mission8-13 エリィの少年再び



 ルカたちを出迎えたミハエルは、ナスカ=エラで出会った時の彼よりもずいぶんとあか抜けて見えた。


 身にまとっている服はウグイス色の看守の制服ではなく、ラフな白いボタン付きのシャツに、膝丈までのハーフパンツ。エリィの一族の特長である白髪の上には羽のついたベレー帽をかぶっていて、よく似合っている。聞くと、ウーズレイが子どものときに着ていた服を借りているのだと言う。


 ミハエルの腕の中には、ナスカ=エラの大聖堂から持ち出した光明の石版——ヘイムダルの神石がはまっている、いわば彼にとっては神器のようなもの——があった。


「おれたちがここに来ること、”千里眼”でえていたんだな?」


 ルカの問いに、ミハエルは素直に頷く。


「はい。そしてターニャさんも知っています。その上で、ここで待っていたんです」


「まるで泳がされていたみたいね……」


 アイラは苦笑いを浮かべながらそう呟いた。


 確かに、ミハエルの力のことを考えればここまで何もなくゼネアに侵入できたこと自体が不自然だった。だが、ルカたちが向かってきていることを知りながら放置していたということは、少なくとも話を聞く気はあるということなのだろう。


「なんだよそれ、オレ様は聞いてねぇぞ!」


 ヨギは大声をあげてミハエルに食ってかかる。ヨギの唾がミハエルの顔に飛んで、彼は少しだけ顔をしかめると、ため息を吐いて言った。


「だってヨギは僕の”千里眼”の力を信じていないんでしょう? だったら言わずに実感してもらった方がいいかなと思って」


 そう言ってミハエルはズボンのポケットから一枚の紙を取り出してヨギに見せた。そこには”千里眼”で何を視たのか記されているようだ。


『鬼人族の少年、義賊の娘に一目惚れ。素性は問わず、勢いに任せて王城に向かう』


 その内容にヨギはますます憤慨したようだ。


「こんなもんインチキだ! どうせ後から書いたんだろ! 未来が視えるなんてありえねぇっての! 嘘ついてターニャねえちゃんに近づこうとしてるんなら許さねぇからな!」


「だからもう、そろそろ信じてくださいってば。僕はヘイムダルの神石と共鳴しているから、特殊な力が使えるんです。これをインチキだって言ったら、ターニャさんの力までインチキになってしまいますよ?」


「あーーーーごちゃごちゃうるせぇ、この屁理屈やろう! 髪の色がジジイみたいだと考え方まで老けるんだな!」


「んなっ……! ちょっと、髪のことは関係ないでしょ! それにこの髪は生まれつきで……!」


 ヨギとミハエルは、ルカたちがいることを忘れて不毛な言い争いを始めてしまった。よくよく考えれば二人とも十三歳の少年。こうして子どものような喧嘩をしている時が一番年相応に見える。


 すっかり蚊帳の外になってしまったルカは、感慨を込めて呟いた。


「ミハエル……お前、同世代の友だちができてよかったなぁ」


「「友だちじゃないっ!」」


 口を揃えて二人の少年が否定する。言葉とは裏腹に息はぴったりだ。


「と、とにかく! ターニャさんが皆さんをお待ちです。案内するのでついてきてください」


「おいおい、新入りが何エラそうに言ってんだ。お前、この間城の中で迷子になったばっかりだろ?」


「もう、ヨギは黙っててください! 大丈夫です、本当に迷子になったら神石の力で何とかしますから」


 ミハエルはヨギに向かってぷいとそっぽを向くと、早歩きで王城の廊下を歩きだした。「あ、お前が先に行くんじゃねぇよ!」と駆け出すヨギ。


「なんだか気が抜けるなぁ……」


 ルカはぼそりとそう呟いて、ミハエルたちの後を追った。






 旧エルロンド城——かつては「世界で最も美しい城塞」と呼ばれた、花薫る都の象徴。透き通った川の対岸にあり、背後は青々とした豊かな森に囲まれていて、純白の城壁とのコントラストが美しい。城内にはあちらこちらに花をかたどったガラスのランプやシャンデリアが取り付けられていて、昼間はの光を集めて輝き、夜はほのかな灯りで幻想的に城内を彩る。


 城に続く橋が派手に壊されていたので、城内も荒れ果てているものと想像していたが、案外破壊の形跡は少なかった。


 ヨギ曰く、先王は二国間大戦の戦場でターニャが殺していたし、エルロンドに帰国した後は残った王族や貴族たちが籠城しないように先に橋を落としてしまったので、城内での戦闘の必要性はほとんどなかったのだという。


「けど……ターニャにとってエルロンド王は家族の仇でもあるんだよね。すべてを破壊するって言うあの人が、王城に手を出さないなんてちょっと不思議というか……」


 ユナがそう言うと、ヨギはけらけらと笑った。


「そりゃ、たぶんあの人のためだぜ」


「あの人?」


 ヨギがくいと顎を前方に向ける。


 通路の向こう側から、アシンメトリーの髪型の青年がつかつかと歩いてきた。紺のジャケットをさらりと着こなし、どこか優雅に見える立ち姿は、さながらこの城の執事のようである。


「ミハエルくんがあまりにも遅いので思わず迎えに来てしまいました。ようこそ、ブラック・クロスの皆さん。お待ちしていましたよ」


 そう言ってウーズレイは柔和な笑みをたたえ、恭しく頭を下げた。


 キッシュの街のインビジブル・ハンドで初めて出会った時と何も変わらない所作。素朴なシスターのふりをしていたターニャとは大違いだ。


(この人はこれが素の姿ってことなのかな……?)


 改めてウーズレイを間近で見て、ユナはふと違和感に気づく。そう言えば彼にはのだ。晒されている首元には、何の印も無い。隠すためのチョーカーや、ハイネックの服を身につけているわけでもない。


 常にターニャのそばにいる彼は、〈チックィード〉出身ではなかったのだ。


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