mission10-15 骸装アキレウスVER.2



 音をたどってルカたちが行き着いたのは、即席の工房のような場所だった。スウェント坑道の奥地はただ掘っただけの洞窟が続いていたから、そこだけがやけに明るく違和感がある。


 周囲には工房を守るようにしてヴァルトロ兵たちが多く配備されており、ルカたちを見た瞬間すぐに攻めかかってきた。


「やれやれ、こんな狭い場所にわんさかと……暑苦しいねェ」


 クレイジーが多方向にナイフを投げ、グレンがサラスヴァティーの矢で水流を引き起こす。だがそれでも行く手を阻む敵の数が減ることはない。


「”前へ進めば 小石につまづき 声をかければ 人違い”——メルポメネ、力を!」


 敵の士気を削ぐメルポメネの歌の力をまとった円月輪が戦場を駆け巡る。動きが鈍った部隊を見極め、ルカとリュウが攻め込んでいく。


「行くぞ——”音速次元”、発動!」


 クロノスの力でルカの動きが加速。敵の統率をかき乱していき、指示を出し直そうとする指揮官クラスの敵はリュウが力で抑え込む。


 だが、それでもヴァルトロの兵士たちは退かなかった。ヴァルトロ軍といえば北の寒冷地で鍛え抜かれた傭兵集団がルーツだ。腕力としぶとさ、そして勝つための手数の多さはどの国の軍にも劣らないという。


「きゃっ!?」


 ユナの悲鳴が聞こえ、ルカはすぐさま後方を振り返った。どこか岩陰にでも潜んでいたのか、いつの間にか現れた兵士たちに取り囲まれている。


「くそっ、第二時限解放——」


 ルカが敵の動きを止めるため神石に手をかざしたその時、ユナを取り囲んでいた兵士の周囲に影が走ったかと思うと、バタバタと一人ずつその場に倒れていった。


「な、何が……!?」


 一人残った兵士は動揺する間もないまま、背後に迫った気配に息を飲む。


「お互いにフェアじゃないんだ、文句はないよね?」


 クレイジーは冷たい声音で囁くと、何のためらいもなくナイフで兵士の喉元をかき切った。


「ぐ、はぁっ……」


 鮮血が飛び散り、兵士はその場に崩れ落ちる。クレイジーは頰についた返り血をペロリと舐めると、立ちすくむユナの額を軽く小突いた。


「突っ立ってると足手まといになるよ。一緒に戦う気があるなら、常に『最悪の場合』をイメージして動くんだ。いいね?」


「は、はい……」


 笑っているのか怒っているのか分からないクレイジーの口調に、ユナはただ萎縮して返事をする。


「おい、クレイジー! 何も殺すことなんて……!」


「ははは、君は相変わらず甘いねェ、ルカ。向こうさんは殺す気で来てるっていうのにサ。こういう時はお互い本気にならないと……せっかくの殺し合いを楽しめないじゃない?」


 味方ですらぞっとする物言いは、敵の雑兵が怖気づくには十分だった。


「ア、アラン様を呼びに行け! 早く! 奴は元・仮面舞踏会ヴェル・ムスケの筆頭を務めた男だ……俺たちではどうにもできん!」


 指揮官に指示された兵士が工房の奥へと駆け出していく。


「おやおや、上官に任せて逃げるのかい?」


 クレイジーはわざとらしく肩をすくめると、側にいたグレンに向かって言った。


「君、ヤオ村の出身なら呪術の触媒持ってるよね?」


「悪い、俺あんま薬作るのは得意じゃなくて……毒薬系ならあるんだけど」


「それでいいよ。ちょっと貸して」


 グレンがバッグからひと瓶取り出して手渡すと、クレイジーはそれをばっと撒き散らし、地面に手をついた。


「さて、この辺まで来ればさすがに呪術が使えるだろう……”闇を司る眷属よ、汝の力を示したまえ”」


 クレイジーがそう唱えた瞬間、敵兵の足元からブワッと黒い煙が吹き出した。


「な、なんだこれは……!」


「前が見えん……! どうなってる……!」


 呪術によって相手の視界を奪ったようだ。


「さ、今のうちに」


 クレイジーに促され、ルカとリュウは混乱している兵士たちを一人ずつ打ち倒し、気絶させていく。徐々に兵士の数が減り、残すところあと数人。


「これで……最後だ!」


 消耗した兵士に向かってルカが大鎌を振るったその時だった。


 ガキン!


 大鎌の刃は何かに阻まれ、嫌な音が響く。


 兵士をかばうようにして立ちはだかったのは、全身漆黒の骨を継ぎ合わせたようなゴツゴツとした鎧だ。


「骸装アキレウス……!」


 キッシュの街や、ガルダストリアの工場で見たのと同じ形状の鎧。だがその見た目はこれまでに遭遇してきたものとは少し違い、パーツのところどころにマグマのような赤みを帯びた線が入っている。


 鎧はルカの大鎌をむんずと掴む。引っ張られる——そう気づくのが一歩遅かった。鎧はぐいと力を込め、大鎌ごとルカの身体を放り投げた。


「うっ!」


 なんとか受け身を取るも、足から着地する余裕はなかった。皮膚が固い地面と擦れてズキズキと痛む。


「なんて力だよ……!」


 続いてリュウが向かっていったが、鎧をまとっているとは思えないほど軽い身のこなしで彼の拳を避け、背後に回る。


「させるか!」


 グレンが鎧に向かって矢を放つ。だがそれはあっけなく振り払われ、ダメージはほとんど与えられなかった。


 クレイジーが駆けつけ、リュウの救援に入る。鎧の注意を引き、その間リュウが体勢を立て直す。ユナは二人に向かってタレイアの歌を歌って力を引き上げ、二人がかりで鎧に攻撃する。


 だが——


 鎧の兜がその場に落ちただけで、敵の兵士は平然とした表情だ。


「すごいすごいすごい……! 鎧を着ただけでこんなにも力が……!」


 兵士は恍惚とした表情でそう言うと、リュウに向かって回し蹴りを放ち、その間に近づいたクレイジーの腕を後ろ手で弾く。


「くっ……! おっもいなァ……!」


 クレイジーは弾かれた腕をひらひらとさせながら後退すると、距離をとって神石の力を発動、数多あまたのナイフを雨のように降らす。


「はははははは……! 効かん! 効かんぞぉ!」


 兵士はなおも興奮した様子で、ナイフの雨の中を突き進んでくる。生身となった顔が傷つくのも恐れずに、だ。


「あいつ狂ってんな……! サラスヴァティー、援護するぞ!」


 グレンは神石に手をかざし、兵士の足元に間欠泉を引き起こした。水にのまれて鎧の動きが鈍る。


「リュウ、頼むぞ!」


「ああ……!」


 クロノスの力で移動速度を上げられたリュウは、かんざしを外して神石の力を解放する。棍の形となったかんざしを構えると、勢いをつけて鎧に向かっていく。


——ドスッ!


 リュウが全身に帯びた雷は、棍を伝って敵の全身へと流れ込む。


「ああああああああああ!!」


 サラスヴァティーの水で濡れているのもあって、感電は不可避だ。ビリビリと痺れ、鎧を着た兵士はがっくりとその場にうなだれた。


「やった、か……?」


 リュウはそっと敵の様子を伺う。


 本当ならもう少し体力を温存しておきたかったところだが、止むを得ず神石を使うことになってしまった。これ以上の消耗はこの後に四神将が控えていることを思うと避けたい。


 兵士の身体がぴくりと動く。


「まだ……まだだ……まだ、やれる……!」


「ちっ……」


 リュウが一歩引き、敵の攻撃に備える。


 兵士はゆっくりと立ち上がると、地面を蹴ってリュウに突進した。


「うおおおおおおおおおお!!」


 受け止められるかは一か八か、鬼人化してその場を踏みしめる。


 だが、鎧の攻撃がリュウに届くことはなかった。


 一歩手前で急に立ち止まったのだ。


「ああ……あああ……」


 様子がおかしい。むき出しになっている顔が真っ赤に染まり、鎧からしゅうしゅうと湯気が立ち上っている。


「暑い……暑いぃ……あづいよぉ……」


「一体何が……!?」


 リュウが近づこうとした時、鎧の中に火がついた。兵士は悲鳴をあげ、ジタバタともがき苦しむ。


「グレン!」


「ああ、わかってる!」


 グレンが神石の力で消火してやった時には兵士はすでに気絶していた。顔はやけどして、水を浴びせられた今でも湯気が立つほどに体温が上がってしまっている。


「どういうことだ……?」


 すると工房の奥からカツカツとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。


「……ふん、一定の運動により体温上昇、それに反応して焔流石の温度も上がり活動限界に到達、摩擦により人体に発火する恐れあり、か……完成に近づけるためには冷却機関の搭載が必須だな。まぁ、初期段階の性能テストとしては上々な結果か」


「お前は……!」


 いかにも研究者らしい白衣に眼鏡、そして神器でもある左腕の機械義肢。


 ヴァルトロ四神将、アラン=スペリウス。


 彼はルカたちを見てにぃっと悪戯な笑みを浮かべた。


「久々だなぁ、ブラック・クロス。ホログラムの時も合わせると、これで会うのは三度目か?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る