mission8-15 三度目の戦い



 ルカとターニャはバルコニーに出て、互いに武器を手に取り向き合った。


 漆黒の大鎌と、白銀の剣。刃を交わすのはこれで三度目だ。一度目はキッシュのヌスタルトの工場で。二度目はナスカ=エラの闘技大会で。


 いずれも体力を消耗しきっていたり、途中で妨害が入ったりはしたが、ルカは彼女に勝つことができなかった。


 だが、次に負けたら彼女との同盟の可能性は閉ざされたも同然となる。


 負けられない。


 ルカは強く大鎌の柄を握りしめた。


「ルールはこの間の闘技大会と同じでいい? 武器を落とすか、立っていられなくなった方の負けってことで」


「ああ、いいよ」


 ルカが体勢を低くして構えると、ターニャはけらけらと笑った。


「いいね。君の意志から迷いが消えた。この前と違って、あたしを倒すことをちゃんと考えてる」


「そうだね。ユナが言った通り、おれもあんたが過去にやったことを間違っていると言う気はない。けど今は、おれにはおれの守りたいものがはっきり見えているんだ。だから、言葉で分かり合えないなら力で認めてもらう。そう思っているだけだよ」


「結構結構! 意志を保つにはそれくらいシンプルなほうがいい。じゃないと自分を説得するのに難儀するからね」


 ターニャは白銀の剣の切っ先をルカの方に向けた。まばゆい光がその刀身を覆っていく。


「手加減は無し……はじめっから飛ばしていくよ!」







 ユナは玉座の間からバルコニーでの二人の戦いを見守っていた。


「ごめんね、ルカ……私が変なこと言ったから結局こうなっちゃった……」


「別に変なことじゃないと思いますけどね」


 独り言のつもりだったユナは、急に背後から声をかけられたことにどきりとして振り返った。ウーズレイだ。彼はイェレナの木箱をユナに向かって差し出す。いつの間にか拾っていてくれたらしい。


「あ、ありがとうございます……」


「もう一度、彼女が落ち着いた時に渡してあげてください。ターニャにとって必要なものであることに変わりはないですから」


「そう……だといいんですけど」


 先ほど木箱を力強く床に叩きつけた時のターニャの表情を思い浮かべてみると、とてもそうは思えない。


 自信をなくしたユナを励ますように、ウーズレイは柔らかく微笑んだ。


「ターニャはああ見えて優しくて不器用なひとなんです。感情的になったということは、それだけ心を動かされたということ。胸の奥ではきっと嬉しかったんだと思いますよ。その櫛は、大切なお母上の形見ですから」


「……ターニャを怒らせたのに、私のこと責めないんですか?」


 ユナは尋ねる。


 ナスカ=エラでのウーズレイの振る舞いが、過剰なほどターニャに献身的で印象に残っていたのだ。


 今だって、こうしてユナと会話しながらも彼の視線はバルコニーで戦うターニャに向けられている。


 ウーズレイは穏やかな表情を崩さなかった。


「ターニャの立場になるのであれば、あなたを責めたほうがいいんでしょうね。……ですが、私は少しだけ嬉しかったんです」


「嬉しかった?」


 ウーズレイは頷く。


「私以外にターニャ自身のことを気遣ってくれる人がいるなんて、そんなこと考えもしませんでしたから」


 ウーズレイの言葉に、ユナはふと考える。やり方は違えど、無茶をしがちな仲間を支える立場という点では、自分たちは似ているのかもしれない、と。だが、それ以上に彼にはなぜか親近感を覚える。その理由を、彼女は確かめたかった。


「あの、ウーズレイさん……初めて会った時から気になっていたんだけど、あなたはもしかして——」


 その時、背後でドタバタと誰かが走ってくる音がしてユナたちは振り返った。簡素な鎧に身を包んだ人相の悪い男が息を切らして玉座の間に入ってきていた。一瞬、侵入者かと疑ってしまったが、ウーズレイの目の前で男はひざまずく。どうやら彼はターニャやウーズレイの仲間のようだ。


「どうしたんです、そんなに慌てて。ターニャは今取り込み中ですよ」


「それが……見慣れない船舶が港に接近してきていて、警告を出しても止まらず……! すでに発砲も始めていますが、装甲が頑丈でびくともしません……」


 その男曰く、そもそも港が封鎖されていることは周知の事実なので、今までは航路を間違えた漁船くらいしか迷い込むことがなかったし、警告を出せば慌てて逃げていくような船ばかりだったという。


「妙ですね……まさかヴァルトロかルーフェイが? しかしなんでまたわざわざゼネアに……」


 考え込むウーズレイに、ヨギが近づいてきてけろりとした表情で言った。


「何悩んでんだよ、じれったいなぁ。上陸されたって、そこで叩きのめせばいいだけだろ? ターニャねえちゃんに伝えるまでもねぇ、オレ様が行ってきてぶっ飛ばしてやらぁ」


「ヨギ……」


「ぼ、僕も行きます!」


 ヨギに続いて名乗りを上げたのはミハエルだった。先に手を挙げたヨギはむっと顔をしかめる。


「なんでお前も来るんだよ! 足手まといがついてくるくらいならオレ様だけで十分だっての」


「相手の目的と正体が分からない今、無闇に攻めるのは危険です。でも、僕の”千里眼”があれば相手の行動を事前予測できますから。ね、ウーズレイさん?」


 にらみ合う二人の少年。どちらもターニャの役に立ちたいという気持ちは同じだ。


「ただ、さすがに君たちだけに任せるには少し不安がありますね……」


 ウーズレイはちらりとターニャの方を見やる。彼女はルカとの戦いに集中していて、こちらの騒動には気づいていない。


「だったら、私たちが行きましょうか?」


 アイラとリュウが進み出て言った。


「ちゃんと話せてなかったけど、私たちは元々あなたたちと手を組めないかと思ってここに来たの。何か協力できそうなことがあるなら手伝うわ」


「ですが、これはゼネアの問題で……」


 言いよどむウーズレイをよそに、ミハエルはぱぁっと表情を輝かせる。


「アイラさんたちが来てくれるなら心強いです! さ、早く行きましょう!」


「おいミハエル! 勝手に決めんな!」


 颯爽と玉座の間を出て行くミハエルを、ヨギが慌てて追っていく。ウーズレイはやれやれと肩をすくめて言った。


「本当はエドワーズに頼みたかったんですが、彼は別の用事で今国外に出てましてね……。そうもたもたしてはいられる話でもありません。すみませんが、彼らをよろしくお願いします」






 旧エルロンド港の南の海上には、陸地の方から容赦なく浴びせられる砲撃を受けながらも進み続ける船が一隻。その船がヴァルトロ四神将の乗る飛空艇ウラノスであることは、ゼネアの誰もがまだ気づいてはいなかった。


“ふっふーん……見えてきたねぇ、崩落した花薫る都の残骸が。なぁ、可愛い可愛いソニアの坊やよ。本当にあそこでをやるのかえ?”


 船の主、四神将ソニア・グラシールは、まぶたを閉じて語りかけてきた神石ハデスの声に応える。


(安心しろ。今さら撤回する気はない)


“へーえ、こりゃ本気だ。本気と書いてマジと読むやつだ。でも、いいのかぁ? あそこにはお前にとってかけがえのない女もいるんだろう”


(構わないさ。それくらいの覚悟がなきゃ、お前とは契約を交わさない)


“ひゃーっ、まいった! ワタシよかお前さんのが随分と残酷な性分だねぇ、まったく。おかげさまでこの狭い石の中でもちっとも退屈しないよ。ああ〜早く聴きたいねぇ! 突然平穏を奪われた呑気なやつらの阿鼻叫喚! 考えるだけでゾクゾクしちまうよぉ。ふふふふふふ……”


 まるで共鳴者の無口さを補完するかのように、ハデスはおしゃべりでうるさい神石であった。ソニアは小さなため息を吐く。


(……少し黙っててくれないか。そろそろ上陸する。力を集中させたいんだ)


“おっと、そんじゃワタシも準備に入るとするかねぇ”


 砲撃虚しく、常闇の将軍はゼネアの地に降り立った。


「ソニア……!」


 北の方角から港に向かって走ってくる一団の中、えんじ色の髪の女が彼に気づいてその名を叫ぶ。


すまない……俺はもう、あの頃には戻れないところまで来てしまった)


 ソニアは彼女から目をそらし、ゆっくりと腰の長刀を引き抜いた。血のように赤い刀身が姿を現わす。


(ハデス、準備はいいか?)


“ああ、準備万端! ワタシはいつでもいけるぞ”


 眼帯の下、隠された右眼が怪しく光る。


 ソニアは長刀を高く掲げると、そのまま地面に向かって垂直に突き刺した。


「……”冥帝の名によりて命ずる。の地に眠る屍者ししゃたちよ、今こそ輪廻りんねの境界を解き放ち、生にしがみつく者どもをその常闇とこやみへといざないたまえ”——」


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