mission7-21 南の増幅器



 ユナとリュウが地下倉庫を出て増幅器に向かった少し後、アイラもまた地図を持つジョーヌの後に続く形で工場二階南端にある増幅器を目指していた。


 ジョーヌは高齢とは思えないほどすたすたと軽やかな歩調で進むので、ハイヒールを履いているアイラは普段より早歩きをしなければいけないくらいだ。


「ねぇ、ずっと気になっていたんだけど」


 アイラはジョーヌの背中に向かって声をかける。


「あなたはどうしてここまで無傷で来られたの? 潜入にはあの地下水路を使ったのよね」


 するとジョーヌは後ろを振り向かないまま「はっは」と笑った。


「……私は君たちとは違って昔から運動は苦手で、護身術すら心得がない。おまけに、そんな私に身を挺してくれるようなボディガードも今は私の他に守りたいものができてしまって雇えない。だからその分、生き延びるための知恵は鍛えてきた」


「どういうこと?」


「君たちも第二工場前で警備員に声をかけられたクチかい」


「ええ……その時に地下水路のルートを教えてもらったのだけど」


「それは罠さ」


「……!」


 ジョーヌの言葉に、アイラは思わず息を飲む。


 罠だなんて、少しも疑わなかった。むしろ丁寧に道を教えてもらえて運が良かったと思っていた。それなのにこの男はあっさりと断言する。


 だが考えてみれば怪しいのだ。なぜあの警備員は旧坑道跡が第五工場の敷地に繋がっていると知っていたのか。そしてなぜ、彼に教えてもらった通路の先で破壊の眷属に出くわしたのか。


「あの警備員はキリの息がかかった者だよ。おそらく第五工場を探ろうとしている人間をあの地下水路に誘導し、破壊の眷属たちによって人知れず始末するのが目的なんだろう」


 そう思うとぞっとする。四人とも神石を使って戦えたからこそ潜入を成功させられたが、もしジョーヌのような力を持たない一般人だったらどうなっていたことか。


「私たちはまんまと罠にはまったってことね……でも、あなたは気づいたってことでしょう?」


 するとジョーヌは振り向き、にっと微笑んで言った。


「『見知らぬ土地の無償の好意は恐ろしい』——よく知らない土地で親切にされたら逆に疑え。これは私がかつてガルダストリアの王政に関わっていた時、リゲルという頭の切れる同僚が言っていた言葉だ」


 王政に関わったことがあり、かの宰相リゲルの同僚……その時点で十分アイラにとっては聞きたいことはたくさんあったが、これまでのジョーヌや大胆な行動やどことなく優雅な所作に合点がいく話だ。


 だが今は詳しいことを聞くのはよそう。アイラは話を続けさせるために尋ねる。


「親切に道を教えてもらったことに疑いを持ったということね。でも罠だという確信はあったの?」


「もちろん、初めは確信などなかった。だから私は少し時間を置いてから別人になりすまして、第五工場の前にいた兵士に言ってみたんだ。地下水路にジョーヌという男が入っていった、捕まえた方がいいんじゃないかとね。そうしたら兵士は『通報感謝する』と言いながら結局その場を動かなかった。それで私は確信して、地下水路は通らず目立たない場所に穴を開けてそこから侵入することにしたのさ」


 アイラはそれを聞いてため息を吐く。


「私たちもその穴を使えばあんな臭い場所に入らずに済んだのに、損した気分よ。それにしてもそのリゲルの言葉……一理あるけど随分うがった考え方ね」


「私もそう思った。だからこそ印象的で覚えていたんだがね。リゲルはエリア・”ストリート”のスラム街出身で、幼い頃は騙し・騙されを繰り返す日々だったそうだ。縄張りを拡大しようと別の土地に進出して、そこで歓迎されたと思ったら次の瞬間には身ぐるみ剥がされていた……そんな経験を積み重ねてのし上がってきた男なんだ」


「宰相リゲル……ガルダストリアの優秀な宰相だと聞いていたから、てっきりエリートな家柄なのかと思っていたわ」


「ああ、生まれなんて気にならないほど頭のいい男だった。だがその賢さを王のために一途に発揮しようとしすぎたあまり……奴は周りが見えなくなって、道を踏み外した。ガルダストリアの拡大のためにはどんな手段も厭わなくなって、王も含め誰も止められない状態になっていったんだ」


 ジョーヌの表情が少しだけ曇る。アイラの目には、かつての同僚の暴走を止められなかった自分自身を責めているかのように見えた。


「リゲルは二国間大戦の少し前に亡くなったと聞いたけど……」


「ああ、


「なっ……!?」


「直接手を下したわけじゃないが、”最後の海戦”で私やノワール、シアンちゃんは制海権をめぐってリゲルと真っ向からぶつかったんだ。そして勝った。もし私たちが負けていたら、今頃海は二国間大戦で荒らされ、真っ赤に染まっていただろう」


「……スヴェルト大陸のように?」


 アイラが急に声のトーンを落としたので、ジョーヌははっと彼女の顔を見る。


 北のヴェリール大陸、南のアルフ大陸に挟まれた砂漠の広がる土地・スヴェルト大陸。


 二国間大戦は海で繰り広げられることはなかったが、代わりにこの砂漠の大地を戦場としてたくさんの血を流し、そして破壊神の誕生で今もまだ不毛の土地として在り続けている。


「もしかして君は砂漠の国アトランティスの出身なのか?」


 ジョーヌが尋ねると、アイラは縦に頷いた。


「悪いけど、私は”最後の海戦”の意味を手放しに褒め称えることはできないわ。制海権が何なのかよく分からないけど、それがガルダストリアかルーフェイのどちらかに渡っていれば戦争が五年も続くことはなかったかもしれない。私の故郷が復興不能なほどに滅びることも」


「……すまない。私がもっと早い段階でリゲルを止められていれば、二国間大戦など……」


 ジョーヌが頭を下げて詫びる。アイラはそれを見て首を横に振る。彼女だって理解している。二国間大戦が個人の力で止められるようなものではなかったことも、このジョーヌという男がそれでもなんとかしようと奔走していたのであろうことも。


「私こそ少し意地悪なことを言ったわね。正直、故郷自体にはあまり思い入れは無いのよ。嫌な思い出の方が多いし。でも、理不尽なものに自分の人生の一部を狂わされると、もしあの時に戻って運命を変えられることができたら……なんて仕方の無い希望にすがりたくもなってしまう時があるの」


 話している間に二人は工場一階を通り抜け、南側の二階部分に繋がる昇降機の前まで来ていた。


 気まずそうな表情を浮かべるジョーヌの横顔を見ながら、アイラは呟くように言った。


「……だから、シアンを助けたら、詳しく話を聞かせてくれない? 十二年前にあなたたちが一体どうやって海を守ったのか。この先、世界のどこかでスヴェルト大陸と同じ悲劇を生み出さないためにもね」


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