mission8-44 銀の髪と櫛
玉座の間のバルコニーからは夜に包まれたゼネアの街がよく見えた。おぼろげに街を照らす明かり、どこかから微かに聞こえてくる川のせせらぎ。革命後の崩壊の
バルコニーの椅子に腰かけ、街を眺めているターニャの髪を、ユナはイェレナの形見の櫛でゆっくりと
癖のある髪だが、櫛を通せば素直に流れていく。丹念に手入れすればもっと
「……私、ウーズレイさんの気持ちが少しだけ分かるよ」
ユナは静かな口調で呟く。
「私も小さい時は生まれのことでみんなから疎まれていて、王族っていう肩書きがあるから余計に息苦しくて……。だけど、そんなことお構いなしに広い世界のことを教えてくれる人がいた。その人の話を聞いていたら悲しいことや嫌なことなんてすっかり忘れてしまって、いつしか憧れを抱くようになったの……。こんな狭い城抜け出して、その人と一緒に旅に出られたら、って」
ターニャはただ黙って、ユナの話を聞いている。
「初めて会った時、ウーズレイさんとはどこか似ている感じがしたの。それは単純に王族だからというわけじゃなかった。同じだったんだ……幼い頃からずっと焦がれて、一緒にいたい、支え続けたい、そんな風に思う人がそばにいるってことが」
するとターニャは俯き、肩をすぼめる。
普段堂々としている彼女らしくない、まるで小柄な少女のようだった。
「……あたしには、分からなかったよ」
夜の闇に溶け込みそうな小さな声で言う。
「あいつが自らあたしの元を離れようとするなんて、今まで考えもしなかった。何があってもあいつはあたしを否定しない、どこまでもついてきてくれる……そう思っていたから、革命を起こすことも、世界中の色んなところで搾取してる奴らを殺すことも、ナスカ=エラで脱獄を図るのも、ちっとも怖くなかった。だけど」
彼女はぎゅっと膝を抱えた。
「笑っちゃうよな……今は何もかもが怖いんだ。ウーズレイに長生きしてやるなんて強気なことを言ったけど、本当はあいつがいない世界で何かをやることが怖い……」
ターニャの背中が震えている。ユナはそっとさすってやった。柔らかくて温かいその背は、彼女が自分とさして年齢の変わらない、一人の女であることを物語っているかのようだ。
「ウーズレイはさ、あたしのことを自分の意志で道を開くことができる人間だなんて言ったけど、そんなのは嘘だ。間違ってる。ヴァルキリーの力は自分の意志を見ることはできない。だから当然、それが良いものなのか悪いものなのかも分からない。そんなものに自信を持つことなんて、できるわけがない……!」
彼女は吐き捨てるように呟いた。
葬儀の間、気丈に振る舞っていたのはやはり人前だったからなのだろうか。
ターニャ・バレンタインは強くて、凛としていて……だが、今は誰よりも自分の弱さに向き合い、苦しんでいる。
「大丈夫……あなただけじゃない、みんな一緒だよ」
「一緒……?」
「そう、自分の意志が正しいかどうかなんて、みんな分かってないんだよ。不安で不安でしょうがないの。だから仲間を頼るの。仲間がいれば、どうすればいいか一緒に悩んで、道を間違えそうになった時は正してくれるから」
ユナはターニャの正面に回り、彼女の手を取った。
「ねぇ、ターニャ。私たちの仲間になってよ。あなたがいたらとっても心強い……だけどそれ以上に、今のあなたを放っておけないの。ウーズレイさんの代わりにはなれないかもしれないけど、今度は私が支えてあげたいって思うの」
「またそんな綺麗事を……あたしはあんたたちを騙したんだぞ?」
ターニャは鼻で笑って目を逸らす。
だが、ユナはまっすぐ彼女を見つめたまま、彼女の手を包み込むように握った。
「分かっているよ。それでも結局、私はジルさんの姿で現れた時のあなたにずっと憧れたままなんだ」
「……はは。ばかだなぁ、あれは変装の姿だって何度も——」
「確かに、名前や立場は嘘だったかもしれない。でもあの時のジルさんは何の化粧もしていない、素顔のままだったはずだよ。優しくて、他人想いで……あの顔こそが、立場や使命に縛られていない、あなたの本当の表情だったんじゃないの?」
ユナの言葉に、ターニャは
「たとえあんたたちの仲間になったとしても、あたしはこれからも神石の破壊を続ける。破壊神の誕生を目の当たりにしたあたしとウーズレイにとって、神石ってのは奇跡の宝玉じゃなくて呪いの石ころなんだ。神石を使って他人を虐げていたり、力を制御できなくて破壊神のように取り込まれそうになっていたり、そんな奴らを見つけたら迷わず破壊する。それでも、あんたたちは受け入れられるっていうの?」
「うん。私がみんなを説得する。ターニャがむやみやたらに破壊をする人じゃないってことは、ちゃんと分かったから。……ただ、人の命を奪うのは」
言いかけている途中で、ターニャはやれやれと首を横に振った。
「心配しなくても、しばらく殺しはやめておくよ。……あいつのいる世界に、嫌な奴を送り込むのはかわいそうだからさ」
「そっか。うん、そうだよね」
ユナはふっと微笑む。
つられたように、ターニャの顔も少しだけ緩んだ気がした。
ユナは衣服のポケットからサンド二号を取り出す。ターニャと一対一で話す上でアイラから借りていたのだ。
早速ターニャのことをノワールに報告しようと、ユナがサンド二号を叩こうとした、その時——
「ビギャギャギャギャギャギャ!!!!」
サンド二号が急に耳障りな音で喚きだした。
「な、なに?」
ターニャがうろたえる。だがユナにとっても、サンド二号がこんな音を出すのを聞くのは初めてのことだった。
「サンド二号……どうしちゃったの……?」
恐る恐るぬいぐるみに尋ねると、ぬいぐるみはユナの手を離れてふわふわと宙に浮いた。
『その声はユナかい? ボクだよ、ボク』
「クレイジー、さん?」
サンド二号越しに話しかけてきたのはブラック・クロスの幹部クラスのメンバーの一人であり、ルカの師匠にもあたる人物であった。
『ルカやアイラは側にはいないのかい』
「うん、今はみんなバラバラで」
『そっか。なら君に伝えるよ。ちょっと緊急事態なものでね』
「え……?」
『そっちの任務が終わったらすぐにアルフ大陸の方に来てくれないかな? 場所は鬼人族の里。ちょっと困ったことになってサ——』
クレイジーの声をかき消すかのような騒音がして、ユナは思わずサンド二号から離れた。誰かが怒鳴っているような声、そして武器と武器がぶつかる金属音。
「何があったんですか? もしかして襲われて——」
『じゃ、伝えたからね。ノワールにも言ってあるから』
ぴしゃりと通信が途絶え、サンド二号は糸が切れたようにその場に落ちてしまった。
クレイジーはグレンとともにルーフェイの動向調査任務に出ていたはずだ。ルーフェイは彼の故郷でもあり、もともと王家直属の隠密部隊・
その彼が急に救援要請を送ってくるということは——
「みんなに、伝えなきゃ……!」
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