mission7-22 かつての部下
昇降機はガタガタと小さな振動を刻みながら上層へと登っていく。
やがて二階に到着して、昇降機の扉が開こうとした時、アイラは「伏せて!」と叫んだ。倒れこむようにして姿勢を低くした二人の頭上で風を切る音が響く。
ゴンッ!
昇降機の奥の金属フレームに何かがぶつかったのか鈍い音が響いた。ころころと床に転がり落ちてきたのは黒い銃弾だ。
アイラはそっと顔を上げる。
ヒュプノスの樹海の増幅器が設置されていると思われる南端の方角に、スコープのついた狙撃銃を持っている黒い影が視界に入った。
距離は遠いが目を凝らして見れば分かる。あれはキッシュの工場・ヌスタルトで対峙したヴァルトロの新兵器、鎧装アキレウスだ。
「そう簡単にはいかないってことね……!」
アイラはジョーヌにそのまま伏せているよう伝えた後、自分はピアスを二丁拳銃の神器に変化させて昇降機を飛び出す。狙撃銃の銃口は、増幅器に近づいてくるアイラの方へと向けられる。
ここ二階は上層から一階の工場機械を操作するための屋根裏部分でしかなく、足場は簡素に組まれたフレームだけで不安定だ。アイラは踏み外さないよう注意しつつ、狙撃手に照準を定められないよう左右にステップを踏みながら少しずつ近づいていく。
バンッ! バンッ!
狙撃手はアイラを狙って撃ってくるが、彼女はギリギリまで引きつけてかわし続けた。的を外した銃弾があちこちに散らばっていく。
(ただ反撃するには遠いわね……)
アイラの銃は弾が砂でできている分通常の拳銃よりも射程は長いが、それでも狙撃銃には敵わない。敵の攻撃をかわしながら、アイラは慎重に距離を詰めていく。
(あと五歩……四、三、二)
射程圏内に入った瞬間、アイラは銃口を相手に向ける。その素早い動きに敵は一瞬反応が遅れたようだ。アイラが放った砂弾は男の顔のすぐそばをかすめ、キンという高い音がしたかと思うと男の顔を覆っていた兜がその勢いで外れた。
「くっ!」
兜の下から現れた男が歯を食いしばってこちらを睨んでくるのを見て、アイラははっとした。ヌスタルトの時は無意識下でなければこの鎧を着ることは難しいと設計図に書かれていたはずだ。だがこの男には明らかに意識がある。
近距離戦になったことで、男は狙撃銃を捨て腰に差していたサーベルを引き抜いた。そしてすぐさま強く踏み込むと、人間離れしたスピードで斬りかかってきた。
(やっぱり速い……! これを避けたら、広範囲の砂で足止めして……!?)
戦略を練っている最中、アイラは視界の端に動く影を見た。昇降機の中で隠れているように伝えたはずのジョーヌがこちらに近づいてきていたのだ。
「ちょっと、何してるのよ! 危ない——」
だが、ジョーヌはひるまずにこちらに近づいてくる。
鎧の男もジョーヌの存在に気づいたようだった。彼の方に敵意のこもった視線を向ける。もしここで狙撃銃に持ち替えられたりしたら——だがそんな不安とは裏腹に、鎧の男はぴたりと動きを止めた。
「……ジョーヌ先生?」
「クリフ! お前はクリフだよな!?」
ジョーヌが名前を尋ねると、鎧の男は力が抜けたように手に持っていたサーベルをその場に落とした。そして次の瞬間には敵意の消えた瞳からぼろぼろと涙をこぼす。
「ええ、そうです……! 旧ガルダストリア軍のクリフ・バーナードです……! ジョーヌ先生……一体今までどこに……ずっとお会いしとうございました」
ジョーヌは駆け寄ってきて、鎧の上からぼろぼろと泣く彼の背中をさすった。
「すまない。リゲルが亡くなった後、君には合わせる顔がなくてな……”最後の海戦”の後、ずっと隠れるように生きてきたのだ。クリフこそ一体どうしてこんなところにいる? 軍をやめて地元に戻ったと聞いていたが」
「リゲル様を失ってからずっと呆けていた私に、キリ様がお声をかけてくださったのです。確か五年くらい前になるでしょうか……それからはずっとヴァルトロ軍におりました」
クリフという男にはもう戦意は見られなかった。
すっかり蚊帳の外になってしまったアイラはしびれを切らして尋ねる。
「あの……そろそろどういうことか説明してもらえる?」
「ああ、悪かった。クリフは私がかつてガルダストリア王政に関わっていた時にやっていた私塾の門下生でな。昔リゲルの部下だった男だ」
「でも今はヴァルトロの軍属でキリの部下なんでしょう?」
アイラは万が一のことも考えて、神器を構えたままにしていた。警戒されていることを悟ったのか、クリフは自らの腹部に手をかざす。すると黒い鎧は液体のように溶けたかと思うと、彼の腰のベルトに収束していった。敵意はないことの証明のつもりだろう。アイラは自らも銃を下ろす。それを見てクリフはにっこりと微笑んだ。
「先ほどはジョーヌ先生のお知り合いとも知らずに失礼しました。どんな立場であれ、先生に手をあげるようなことはしませんからご安心ください」
「……ずいぶん慕っているのね。リゲルとこの人は対立していたんじゃないの?」
「確かにリゲル様が亡くなる前の数年は敵同士でしたが、もともとお二人は仲が良くて私は先生の口利きでリゲル様にお仕えすることになったのです。ですから、たとえ敵対していても先生へのご恩は一度も忘れたことはありません」
純真な瞳でそう言うクリフの肩を、ジョーヌは「真面目すぎる性格は昔から変わっていないな」と笑いながら叩く。
「再会を喜んでいる時間はあまり無いわよ。クリフ、あなたには悪いけど私たちはそこにある増幅器を止めなければいけないの」
するとクリフは思いの外あっさり縦に頷いた。
「いいですよ。それも何か先生のお考えがあってのことなのでしょう?」
「ああ、私のかつてのボディガードがキリに捕まってしまっていてな……彼女だけじゃない、罪のない町民たちもヒュプノスの樹海によって囚われている。彼らを救出してやりたいんだ」
ジョーヌの言葉に、クリフは「先生らしいです」と笑う。
「でもあなたはそれでいいの? あのキリのことよ、ここを守るという任務を放棄したあなたに対してどんな仕打ちをするか分からないわ」
あまりにとんとん拍子に話が進むのでアイラは訝しんだが、それでもクリフの決意は固いようだった。
「ええ、大丈夫です。遅かれ早かれいずれキリ様の下を離れることは決めていました。そのタイミングが今ということなのでしょう」
「どういうこと?」
迷いはない。そんな瞳の色をしている。
クリフはすっと息を吸って、落ち着いた口調で言う。
「キリ様のやり方は……まるで亡くなる直前のリゲル様にそっくりなのです。頭の良さもさることながら、何より目的のためには手段を選ばない。あのお方と行動を共にしていると、十二年前に私が止めたくても止められなかったリゲル様のことをよく思い出すのです。……そして、このままだとまた同じ後悔を繰り返しそうで怖かった」
クリフはすっと道を開ける。増幅器はすぐそこだ。
「ですから私はあなた方に協力しましょう。代わりと言ってはなんですが、私からのお願いが一つあります。キリ様をどうか止めてください。本来は部下の役目なのですが、私一人の力だけではできそうにない。あのお方が取り返しのつかない過ちを起こしてしまう前に、目を覚まさせてあげたい……それが私の願いなんです」
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