mission10-9 不死鳥の逆鱗
「あの……さっきテオさんが言っていた『生贄の儀式とは別に、不死鳥様を鎮める方法』ってどういうことだったんですか……?」
すっかりスープが喉を通らなくなってしまったユナは、平気でごくごくと飲む干すテオに恐る恐る尋ねた。
「ああ、そうだったそうだった。ファーリンの料理が美味しいから忘れるところだった」
「わ、忘れないでください!」
テオは「ごめんごめん」と軽い調子で言うと、先ほどまで背負っていた鞄から丸まった羊皮紙を取り出しテーブルの上に広げた。ポイニクス霊山とその周囲についての
「まず、最近このポイニクス霊山で火山活動が活発化しているのは知っているかな?」
「一応、
「そうか、ちゃんとヤオ村の人たちも把握しているのか。それなら少し安心だね……なんせ、今のポイニクス霊山は大噴火をいつ起こしても不思議じゃない状態だから」
「いつ起こしてもって……ええ!?」
ルカの声が思わず裏返った。つまりのこのこと山に登ってきた自分たちは、危険な場所に自ら飛び込んできたようなものである。
「もしポイニクス霊山が噴火したら、この辺りはいったいどうなっちゃうんだ……?」
「間違いなく里全域がマグマに飲まれてしまうだろうね。それだけじゃない、麓の近隣の集落にも火山灰や火砕流による被害が及ぶ大規模の噴火になることが予測される」
テオの言葉に、グレンはハッと息を飲む。
「近隣の集落って……まさかヤオ村も?」
「そうなるね……。それに、僕の調査結果が正しければ、この規模だとキッシュの街やルーフェイ中央都の一部も被害に遭う可能性がある」
つまり影響範囲はこのアルフ大陸の中心部全域だ。
「でも……どうしてそんなこと事前に分かるんですか?」
ミハエルが尋ねると、テオは床に積まれている書類の中から、何枚もの紙が束ねられているメモ書きのようなものを持ってきた。これは最近この里に住む人々に対して行った問診の結果をまとめたものらしい。
「ミハエル君が読んでくれた本にも書いた通り、鬼人族たちは自然界のエネルギーを敏感に察知する体質でね。彼らの体調の変化を見れば火山の状態がどうなのかおおよそ察しがつくんだよ。今の鬼人族たちは皆力がみなぎっていて、筋力が普段の倍以上に高まっている他、病にかかっていた者さえ元気を取り戻して走り回れる状況だ。里全体がこんな状況になったのは、数百年前……鬼人語によって代々語り継がれてきた『不死鳥の
「『不死鳥の逆鱗』……?」
「そう。数百年前、このアルフ大陸の地形や気候を大きく変えてしまった大噴火のことだ。この影響でウンダトレーネの森では年中雨が降るようになり、中央都は水はけの悪い湿地帯となり、スウェント坑道では奥地で特殊な鉱石が採れるようになった。大噴火による被害については中央都にも詳しい記録が残っていないけど、おそらく多くの人が亡くなったのだろう。その時期にちょうどルーフェイの政治体制ががらっと切り替わっているからね。それまで安定していた政権が破綻したということは、彼らの手に負えない災害が起きたからなんじゃないかと僕は考えている」
するとクレイジーはくっくと笑った。
「けっこういい線行ってると思いますよ、テオせんせ。今のルーフェイ王家は数百年前まで存在すること自体忘れ去られていたほど影が薄かったといいますからねェ。自分たちの正当性を証明していくために、表の歴史には載せられないようなことをたくさんやったとか」
元・
「はいはいそこまで。テオ、あんた前置きが長いのさ。生贄以外に不死鳥様を鎮める方法があるってんなら早く説明しな。じゃないとさっさとこの人らをスープで煮ちまうよ」
その声音はどう考えても冗談で言っているようには聞こえない。テオはルカたちからの縋るような視線を感じて、渋々話題を戻す。
「実は僕の中で一つ疑問があった。そもそも、今の時代では『不死鳥の逆鱗』と同じようなことは起きないはずなんだよ」
「それはどういう……?」
「僕は何度か噴火口の近くまで地質調査に行ったことがあるんだけどね、今の噴火口は『不死鳥の逆鱗』の時に崩れた分厚い岩盤によって塞がれているんだ。岩盤は丈夫な鉱質でできていて、ちょっとやそっとのことじゃひびさえ入らない。だからあの岩盤のおかげでポイニクス霊山は徐々に休火山になっていくんじゃないかと、つい最近までそういう仮説を立てようとしていたんだよ。だけど予測と違うことになったから、僕はもう一度自分の目で確かめようと思ってさっき火口付近まで行ってきたんだ」
テオは再び鞄をごそごそと漁って何かを取り出した。黒い石のようだ。
「これは……?」
「火口を塞いでいたはずの岩盤のかけらだよ。火口の周囲にはなぜかヴァルトロの兵士がたくさん集まっていて、僕は近くまで行けなかった。だけどこれを見るにおそらく……誰かが岩盤を破壊しようとしている。そしてそれが刺激となって火山活動の活性化が起きているんだと思う」
ヴァルトロの兵士と聞いてルカたちは顔を見合わせた。中央都から離れている場所とはいえ、宣戦布告後の緊張状態の最中に敵地に足を踏み入れるとは何の狙いがあってのことなのだろうか。どちらにせよ、あまりいい予感はしない。
「つまり、そのヴァルトロの奴らを追っ払えば火山の異変も収まるかもしれないってことだよな?」
「そうだね。だけど彼ら、かなり武装した状態で——」
パン! ファーリンが拳を手の平に突く音が響く。
「よく調べたねえ、テオ。勝手に人の庭に入り込んでこそこそされて、不死鳥様もさぞかし迷惑がっているだろうよ。あとは里のもんに任せな。ヴァルトロの奴らはこの拳で叩きのめしてきてやる」
そう言ってファーリンは部屋の壁に掛けられた角笛を手に取り、天井に向かって力強く吹いた。
ブオーーーーーッ!
腹の底に響くような音が鳴り、しばらくすると家の外のどこからか順々に同じような音が鳴り響く。鬼人族たちの戦闘合図のようだ。
「テオさん、おれたちも行くよ。ヴァルトロとは何度もやりあってるから、少しは勘が働くかもしれない」
ルカの提案に、テオはぱぁっと顔を輝かせた。
「本当かい!? それはとても助かるよ。僕じゃ里の人たちの戦いをサポートしてあげることはできないし」
そう言って、彼は先ほど広げた地図を指でなぞった。
「岩盤があるのはこの辺りだよ。破壊するとしたらこのエリア沿いのどこかにいるはずだ。僕は噴火口でヴァルトロの兵士たちを見かけたけど、彼らの指揮官クラスはこっちの方にいるかもしれない」
彼がなぞったのは、ポイニクス霊山の火口がある山の中央から、東側にかけてだ。最後に彼の指が止まったのは、ホットレイクとキッシュの街を繋ぐ坑道がある場所。
「スウェント坑道……?」
テオは頷く。スウェント坑道はホットレイクとキッシュをつなぐだけでなく、奥の方へ進むとポイニクス霊山につながっているというのだ。強い破壊の眷属がうろついているため普段は立ち入り禁止になっているらしいが、ルカたちにはそこがどんな場所か容易に想像することができた。
スウェント坑道の奥地。そこはホットレイクでガザと合流した後、キッシュに向かう途中で一瞬迷い込んでしまった場所だ。
「まさか、あそこにもう一度行くことになるとはね」
ルカは緊張しつつも胸の昂ぶりを覚える。
今はあの時よりもずいぶん強くなった。仲間も増えた。行けなかったはずの道が拓け、その土地の新しい顔を見ることができる。
これこそが冒険の醍醐味。
これからヴァルトロと対峙しに行くというのに、そう思うとつい興奮せずにはいられなかったのだ。
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