mission7-23 襲撃者の正体



 その頃ルカは、二組に分かれた仲間たちが地下倉庫を出るのを見届けるまでその場で待機していた。


 鍵で閉ざした扉を追ってきた行方不明者たちがドンドンと叩く音が響く。頑丈な扉ではあるが、眷属の力を使われたらいずれ突破されるかもしれない。気休め程度に地下倉庫内の木箱やタルを扉の付近に置いてみたが、それも時間の問題だった。


 ついにドゴンという鈍い音がして、扉が凹み錠前が弾け飛んだ。ミシミシと扉の前に置いた木箱がきしむ音がする。


(もうもたないな)


 ルカの役割は二組の増幅器を止める準備が整うまで時間稼ぎをして、タイミングを合わせることだ。


 増幅器を同時に止めるまでは眷属の力を使う強力な追手たちを引きつけ、なるべく仲間のもとへは行かせないようにしなければいけない。


(けどこの狭い倉庫の中で大勢に囲まれるのはが悪いな。一階に誘導して迎え撃つか)


 ルカも一階に移動しようと、仲間たちが使った天井の穴につながるロープに手をかけた——その時だった。


 再び鈍く重い音が響いたかと思うと、木箱が粉砕して扉がこちらに向かって倒れてきた。ついに突破されたのだ。地下倉庫に溜まっていた埃が舞い上がる。


 ルカは慌ててロープをたぐり寄せ、床を蹴って一気に登る。視界を遮る埃の向こう側からこちらに向かって突き進んでくる人影が一つ見えた。


 ビュッ!


 風を切るような音。先ほど地下で遭遇したカマイタチの眷属か。ルカはクロノスの力で自らの動きを加速させ、天井に手をかけ登り切った。ロープを一階まで上げてしまえばこのルートでは追ってこれまい。ルカはロープを引き上げ、穴から先ほどまでいた地下倉庫の様子を覗き込んだ。そして先ほどの音の正体を知る。


「シアン……!」


 追手たちの先頭に立ち、うつろな瞳でこちらを見上げているのはよく知る仲間の一人だった。


 埃の向こうからの攻撃だけじゃない、扉を突破したのもおそらく彼女だ。シアンの蹴りなら、納得がいく。岩礁でできたブラック・クロスの本部にしょっちゅう穴を開けているくらいだ。


「本当にキリに操られちゃってんのかよ……」


 声をかけても返事はなかった。彼女は黙ってくるりと背を向け、地下倉庫を後にした。ルカを追うために別ルートから一階に上がってくるつもりだ。


 うかうかはしていられない。ここでただ待っていても再び行方不明者たちに囲まれるだけだ。


(地下から上がってこれる昇降機は……)


 周囲をざっと見渡す。一階にはベルトコンベアが四ライン並んでいて、すぐそばに地下から資材を運ぶための昇降機がある。追手はおそらくここからやってくる。


「”音速次元”!」


 ルカはクロノスの瞬間移動の力を最大限に発揮し、一番手前の昇降機のすぐそばまで移動した。大鎌を振りかぶり、峰で昇降機の動力源となっているガーライト機関の動力部を破壊する。昇降機は沈黙して動作を停止したようだ。


(あと三基……間に合うか)


 ルカは再び音速次元で他の昇降機の動力部を破壊していく。


 残り一基になった時、ルカの頭に穏やかな女神の声が響いた。


“ルカ・イージス……聞こえますか、ルカ・イージス”


(カリオペだな!)


“ええ。覚えていてくださったのですね”


(もちろんだよ。君がこうして連絡してくれたってことは、ユナたちは無事に増幅器の前まで行けたんだな)


“無事に……というと正確には一悶着あったのですけど、今は大丈夫。北の増幅器を停止する準備は整いましたよ”


(わかった、ありがとう。アイラたちからの連絡がまだだから、もう少しそのまま待っていてくれる?)


“ええ。そちらは?”


(こっちも平気——と言いたいところだったけど)


 残り一基、まだ止められていなかった昇降機から稼働音が聞こえてきた。誰かが地下から一階へ上がってくる。もう今から駆けつけても停止することはできないだろう。ルカは昇降機を止めるのは諦め、武器を構えて敵が姿を現わすのを待った。


 やがて昇降機から出てきた相手を見て、ルカは嫌な予感が当たったと思った。


 シアンとサンド三号だ。


 二人はルカを見るなり、何のためらいもなくこちらに向かってきた。浮遊しているサンド三号がすっとルカの背後に回り、ルカの額に巻かれているバンダナを引っ張った。


「くそ、何すんだよ!」


 気を取られている間に、シアンの足がまっすぐこちらに向かって伸びてきていた。


 ルカはさっと体勢を低くしてそれをかわす。


 次は拳を握り、ルカの顔面狙って振り下ろしてくる。


(相変わらず容赦ないな……!)


 隙のない打撃攻撃。それがシアンの得意としている戦法だ。ルカは大鎌を回転させて彼女の攻撃を受け流すと、バックステップで距離を取った。


(けど、いつもより一つ一つが軽いような……)


 ルカは彼女の動きを観察して、すぐにその理由に気づいた。


 シアンの流派は誰かを護衛するための戦いを前提としている。つまり、守る相手がいない状態でただ攻撃するのは性に合わないのだ。普段なら護衛相手を背に、足場を定めてそこからあまり移動しない立ち回りをする。ゆえに軸がぶれずに一打が重い。だが今のシアンは軸が不安定にぶれているので、本来の彼女の力を出し切れていないようだ。


(とはいえサンド三号と連携されると厄介……あまり長くは……)


“ルカ、私だ”


(その声は……!)


 ルカの頭の中に響いたのは、滅多にルカに声を聞かせたがらないアイラの神石・セトの声だった。


“アイラからの伝言だ。南の増幅器の停止準備は整った。ユナたちはどうだ?”


(あっちも大丈夫だ。カリオペ!)


“ええ、聞こえていますよ”


(これで南北両方で準備が整った! おれが合図を出すから、同時にココットアニスのエキスで増幅器を停止してくれ!)


“わかりました”


“ああ、問題ない”


(それじゃ行くぞ。三、二……)


 だがルカが数える途中でシアンが襲いかかってきて、一瞬集中が途切れる。


“ルカ・イージス、そちらは大丈夫ですか”


“集中しろ。お前が雑念に支配されると私たちに声が届かない”


(ごめん、わかってるけど——)


 普段より重量感のある攻撃ではないとはいえ、操られているシアンを相手にしながら二つの神石と同時に頭の中で言葉を交わすのは至難の業だった。


 気の緩んでいたルカの手首にシアンの蹴りが命中。ルカは大鎌を弾かれてしまった。カランカランと音を立て、大鎌は床の上で元の黒十字のネックレスに戻る。


「やば……」


 手はズキズキと痛んだが、得物がない状態ではシアンの動きを相手にするのは危険だ。隙があればすぐに神器を拾いに行かなければ。そう思ってシアンの様子を一瞥する。すると彼女の視線は黒十字に釘付けになっており、ぴたりと動きを停止してしまっていた。


(どういう……? いや、今だ!)


 疑問は残るものの、ルカはこの隙を逃すまいとカリオペとセトに合図を出した。直後、工場二階の南北両端で小豆色の光が一瞬強く光り、徐々に小さく消えていく。


「うっ、ああ……」


 目の前のシアンが頭を抱えて呻き出した。増幅器の効果が切れ、彼女を操るヒュプノスの樹海の支配も弱まったのだ。


「シアン、しっかりしろ!」


 ルカは彼女に触れ、その肩を揺さぶろうとした。


 だが、その手が届く寸前、シアンの身体は小豆色の煙に包まれていつの間にかその場から消えてしまった。


『まさか増幅器を止めてしまうなんてねぇ……あなたたちを少し侮っていたようです。でもお楽しみはこれからですよ。彼女と共に奥で待っています、ルカ・イージス』


 どこからともなくキリの声が響く。


 ルカは周囲を見渡したがその姿は見えない。小豆色の煙が消えた場所にはもう何もなかった。シアンとサンド三号はどこかへ連れ去られたようだ。しんと静まった工場の中で、役目を果たした仲間が昇降機で一階に降りてくる音が聞こえた。


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