったのだろう、やがてゴーレムは威嚇の咆哮を上げて巨腕をルカに向かって振り上げる。


「ユナ! カリオペの歌を頼む!」


「わかった!」


 薄桃色の光に包まれたルカは、ゴーレムの腕を大鎌で引っ掛けるようにして受け止めた。強い衝撃に骨が軋むかのような感覚がしたが、カリオペの歌の力で守られているおかげでなんとか耐えられる。


「今だ! グレン、リュウ、狙え!」


「おう!」


「ああ! 今度こそ失敗しない……!」


 グレンは水精の鍵と呼ばれるヤオ村に伝わる弓を引き絞り、群青の光でできた矢を放った。サラスヴァティーの水の力を帯びたその矢は勢いよく宙を駆け抜け、ゴーレムの頭部と胴体の隙間に命中。


「グアッ!!」


 よろめく巨体に体勢を取り戻す隙は与えない。雷神トールの力を解放し、全身に雷の力をまとったリュウが棍でゴーレムを横腹から突き倒す。


「タレイア、力を貸して!」


 ユナがタレイアの歌を歌い上げると、リュウの全身には一層力がみなぎった。


「うおおおおおおお!」


 もう一発、雷をまとった重い拳がゴーレムの身体を打ち砕く。


「グ……グググ…………」


 短い唸り声を上げたのち、ゴールデンゴーレムの身体は黒い炭と化していった。


「終わった、か……?」


 ひと息つこうとした時、再びどこからか地響きの音が響いた。


 ズゥゥゥゥゥゥン…………


 ズゥゥゥゥゥゥン……


「どこかにもう一体いるのか……!?」


 周囲を警戒するルカたち。一方、クレイジーはふと思い出したようにのんきな口調で言った。


「ああそうそう、言い忘れてたけどゴールデンゴーレムってのは実はシルバーゴーレムとのつがいで」


「クレイジーさん、後ろ!」


「ありゃ?」


 振り返ると先ほどのゴールデンゴーレムを凌ぐほどの巨体が身構え、くすんだ銀色の両腕を組んでクレイジーに向かって振り落とそうとしていた。


「危な……!?」


 ズドォン!


 それはまるで、巨大な杭が落とされたかのような鈍い音だった。クレイジーを襲おうとしていたシルバーゴーレムは急にその場に崩れ落ち、巨体の面影はなく粉砕。黒い粉塵が飛び散って視界を遮り、何が起きたのか確認することができない。


「ふふ……ヒ ワ セッデ シュッ ライ アア痺れを切らして出てきたのかい?」


 クレイジーが余裕のある声音で聞き慣れない言葉を発するのが聞こえる。彼と共に行動していた時間が長いルカでさえ、その言葉を聞くのは初めてだった。


「なんて言ってるんだ……?」


「あれは鬼人語だ」


「え!?」


 確かに里では鬼人語を知っている風なことを言っていたが、なぜ今この場で彼がその言葉で話しているのか。


 分からずとも、考える必要はなかった。


 シルバーゴーレムの粉塵が消え、クレイジーが誰に向かって話していたのかが分かったからだ。


 シルバーゴーレムがいたはずの場所に立っていたのは、身の丈以上の大槌を抱えた、クレイジー以上に背の高い大柄な男だった。全身ローブに身を包んでいて容姿が見えないが、彼が降り積もった粉塵を払うためにフードを脱いだことでルカたちは息を飲む。


 鼻から上を陶器の仮面で隠し、額には二本の角、そして血のように赤い皮膚。


「お前は……! あの時ハリブルと一緒にいた……!」


 グレンにとっては忘れられるはずもない。現れた男は、ハリブルに唆されてジーゼルロック封神殿の扉を開けてしまった時に彼女と共にいた仮面舞踏会ヴェル・ムスケの一人だ。


 グレンは再び弓を構え、男に向かって矢を放とうとしたが、それを遮るようにクレイジーはすっと腕をあげる。


「なんで……!」


 クレイジーはグレンの方を顧みず、シリーに向かってボソボソと鬼人語で話しかける。


シ カイ クン キュウ、シリー久しぶりだね、シリータオ リー ケン モッ カンジュ エどうりでいやーな視線を感じたわけだ


「……」


エルメ メイ クン リゼッシャ サツ エルメに言われて裏切り者を殺しにきたのかい?」


 するとシリーと呼ばれた男はゆっくりと首を横に振り、低い声で言った。


イー、シ サク アン タイ クン、ハイセいいや、あんたに貸しを作りに来たんだ、先輩


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