mission8-41 神子送りの辞



 ソニア・グラシールによるゼネア襲撃の翌日。


 日が沈みかけて街が橙色に染まる中、ゼネアの人々は旧エルロンド王国において正装とされていた白のつなぎの服をまとい、城下町の中心の広場につどっていた。


 広場には棺が一つ安置されており、皆はそれを囲うようにして並び立ち、それぞれ一輪の花を手に持って黙祷を捧げている。


 彼らが持っている花の色や種類はまばらだ。かつてのエルロンドでは、死者の階級に応じた花を手向けるのが習わしであった。だが、革命が起きて以降は階級に関係なく思い思いの花を持ち寄ることが増えているのである。


 そもそも、ここに集っている人々のうちの多くは、ウーズレイがエルロンド王家の血を引く人物であったことを知らない。ゆえに葬儀はゼネアの一般市民と同じ形で執り行うはずだった。だが、身分以前に革命の功労者である彼を慕う者は多く、結果的にこうして街をあげての大がかりな葬儀になっている。




「……”第十章五節の二、双子のからす。フギンとムニン、休息を知らず。小さき翼を羽ばたかせ、常に世界を飛び回らんとす。しかして五つの土地のよしなしごとを余すことなくついばみ、あるじの元へと舞い戻る。主曰く”……」




 "神子みこ送りの辞”——それはどの地域の葬儀でも共通して行われる儀式の一つ。


 “送り手”を務める者が、創世神話の中から故人ともっとも結びつきの深い一節を選んで読み上げる。一体何のためか……解釈は様々に存在するが、通説では故人の生き様が古い書物にも定義されているほど尊いものであったと称えるためと言われている。


 ウーズレイの葬儀においては、喪主のターニャの推薦でエドワーズが”送り手”の役目を担うことになった。


 遠征に出ていたエドワーズは訃報を聞いてすぐさまゼネアに戻ってきた。ウーズレイがどれだけターニャの支えになっていたか、彼はよく知っていた。だから早く帰って胸を痛めているであろうターニャを慰めてやらなければと思っていたのだ。


 だが……




「……”フギンとムニン、痛みを知らず。翼折れ、くちばし欠けれど、羽ばたかんとす。すべては主の”っ……う……ううっ……どうして……どうして死んでしまったんだ、ウーズレイくん……!」




 一体どんな思いでウーズレイは死を選んだのか、彼の心境を考えるとエドワーズは言葉を続けられなくなった。


 ターニャを始めとして、残された人々が感じている悲しさ。だがそれを全て足し合わせてみても到底かなわないだろう……ウーズレイ本人の悲しさに比べれば。


 耐えられずその場で泣き始めたエドワーズにつられるようにして、周囲から嗚咽の音が響き始めた。




「ウーズレイさん……」


「優しいお方だったのに……」


「こんな、理不尽なことって……」




 皆が泣き始めて、"神子送りの辞”どころではなくなってしまった。


 ターニャがすっと棺の側へ進み出て、エドワーズの肩を優しく叩く。ありがとう、彼女は小さくそう言って、エドワーズを下がらせた。


 ターニャの瞳も潤んではいたが、必死に泣くまいとこらえているのか、どこか毅然とした顔つきだ。


 彼女は手に持っていた花にそっと口づけをして、ウーズレイの棺の上に置く。


 泣いていた人々も、ターニャが前に出てきたことで徐々に静まりかえっていった。彼女とウーズレイとの最後の時間を邪魔はすまいと、息をひそめてじっと様子を見守っている。


 やがてターニャは棺を撫でる。それは愛おしい人に触れるかのように。そしてまぶたを閉じ……囁くような声で言った。




「しばしのお別れだね、ウーズレイ。いつかちゃんと会いに行くから、今度はどこにも行くな。君は、あたしの行き先を照らす光なのだから……」




 その思いに応えるかのように、沈みかけた夕陽が一層強く差す。温かくて、どこかほっとするような光だった。


 ターニャが棺から離れると、参列している人々が続々と棺の側に歩み寄り、自らが持ち寄った花を棺の上に乗せていく。


 ある者は白の花を。


 ある者は小さな花弁の連なる黄色の花を。


 ある者は群青色の野花を。




「君は、たくさんの人に愛されていたんだね」




 ターニャがそう呟くと、風が吹いて、彼女の銀の髪をすくい上げた。


 棺に添えられた花々の花弁が舞い、空を色とりどりに飾っていく。


 それはまるで、様々に事情を抱える人たちが自由に生きるゼネアの街を象徴しているようで。


 空を仰ぐターニャの頬を、一筋の涙が伝う。


 彼女は通り過ぎていった風に向かって呟いた。




「……ばーか。君が求めている言葉なんて言ってやらないよ。それは……再会する時までのお預けだから、ね」




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