mission7-24 合流



「ルカ!」


 一番初めに二階から降りて駆け寄ってきたのはユナだった。


 彼女はすぐさまルカの腫れた手首に気づき、クレイオの歌を唱えてその手をかざした。赤い腫れがみるみるうちに収まっていき、ズキズキとした痛みも徐々に和らいでいく。


「カリオペから聞いたんだけど、ここにも敵が来たんでしょう?」


「ああ、シアンだった。これはシアンに蹴られたんだよ」


「シアン……」


 後から追ってきたリュウがちょうどルカの言葉を聞いたらしい。苦い顔を浮かべて、側にあったベルトコンベアの機械を殴る。ゴンという鈍い音が辺りに響いた。


 ルカたちは今、一階の最奥部につながる扉の前にいる。先ほどまでは催眠をかけられた行方不明者と思われる二人が立っていて警備を任されていたようだが、増幅器を止めた後は催眠が解けたのか二人ともその場に倒れて意識を失っている。


「この扉、別に鍵がかかっていたりするわけじゃないみたいだ」


「ということは、このまま進めばヒュプノスの樹海の本体がある場所まで行けるってこと?」


 ユナが尋ねると、ルカは神妙な面持ちで答える。


「そうなんだけど……たぶんそこにキリとシアンもいる。さっきキリの声が聞こえたんだけど、あいつおれたちとシアンを戦わせたがっていた。悪趣味なヤツだよ。だから扉もあっさり開くようにしてあるんだと思う」


「そんな……」


 ただでさえ操られた行方不明者たちと戦うのに苦労した後だ。仲間であるシアンとどう戦えばいいというのだろう。黙りこくるルカたち。その沈黙を破るかのように、聞き慣れたハイヒールの音が近づいてきた。


「難しく考えすぎる必要はないの。もう一度私たちの任務を思い出しましょう」


「アイラ! それにジョーヌも」


 南側の昇降機から二人が降りてきていた。アイラはルカがシアンと交戦したという話を聞くと、普段通りの落ち着いた様子で言った。


「私たちがここにきた第一の目的はシアンを救出すること。だから無駄な戦闘やキリへの深入りは一旦考えないようにしましょう。まずはシアンの催眠を解いて、脱出できればそれでいいわ」


「けどどうやったら催眠が解けるのか分からないんだよな。増幅器を止めた瞬間は制御が弱まったみたいだったけど、ヒュプノスの樹海の本体の側に連れて行かれたらまた振りだしだ。そうなったら今度は本体の方を止めないといけない。増幅器の時ほど簡単にはいかないんじゃないかな」


「そうね。ただ、どれだけ豪勢な機械を使って力を増幅していたとしても、神石の基本の仕組み自体はそう簡単に変わらないはずよ」


「どういうこと?」


 ルカもユナもリュウも、アイラが意図することがいまいち理解できていなかった。だがアイラ自身はいたって冷静な様子で話を続ける。


「情けないけど、私は前に一度キリの催眠の力をかけられたことがあるでしょう? あの時のことを思い出したの。あまりはっきりとは覚えていないけど、なんだか長い夢を見ていたような気がするわ」


「夢?」


「そう。ヒュプノスは眠りを司る神。他人を操る能力の仕組みは、相手を眠らせて夢を見させることで現実での意識を奪うことなのよ。それも……とびきりの悪夢を見させてね」


 アイラの言葉はどこか自嘲気味に響く。


「悪夢って、どんな夢だったの……?」


 ユナが不安げに尋ねると、アイラは首を横に振って「ごめんなさい、少し誇張したわ」と訂正した。


「悪夢といっても、見ている間は心地良かったの。私にとってその夢は『人生で一番後悔している出来事の裏返し』だった。つまり、なるべく催眠をかけている時間を引き延ばすために、目覚めたくなくなるような夢を見せられていたのよ。だから寝起きは最悪な気分だったわ。結局夢は夢でしかないことを再確認させられたし、おまけに操られていたせいでルカのことを撃ってしまっていて」


「おれは気にしてないから大丈夫だよ。でももしアイラの言う通りなら、わざわざヒュプノスの樹海本体を叩かなくてもシアンの夢を覚ませば催眠を解くことができるかもしれないってことだよな」


 アイラは縦に頷く。


 とにかくシアンを救出することを優先するならば、彼女の目を覚ましてしまえばそれで終わりだ。キリを相手にしたり、ヒュプノスの樹海の機能停止まで考える必要はない。


「脱出ルートなら私に任せなさい。ここに侵入するためにいくつか抜け道を作ってあるから」


 話を横で聞いていたジョーヌは得意げにそう言った。


 これで準備は整った。あとは扉の先に進むだけ。


「おれたちはキリが余計なことをしないように牽制する。だからリュウ、お前がシアンの目を覚ましてくれ」


 ルカがリュウの肩を叩く。


 リュウはぐっと拳を握りしめて、曇りのない声で答えた。


「ああ。もちろんそのつもりだ」



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