mission10-12 ヴァルトロ兵の行き先
火口に近づくにつれ、周囲の光景はところどころに流れるマグマの反射で赤みを帯び、じりじりと蒸されるような暑さを感じるようになった。ゴポゴポと響くマグマの音はまるで大地そのものの鼓動のように聞こえ、自分たちが火山の中心地に向かっているのだという実感が増す。
「本当に不死鳥ってのが住んでてもおかしくない場所だよなぁ」
ルカがそう呟くと、テオは「そうだろう、そうだろう」と深く頷いた。
「不死鳥の存在は誰もその目で見たことがない。だから迷信だと言われることが多いけど、僕は本当にいるんじゃないかと思っている。目に見えるものだけが全てではないからね。鬼人族についての研究を進めるうちに、いつか不死鳥を見つけること……それが僕の夢でもあるんだ」
彼はすぐ近くに転がっていた石を拾うと、持っていた小型のハンマーでそれを叩いた。するとまるで殻のように外側だけがパカリと割れて、中から崩れた炭のような物質がこぼれ出た。
「これは?」
「外側はマグマが冷えて固まったものだけど、内側の炭についてはポイニクス霊山頂上付近にだけ生えている植物の繊維や、高山ジカの骨や皮が含まれている。これは何かの生き物のフンなんだ。だけどこの山に住む生き物たちは本能的に危険を察知していて、基本的にはマグマに近寄らない」
「それってつまり……このフンが不死鳥のものかもしれないってこと?」
「あくまで仮説にすぎないけどね。もしかしたら不死鳥以外の未知の生物かもしれないし、真実はもう少し調べてみないと分からない。だけど、いずれにせよ世の中には僕たちが知らないことがまだまだたくさんあるんだ。だから学者の僕は研究を続けるし、君たち旅人は冒険を続ける。そうだろう?」
テオと話している途中、目の前を歩く鬼人族たちが急に立ち止まった。彼らは鬼人語で何かを話している。
「母さん、何があったんだ」
リュウが前方にいるファーリンに呼びかけると、彼女は振り返り、リュウにこっちに来るようにと手招きした。リュウにつられてルカもファーリンの側へと近づく。
そこから見えたのは、赤々と燃える火口付近を取り囲むようにして配備された濃紺色の軍服——ヴァルトロの兵士たちだ。
「テオ! あんたが言ってたのはあいつらのことだろ。やっちゃっていいかい?」
目を輝かせながら号令を仰ぐ妻に、テオはにっこりと微笑んでなだめるような口調で言った。
「ファーリン、ほどほどにね。彼らにも帰りを待っている家族がいるんだから、生きてここを出られるように」
「分かった! 生きてさえいりゃいいんだね! 行くよお前たち!」
「ウオオオオオオオオオ!!」
「……あらら」
テオがすべてを言い切る前にファーリン率いる鬼人族たちは一斉にヴァルトロ兵たちに襲いかかった。不意打ちで敵はうろたえてはいるものの、精鋭が集まっているのか彼らは逃げることなく立ち向かってくる。そう簡単に退いてはくれなさそうだ。
「おれたちも加勢するか!」
ルカは胸元のネックレスに手をかけるが、その肩をクレイジーがぽんと叩く。
「ちょっと待った。あれを見てごらん」
彼は長い指で乱戦状態になっている火口付近の奥の方を指し示した。ほとんどの兵士たちが急に襲ってきた鬼人族たちに相対しているが、一部の兵士たちは戦わずに奥の方へと何かを運んで逃げて行くのが見える。
「あいつら何やってるんだ?」
「うーん、台車を引いているみたいだけど」
ルカたちにつられて奥の方へと視線を向けたテオは、兵士たちの様子を見てはっと息を飲んだ。
「あれは……彼らが運んでいるのは、破壊された火口の岩盤だ!」
よく見ると、その兵士たちは鉱石の他に何やら大型の機械も一緒に運んでいる。どうやら岩盤を削るためのもののようだ。
「なるほど……やっぱりヴァルトロの奴らが黒と見て間違いなさそうだな。テオさん、あいつらが逃げた先はどこに繋がってるんだ?」
「スウェント坑道の最奥部だね。まさか……追うつもりなのかい?」
ルカは迷うことなく頷いた。
「このままあいつらがおとなしく出て行くとは思えないよ。なに企んでるのか突き止めて、これ以上岩盤を破壊するのをやめさせないと」
「そうかもしれないが……スウェント坑道の最奥部は破壊の眷属の特異種がたくさんうろついているんだ。この戦いが終わって、里のみんなが一緒に行けるようになってからでも」
「それじゃ遅いかもねェ。叩くならさっき逃げた兵士たちが指揮官に奇襲があったことを報告する前の方がいい。時間が経つと向こうが何してくるか分からないし」
クレイジーの指摘にテオは押し黙る。
「おれもクレイジーの言う通りだと思う。それに、破壊の眷属の特異種はどんなに磁場で力が増幅した鬼人族の拳でも通らない。神石の力じゃないとあいつらを倒せないんだ。だったらおれたちが行くしかない。里の人たちに他の兵士を足止めしてもらっている今がチャンスだよ」
「確かにそうだけど……」
不安そうな父親を励まそうと、リュウは彼の背中を叩いた。
「父さんはここにいろ。あいつらをとっちめて、破壊された岩盤も取り戻してきてやる」
「リュウ、お前はこの人たちと一緒に行くのかい?」
「ああ。俺は鬼人族でもあるけど、神石の共鳴者でもあるからな」
そう言ってリュウは後頭部に挿してあるかんざしを父親に見せる。それはかつてテオ自身が調査の途中で見つけた石で、息子のリュウにお守りとして与えたものだ。
テオはそれを見てふうと息を吐き、顔を上げて息子の顔を見る。
「分かったよ。ただ……あまり無理はしないようにね。せっかく久々に家族揃ったんだ。夕飯にはみんなで帰ってくるんだよ」
「問題ない。俺一人で行くわけじゃないしな」
リュウは自信に満ちた笑みを浮かべると、仲間たちの方に視線を向けた。
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