mission8-45 無時空結界



 その頃、人気ひとけのないチックィードの地下街では、何かで湿った地面の上を引きずる音が響いていた。


「ここにいたんですか、ルカさん」


 背後から声がして、ルカは振り返る。


「……戻れミハエル。今からおれがやることは、誰にも知られるわけにはいかない」


 ルカは語気を強めて言った。


 だがミハエルは退かなかった。


 ぱたぱたと走り、ルカの側までやってくる。


「そう言われても、あなたがここに来るのがえてしまいましたから。一体何をするつもりなんです……? 


 ミハエルはルカの表情を窺うが、夜の地下街は暗くて彼が今どんな顔をしているのかよく見えなかった。


「お前に隠しごとはできない、か」


 ルカは諦めたように呟き、再び歩き出した。ウーズレイの遺体が入った棺を引きずりながら。


 棺は今日の葬儀の最後に共同墓地に埋葬されたはずだった。この棺が本物ならば、ルカはそこから掘り出し、この地下街まで運んできたことになる。


(何のために……?)


 腑に落ちないミハエルは、黙ってルカについていく。


 ルカが目指していたのは、チックィードの地下街の中でもさらに人通りのない、街と王城の地下を結ぶ主要の道からは外れた地域だった。革命以前の頃も本当に使われていたのかどうか怪しい地域だ。中心の通りにはまだ人が暮らしていた痕跡が残っているが、そこから離れていくとただ地下を掘っただけの空洞も多い。


 やがて壊れた樽の破片が散らばり、雑草が点々と生えているだけの何もない袋小路にたどり着くと、ルカはそこで歩みを止めた。


「ミハエル。屍者の王国に囚われていた時……お前はヘイムダルの力を使えたか?」


 ルカに問われ、ミハエルは輸送船の中、アイラの居場所を探ろうとして上手くいかなかったことを思い出す。


「いいえ。”千里眼”の力は全く……。ヘイムダルはあの空間に時間軸そのものが存在しないって——」


 ミハエルは言いかけてハッとする。


「ということは、ルカさんも?」


「ああ。おれもクロノスの力を全く使うことができなかった。屍者の王国は時間の概念から切り離された空間だった。ということは、だ」


 ルカは胸元の黒十字のネックレスに手をかざす。紫色の光がほとばしり、黒十字は大鎌へと姿を変えた。ルカはそれをウーズレイの棺の上で、地面に水平になるように構える。


「世の中には時間の干渉を受けない空間が存在してもいいことになっている。そういう場所を作っちゃいけないルールはないんだ」


「まさか……!」


「そう。時の神クロノスなら、特定のものを意図的に時間軸から切り離すことができるんじゃないか、ってな」


 ルカの大鎌が徐々に紫色の光を帯びていく。


 ミハエルは思わず唾を飲み込んだ。


 神通力の高い彼には分かるのだ。ルカの身体には今、とてつもなく強い神通力が循環している。ルカが普段保有している神通力とは比べものにならない強さだ。ミハエルの力さえもゆうに上回るほどの。


「それだけの力……代償は一体……?」


 ルカはミハエルに背を向けたままかぶりを振る。


「分からない。なんせ初めて使うからな。おれだってびびってるよ……自分の中にこんな力があるなんて知らなかったんだ。けど、あの死人の世界に行って、自分の無力さを知って、ターニャとウーズレイの悔しさを考えたら……なんだか抑えきれなくなってきてさ」


 大鎌がまとっていた光は、徐々にルカの身体にも広がっていく。


「もしこの力を使っておれがぶっ倒れても、他のみんなにはここで何があったのか絶対に言うなよ。これは世界のためとかそんな大層なことのためじゃない……おれの、ルカ・イージスの勝手な願いのためにやることだから」


 紫の光に包まれたルカは、ゆっくりとミハエルの方に半身を向けた。その瞳の色は、クロノスの神石と同じ色に染まっている。


「ルカさん……あなたも”神格化”の力を……」


 ミハエルは苦々しげに呟く。


 彼が解読した創世神話の原典にはこう書かれていた。


 『共鳴者の、共鳴者たり得るものを代償に捧げよ』。


 “神格化”を果たすためには、その共鳴者にとって最も大切なものを手放さなければいけない。


 ある者は人間として生きるための糧である”水”を。


 ある者は人を裁く意志の強さを示すための”肉親の命”を。


 そして代償を支払うだけでなく、”神格化”の域に到達するということは、神石との約束をたがえた時に新たな破壊神と化す危険性も併せ持つ。


「なぁミハエル。お前の眼にはどう映る? おれがこの力を使うことで、未来はどう変わるんだ?」


 ミハエルは抱えていた石板に手をかざしてみたが、やがて力なくその手を下ろした。


「何も視えません。きっと、あなたの選択は僕自身の未来にも大きく関わるのでしょう」


 それは、希望か、絶望か。


「……そっか」


 ルカはにっと微笑んだのち、再びミハエルに背を向けた。


 紫の光は一層強く輝き、暗くて狭い袋小路に満ちていく。


 強い風が吹いて、ミハエルは姿勢を低くして踏ん張った。風はルカの神石とウーズレイの棺から発せられている。まるで、そこにあるべきものをすべて放出しているかのように。





「第三時限解放……! "無時空結界カレント・クローズ"!」






*mission8 Complete!!*


八章完結、ここまでご愛読ありがとうございます。

九章構想のため、二回分更新をお休みします。

次の更新は5/23(水)です。お楽しみに!



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