mission8-42 アトランティスの内戦
ウーズレイの葬儀の晩、ルカたち一行は旧エルロンド城内の一室を借りて、それぞれに夜を過ごしていた。
「そう、ウーズレイはそんな最期を……」
部屋の窓のそばに寄りかかり、アイラは外に向かってタバコの煙を吐く。
「ああ。直前まで誰もあいつの決意に気づかなかった。あの状況で自らを犠牲にする選択をできたあいつは、俺が今まで見てきたどんな武人よりも強い男だった」
「あなたがそんな風に言うなんて珍しいわね、リュウ」
アイラの部屋の入り口の近くに立っているリュウは、彼女の言葉に首を横に振った。
「そうでもないさ。俺が強いと感じる奴は他にもたくさんいる。ウーズレイとは違う強さだが、あいつ——ソニア・グラシールもまた
「……またその話に戻るのね」
アイラはどこか自嘲気味に笑って目を逸らす。
「アイラ。そろそろはぐらかしてないで話せ。お前とあいつは一体どういう関係なんだ」
視線を窓の外に向ける彼女に、リュウは低い声で問いただした。
そもそも彼がアイラの部屋を訪ねたのは事実の確認のためだった。
なぜアイラだけが屍者の王国に引きずり込まれなかったのか。そして、現在の彼女とソニアがどういう関係なのか。答えによっては——
「そんなに警戒しないで。あなたが懸念するような関係じゃないわ」
アイラはリュウの考えを察しているかのように言った。
「あいつと協力関係ではない、そう信じていいんだな?」
「ええ。あの子がヴァルトロの四神将になっていたことでさえ、知ったのは最近のことだもの」
そう言うアイラはどこか寂しげだ。
「ならどうしてあいつはお前のことを『姉さん』と呼んだ? 血が繋がっているわけではなさそうだが」
アイラとソニアに外見の共通点はない。髪の色も眼の色も違う。顔立ちの彫りの深さと、肌がやや褐色がかっているところは似ているが、これは砂漠地帯であるスヴェルト大陸出身の人々共通の特徴だ。
「そうね。血は繋がっていない……それどころか、二人とも自分の本当の家族の顔さえ知らない。物心ついた頃には、みんな戦争に奪われてしまっていたから」
アイラはそう言うと、ぽつりぽつりと話し出した。
それは二国間大戦でスヴェルト大陸が戦場になる以前——。
スヴェルト大陸にはもともと『アトランティス』と呼ばれる国があった。創世期の遺跡が数多く残る土地柄ゆえにミトス神教会の敬虔な信者が国民の大半を占め、砂漠地帯という厳しい土地柄でありながらも人々は慎ましく穏やかに暮らしていたのだという。
「だけど、それは私たちの親世代が生まれる前の時代のこと。あることをきっかけに、平和だったアトランティスは突如として内戦の国になった」
「何があったんだ」
「『サソリを食べるか食べないか』」
「……は?」
きょとんとするリュウに、アイラはくすくすと笑う。
「おかしいでしょう? でも本当にそれがきっかけだったのよ。部族間でサソリを食べるべきか食べないべきか口論が始まった。片方の部族が持っている創世神話には、『サソリは神通力を高ずる作用ありて食すべし』と書かれていて、もう片方の部族の創世神話には、『サソリは砂漠の神の遣いにて食すべからず』と書かれていたの」
「創世神話の内容が違う……?」
「ええ。結論を言えばどちらもニセモノだったのだけど」
「……!」
「口論は決着がつかず、それぞれの部族の長はミトス神教会から派遣されてきていた神官に、どちらの創世神話が正しいのか聞きにいった。神官はどちらの長に対しても『あなたの部族の創世神話の方が正しい』と言った。そうして大義名分を得た双方の部族は、もう片方が間違っていると信じ込んで……武器を取り、他の部族も巻き込み、ついには内戦を始めてしまったの」
「ちょっと待ってくれ。神官はなぜ両方に正しいと言ったんだ? そいつがちゃんと本当のことを伝えていれば内戦になんて」
アイラはリュウの言葉の途中で首を横に振った。
「そもそもその神官こそが全ての元凶だったのよ。リュウ、あなたは創世神話をちゃんと読んだことはある?」
「ああ、子どもの頃にな。……内容はあまり覚えていないが」
「そう。私が子どもの時はすでに内戦がひどくて創世神話なんて読むすべがなかったけれど、スヴェルト大陸を出てから初めて創世神話を読んで……とても衝撃を受けたわ。まともな創世神話には、サソリを食べるか食べないかなんて一言も触れられていない。アトランティスの人々が争う原因になった一文は、あの神官が勝手に書き足した文章だったの。私たちがミトス神教会の神官だと思っていた男は、ナスカ=エラで異端審問にかけられて牢獄塔バスティリヤに収監されていたはずの世界的な犯罪者だった。彼は人知れず脱獄して……敬虔な信者が多いアトランティスを混乱に陥れることで、ナスカ=エラに復讐をしようとしていたの」
「ひどい、話だ……」
「ええ。人を疑うことを知らなかったアトランティスの人々は、その男にまんまとつけこまれ……つい数日前まで一緒に談笑していた
アイラは窓の外に向かって再び白い煙を吐く。
そして小さな声で言葉を続ける。
ソニアとは、孤児たちが集められたとある施設で出会ったのだ、と。
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